第12話:賞金稼ぎ(バウンティハンター)の凱旋
「……誠よ、この国の法律というやつは、実にもどかしい。なぜ会社を興すだけで、こうも書類と『供託金』という名の年貢を要求されるのだ」
大学の片隅にある談話スペース。剛は、誠が並べた「会社設立にかかる諸費用」のリストを見て、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「仕方ないだろ。オフィスを借りるための保証金、登記費用、最低限の設備投資……。10万円じゃ、登記後の印鑑セットを買って終わりだよ」 「フン、ならば話は早い。足りぬなら、その辺に転がっている『賞金』を片っ端から毟り取ればよいだけのこと!」
剛が指差したのは、スマホの画面に表示された、格闘ゲームのイベントスケジュールだった。かつて魔王として各地の砦を落としたように、彼は今、日本各地で開催される賞金付きのオープン大会に目をつけたのだ。
それからの数ヶ月、格ゲー界に一つの「災厄」が吹き荒れた。
ある時は秋葉原の地下。ある時は大阪の大型イベント会場。そしてある時は、地方のショッピングモールで開催されるeスポーツ大会。 どこへ行っても、巨大な体躯に不敵な笑みを浮かべた「野生の魔王」こと佐藤剛が現れ、地元の強豪たちをザンギエフの一撃で粉砕していった。
「K.O.! 優勝は、またしても佐藤剛選手です!」
実況の声を背に、剛は無造作に賞金の目録を掴み取る。 「ガハハ! 兵がおらぬな! 誠、これで次の拠点の『デポジット』とやらは足りるか?」
「……ああ。これでようやく、まともなオフィスビルの審査に通るくらいのキャッシュは貯まったよ」
誠は呆れ半分、感心半分で通帳に刻まれる数字を確認する。剛が稼いできたのは、単なる金ではない。連戦連勝の記録は、ネット上で「謎の新人・佐藤剛」としての圧倒的な知名度——現代における「名声」という名のリソースに変わっていた。
「……待ちなさい。あなたたちだけで、勝手に盛り上がらないで」
二人が賞金の内訳を計算していると、後ろから冷ややかな、しかしどこか焦燥を含んだ声がした。リンである。 彼女の指には、以前よりも深い「タコ」ができていた。あの日、剛に敗北して以来、彼女は学業の合間の全てをトレーニングに注ぎ込んでいたのだ。
「ほう、リンか。また俺に跪きに来たのか?」 「勘違いしないで。あなたが稼いできたその賞金、私がさらに効率よく『増幅』させてあげる。……あなたの作ったプロトタイプ、今のままだと通信環境が脆弱すぎるわ。私の技術を、その資金で形にさせなさい」
リンは、剛が優勝した大会のアーカイブ映像を指差した。 「あなたのプレイスタイルは、データにすれば最強のマーケティング材料になる。私を……あなたの会社の『最初の技術者』として雇いなさい。給料は、今の賞金の中からでいいわ」
剛は一瞬、虚を突かれたように目を見開いたが、すぐに腹の底から笑い声を上げた。
「ハハハ! 面白い! 勇者が会計を司り、宿敵の令嬢が魔導具を組むか。よかろう、リン! 貴様を『デモンズ・ゲート』の工匠頭として認めてやる!」
「だから、配下じゃなくて共同経営者だって言ってるでしょ!」
格ゲーの賞金という名の「略奪」によって集められた、最初の軍資金。 それを持って三人が向かったのは、大学近くにある、少し古びた、しかし見晴らしの良いオフィスビルだった。
「ここが……俺たちの新しい城か」
剛が鍵を開け、何もない空間に一歩踏み出す。 窓の向こうには、彼らがこれから飲み込もうとしている巨大な都市の灯りが、挑戦を待ち受けるように輝いていた。




