第16話:IT業界への宣戦布告
「……誠よ。この『IT見本市』という場所は、かつての異世界でいうところの『大公会議』や『騎士団の閲兵式』のようなものだな。どの旗印も虚飾に満ちていて、実に鼻につく」
東京ビッグサイト。広大な展示ホールにひしめく最新技術の数々と、それらを喧伝するビジネスマンたちの熱気。その中心で、佐藤剛は185cmの巨躯を窮屈そうに高級スーツに包み、不敵な笑みを浮かべていた。
「剛、声が大きいよ。……それに、ここは戦場じゃなくて展示会だ。でも、確かに君の言う通りかもしれない。並んでいる技術の多くは、既存の焼き直し……いわゆる『枯れた技術の水平思考』ですらない、単なる看板の掛け替えだ」 副社長の誠は、首から下げた「出展者」のパスを弄りながら、周囲のブースを冷静に観察していた。デモンズ・ゲート社のブースは、ホールの中でも隅の方、ベンチャー企業向けの極小スペースに割り当てられている。
「佐藤くん、準備できたわよ。……といっても、見せるのは私の書いたこのコードと、あなたが大会で叩き出した戦術データだけだけど」 工匠頭のリンが、自前のゲーミングノートPCを起動させる。画面には、剛の「魔王の直感」を論理化したAIアルゴリズムが、幾何学的な紋様となって明滅していた。
「フン、それだけで十分だ。小手先のUIや見栄えなど、俺たちの『魔導戦術』の前では無価値に等しい。……さて、そろそろ獲物が来る頃か」
剛が視線を向けた先には、ホールの中央で最も巨大なブースを構える「大日本ITソリューションズ(DJIS)」の一団があった。彼らは、日本のIT業界で長年王座に君臨し、政府のシステムも一手に引き受ける巨大勢力。その若手精鋭とされる男たちが、冷やかし半分で隅っこのベンチャーエリアへと歩いてきたのだ。
「おや、これは驚いた。最近ネットで話題の『野生の魔王』様じゃないですか。まさか、ゲームの片手間にITビジネスの真似事ですか?」 DJISの若手リーダー、高飛車な笑みを浮かべた男が、剛の目の前で足を止めた。彼の背後には、彼らが誇る「次世代型予測AI」のデモンストレーション映像が流れている。
「……貴様、誰の許可を得て俺の前に立っている?」 剛の低く、地を這うような声が響く。その一言だけで、周囲の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えるほどの覇気。
「剛、落ち着け。……失礼。DJISの方ですね。僕たちはデモンズ・ゲート。ゲームの戦術理論を応用した、全く新しい意思決定アルゴリズムを展示しています」 誠がにこやかに間に入るが、その瞳の奥には「勇者」としての鋭い光が宿っていた。
「意思決定? 冗談はやめてください。我々のAIは、過去30年の膨大なビッグデータを学習した、日本で最も『正しい』システムだ。君たちのような、格ゲーの経験値で作ったオモチャとは格が違うんですよ」
高飛車な男の嘲笑に、リンが我慢できずに口を開いた。 「……正しい? そのアルゴリズム、昨日の夜に市場で起きた『想定外のノイズ』に対応できてなかったわよね。あなたのところのシステム、予測精度が一時的に15%も下落してた。……私の計算では、ね」
男の顔が、一瞬で引き攣った。 「なっ、なぜそれを……!? それは社外秘の……!」
「ガハハ! 図星か! リン、よく言った。……いいか、DJISの小僧。貴様らのAIは『過去』をなぞっているだけに過ぎん。だが、俺たちの『魔導戦術』は『未来の意志』を読む」
剛は一歩前へ出た。その圧倒的な威圧感に、DJISの男たちは思わず後退りする。 「今、この瞬間に会場内のWi-Fiネットワークにかかっている負荷、そして来場者の動線をシミュレーションしてみろ。5分後、貴様らのブースのメインモニターは、サーバーの過負荷でブラックアウトするぞ。……誠、カウントダウンだ」
「……了解。4分58秒、59秒……今だ」
誠が告げた瞬間、ホール中央にあるDJISの巨大モニターが、ノイズと共に暗転した。周囲から「なんだ!?」「トラブルか?」とどよめきが起こる。
「ば、馬鹿な……! 我が社のサーバーが落ちるはずが……!」 「貴様らの計算には『人間』という変数が欠けている。面白いか、面白くないか。人はその一点で動き、システムを容易に破壊する。……それが俺の戦場における、唯一にして絶対のルールだ」
剛は、茫然自失となったDJISの一団を見下ろし、不敵に言い放った。 「これは宣戦布告だ。古い体質のITエリート共よ。貴様らが守ってきたその退屈な『城』は、今日この時から俺たちデモンズ・ゲートが攻略する。首を洗って待っていろ!」
周囲の来場者やメディアの視線が、一斉にこの隅っこの小さなブース、そして中心に立つ「魔王」へと集まった。
「……ふぅ、結局また派手にやっちゃったね。剛」 誠は呆れながらも、次々と名刺交換を求めてくる来場者の波を見て、手応えを感じていた。
「佐藤くん……。今のハッキング、ギリギリだったんだからね。後でちゃんと『ニトリ』のいい椅子、私にも買いなさいよ」 リンは顔を赤らめながらも、会心の出来だったプログラミングの結果に、小さくガッツポーズを作っていた。
デモンズ・ゲート社の名は、この日を境にIT業界という名の「戦場」に轟くこととなる。魔王による現代社会の城落としは、まだ始まったばかりだった。




