第15話:魔王軍、初めての「ニトリ」で拠点作り
鮫島からの巨額融資が決定し、デモンズ・ゲート社の口座には、かつてないほどの「魔力(資金)」が充填された。剛は、大学近くに借りた新オフィスの真ん中で、腕を組んで不敵に笑っていた。
「ガハハ! 誠よ、見ろ! この広大な平原を。これこそが我らが新生魔王軍の司令部、デモンズ・ゲートの本城だ!」
「……ただの広めの賃貸オフィスだよ、剛。しかもまだ、机一つないガランとした空間だ」 副社長の誠は、手元のタブレットでオフィスの図面と予算表を突き合わせながら、冷静にツッコミを入れる。
「佐藤くん、はしゃぎすぎ。こんなガランとしたところで、どうやって開発しろって言うのよ。地べたに座ってコードを書けってこと?」 工匠頭のリンは、ポニーテールを揺らしながら、何もない部屋に響く自分の足音に眉をひそめた。彼女の言う通り、オフィスにはまだ「生活感」はおろか、仕事をするための最低限の環境さえ整っていなかった。
「フン、案ずるな。この魔王、兵站の重要性は心得ている。現代日本には、安価で良質な武具……いや、家具を揃えられる聖地があると聞く。誠! 案内せよ、その『ニトリ』なる場所へ!」
数時間後。三人は、郊外にある巨大な家具量販店「ニトリ」の店内に立っていた。 剛は、整然と並ぶ多種多様な家具の群れに、圧倒されていた。
「な、なんだこの物量は……! この椅子、座るだけでHPが回復しそうな柔らかさではないか! しかも、この価格……。日本の製造業、恐るべし!」 剛は、展示されているオフィスチェアに次々と腰掛け、その座り心地を堪能している。
「剛、遊んでないで選んでよ。まずは僕らのデスクと椅子、それからリンさんの開発用デスク。あと、来客用のソファも必要だね」 誠がテキパキとカートに商品を放り込んでいく一方で、剛はある一点で足を止めた。
それは、組み立て式の大型ワークデスクだった。
「誠! これだ。この重厚な佇まい、まさに魔王の執務机に相応しい。よし、これは俺が自ら組み立てよう。かつて戦場で陣地を構築したこの俺の手腕、見せてくれる!」
「え……剛、組み立て式は結構大変だよ? 説明書をしっかり読まないと……」 誠の心配を余所に、剛は「魔王に説明書など不要!」と豪語し、巨大な段ボールをカートに積み込んだ。
夕暮れ時。新オフィスに戻った三人は、さっそく家具の組み立てを開始した。 誠とリンは、説明書を読み合わせながら、手際よく自分たちのデスクを組み上げていく。
「リンさん、そこ押さえてて。……よし、ネジ留めるよ」 「了解。誠くん、そっちのパーツは逆じゃない?」 「あ、本当だ。助かるよ」
事務能力と論理的思考に長けた二人の作業は、まさに完璧な連携だった。 一方、その背後では……。
「ぬうっ……この鉄の棒(支柱)はどこに刺さるのだ! 貴様、俺の魔力に抗うか!」 剛は、山のようなパーツと格闘していた。説明書は未開封のまま床に放り出され、彼は己の直感(という名の力業)だけでデスクを組み上げようとしていた。
カチャン、ガタッ、ゴン。 不穏な音がオフィスに響く。
一時間後。 誠とリンのデスクが完璧に完成した頃、剛の「魔王の執務机」も、どうにか形にはなっていた。
「ガハハ! 見ろ! 完成だ。これぞ現代の叡智と、俺の覇気が融合した傑作よな!」 剛は誇らしげに、組み上がったばかりのデスクを叩いた。
だが、誠はそれを見て、眼鏡の奥の瞳を点にした。 リンは口元を押さえて、肩を震わせている。
「……剛。これ、左右の脚が逆だよ。それに、天板が斜めになってるし……」
「ぬ? 何を言うか、これは敢えての傾斜……」 剛が言いかけたその時、彼は自分の足元に転がっている「何か」に気づいた。
それは、大量の「余ったネジ」と、本来使われるはずだった補強用のプレートだった。
「……。誠、リン……」 剛の威厳に満ちた声が、微かに震える。彼は、ゆっくりと、しかし確実に崩壊の兆しを見せているデスクを見つめ、そして二人の顔を交互に見た。
「……助けてくれ。ネジが、どうしても余るのだ。このままだと、俺の城が自壊する……!」
さっきまでの自信満々な態度はどこへやら、剛は誠のシャツの袖を掴み、泣きそうな顔で縋り付いた。
「はぁ……。だから言っただろ、剛。これはコンプライアンス(安全性)的にアウトだ」 誠は特大の溜息をつきながらも、手慣れた様子で工具を手に取った。
「しょうがないわね……。ほら、佐藤くん、そこ持ってて。私がネジを締め直してあげるから」 リンも、呆れながらもドライバーを手に、剛のデスクの「修復」に加わった。
魔王が力業で壊し、勇者がそれを直し、令嬢がそれを補強する。 それは、これから始まるデモンズ・ゲート社の、奇妙で、しかし不思議と噛み合ったチームワークの象徴のような光景だった。
数時間後。今度こそ完璧に組み上がったデスクの上で、三人はコンビニのLチキとコーラでささやかなパーティーを開いた。
「ガハハ! これで戦う準備は整ったな。次は、IT業界という古臭い砦を攻略しに行くぞ!」
「次は説明書を読んでよね、剛」 「絶対無理でしょうね、この性格じゃ……」
こうして、デモンズ・ゲート社の新しい城は、ネジの数こそ帳尻が合ったものの、何やら騒がしい前途を予感させながら、その産声を上げたのだった。




