高嶺さんに避けられている気がする①
「高嶺さん。次の移動教室、一緒に行こう」
「はい。姫野さん」
姫野さんに声をかけられて、高嶺さんはひよこの雛のごとく彼女といっしょに歩く。
遠足を終えて、高嶺さんは姫野さんと仲良くなったようだった。
黒塗りの、セレブ御用達のような車に乗って帰った高嶺さんを見て、周囲の人間に距離を置かれるのではと危惧していたいた俺だったが、余計な心配だったらしい。
姫野さんは、高嶺さんに甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「瀬崎くんも、一緒に行く?」
姫野さんが俺を見て尋ねる。
「俺は――」
俺がちらっと高嶺さんを見ると、何故か高嶺さんは俺から顔を背けた。
「高嶺さん? どうしたの?」
「あ、あの! 私先にいきますね……!」
「えっ? あ! 高嶺さん!」
高嶺さんはなぜか、俺と姫野さんを置いて走り出してしまった。
「行っちゃった……」
「もしかして俺、避けられてる……?」
小さくなる彼女の背を目で追いながら、俺は呆然としてそう呟いた。
■
「小説も更新ないし……やっぱり俺、何かしたのかな?」
仲良くなれたと思ったのに、突然拒絶された理由が分からず、俺はスマホの画面とにらめっこしていた。
【遠足に行くって話から更新ないけど、何かあったんですか?】
【毎日更新してくれてたのに、突然どうしたんだろう?】
更新のないWEB小説。これまで毎日更新があっただけに、読者たちの困惑がコメント欄で見て取れた。
「でもまあ話さなかったら、書く内容もないだろうしな……」
俺は腕組みして溜め息を吐いた。そもそもこの小説【仮】は実話であって、本当の小説ではないのだから、嘘は書けないんだろう。
「でも、遠足についてから書いてないの、なんでだろう?」
まさか、おんぶが駄目だったのか!? でも、そのあとは一緒にご飯を食べたし――何が駄目だったのかがわからない。
俺が頭を抱えていると、スマホに小説の最新話の投稿の通知が来た。
「久々の更新!」
俺は、すぐに通知のボタンを押して、小説を読み始めた。
【遅れて申し訳ありません。今日は遠足についてお話しします。ですがまず、遠足の前の出来事についてお話しができればと思います。】
前書きにはまず、そう綴られていた。
今日の高嶺さんの小説【仮】は、俺の知らない内容も多く含まれているようだった。
【「先生、お話したいことがあります」
ハルくんと放課後に和菓子を食べた翌日、私は朝早く学校に行って、担任の先生にお話するべきことがあったので職員室にいきました。
「どうした? コトノ」
「昨日先生がハルくんから預かったお菓子、実は私が学校で渡したものなんです」
「……うん?」
突然の私の告白に、先生は首を傾けられました。
「実はこの学校に入って、ハルくんにはたくさんお世話になっていて。先日は、私のせいでハルくんまで遅刻しそうになってしまって。あのお菓子は、そのお詫びも兼ねて渡したものなんです。……でもそのせいで、彼が先生にお叱りを受けてしまって」
ハルくんは私を庇ってくださいましたが、私が悪いのに、真実を先生に伝えないわけにはいきません。
「なるほど。ハルはコトノを庇った、ということか」
「……はい」
「それで、コトノは今日はそれを俺に話しに来たんだな?」
「はい」
先生は、私の目を見て話を聞いてくださいました。
「それでコトノは、俺にどうしてほしい?」
「……はい?」
ただその質問は、私には予想外でした。
「先生はコトノを怒ることもできるし、ハルに誤解して済まなかったということもできる。でも、ハルはそれを望むと思うか?」
「…………いいえ」
私は逡巡の後に、静かに首を振りました。
ハルくんは優しい方です。私が犯人だと言わなかったのも、彼の優しさ故でしょう。
「今回、あいつはコトノのために動いたんだ。だから俺は、この話は聞かなかったことにする。まあ――なんだ。今回は、あいつに庇われとけ」
先生は、ポリポリと首の後ろをかきながら、そうおっしゃいました。
「次からは気をつけなさい」
「はい」
私のこれまで通っていた学校の先生と、今の担任の先生はだいぶ雰囲気が違いますが、もしかしたら担任の先生は良い先生、なのかもしれません。
「じゃあ、この話はこれで終わり! ちなみになんだが、コトノはハルとは仲が良いのか?」
「仲がいい……なんて、そんな!」
私は、焦って顔を横に振りました。
「私が一方的に、お世話になっているだけです」
いつも迷惑をかけている。彼の優しさに甘えている。それが、私の認識です。
「ふむ、そうだったのか。……いやいや、あいつもなかなか隅に置けないな」
「?」
どういう意味でしょう?
意味深な先生の言葉に、私はどきりとしました。
「実は、ハルの名前を女子から聞くのは初めてじゃないんだ」
そして、その言葉を聞いて――なぜか私は、体の芯が冷えていくように感じました。
「私の他にも、ハルくんのことを話されていた人がいたんですか?」
「……気になる、か?」
先生は少しヒゲの残る顎をさすりながら、ふっと笑みを浮かべておっしゃいました。
「まあ、俺は教師だから、誰かとは言えないんだが、困った時にハルに助けてもらったと言う話は聞いたり見たりはしているな」
私だけではなく誰にでも優しい。公平性を考えれば立派な行いのはずなのに、なぜか少し心に霧がかかったように感じるのは何故なのでしょうか。
「本人はそんなつもりはないんだろうが、なんやかんや、面倒見がいいのはバレるよなあ」
先生の声は楽しげでした。
「ああそうだ。次の遠足、コトノもハルと一緒のほうがいいか?」
「?」
「実は、うちの学校の歓迎遠足は、男子生徒と女子生徒にも交流してほしいということで、男女混合で分けることになってるんだ。コトノがハルと一緒がいいなら、そう組んでおくけど」
正直なところ、女子校に通っていた私は、ハルくん以外の男性の方と仲良く話すのはまだ難しいです。こちらがまだ慣れていないのに、ぐっと距離を詰められる方に対しては、私は恐怖を感じてしまうかもそれません。
「お願いします!」
でも、ハルくんなら安心です。
私は先生にすぐにお願いしました。】
「え……? 嘘だろ?」
俺は、驚かざるをえなかった。
まさか高嶺さんが俺と同じ班だったのが、彼女自身の希望によるものだったとは。
俺は小説【仮】を読んで初めて知った。




