これはもう、高嶺さんで確定でいいですか?
「……ギリギリ間に合った!」
カードチャージのために電車を見送らざるをえなかった俺たちは、更に事故のためにバスの定員オーバーが重なり遅刻ギリギリになってしまった。
俺たちが二人揃って教室に入ると、クラスメイトの視線が一気に俺たち二人に向けられる。
「瀬崎って……高嶺さんと仲良かったっけ?」
前の席の高橋が俺にこそっと尋ねてきた。
「いや、今日はたまたまだよ。電車通学で一緒になったらバスが事故ってて、二人で遅刻しかけただけ」
「そう……だよな。そうだよな! ごめんな。変なこと聞いて」
正直、あまり自分から話しかける方ではない俺は、新しい高校でまだ仲のいい男子がいない。
中学時代仲が良かった友人は他校に行ってしまった。
そんな中、俺に注がれる男子達の異質な目線――に、気付いて、俺は一人頭を抱えた。
別に女子みたいに、恋愛関係でいじめが起きるようなことはないだろうが、友人が出来る前に心の壁が出来るのは遠慮したい。
「……まずったか?」
俺はただ、『普通』がわからないお嬢様が心配だっただけなのに。
■
その日の夜である。
いつものように小説の投稿サイトを開いた俺は、今日もその小説【仮】のページを開いた。
作者の真面目な性格のおかげか、今日も小説は更新されていた。
【昨日読者様からいただいたアドバイス通りに、私はハルくんと同じ電車に乗れるよう、駅に向かうことにしました。
中学までは本邸から送り迎えで学校に通っていた私は、電車、というものがまだよく分かりません。
ハルくんと初めて話した日、普通の高校生なら電車やバスで通うのが普通だと知った私は、爺やに反対されながら、駅から学校に通うことにしました。
でも、電車に乗る方法がわからず途方に暮れていた私に声をかけてくれたのが、たまたま同じ駅から通学していた、クラスメイトで隣の席のハルくんでした。
電車の切符の買い方。改札の通り方。
何も分からない私に、当然のように時間を割いて教えてくれたのに、学校では私から声をかけない限り、話しかけられたことは一度もありません。
「今日はまた、ハルくんと一緒に学校に通うんですね」
言葉にすると、不思議なことに鼓動が速くなりました。
『気遣って』いただいた一度目のときはあまり話せなかったので、今日こそちゃんと、私はハルくんとお話がしたいのです!
一度目の失敗もあり、なかなか爺やから許しが出ず踏み出せませんでしたが、今日は問題ありません。
だって今日の私には、秘密兵器があるのですから!
「ハルくん! おはようございます」
私が考え事をしていると、ハルくんが駐輪場の方からやってきました。おそらく、ハルくんは自転車で駅まで来ているのでしょう。
あら。ハルくんの髪が乱れてしまっています。今日の朝はお寝坊さんだったのでしょうか? 直すのを手伝って差し上げたいところですが、人前で異性の方に触れることは、淑女として控えるべきだとも教えられています。
「おはよう。今日は電車なんだ?」
「はい。今日は二回目の電車なんです」
私は、元気よく返事をしました。
「今日は、電車の切符は買わなくていいの?」
私の心配をしてくれるハルくん。
やっぱり優しくて――私は、思わず顔が崩れてしまいそうになるのを、ぐっとこらえました。
「はい! 私には、このカードがありますので。今日は、切符は買わなくて大丈夫なんです」
私は、ハルくんに交通系ICカードを見せました。
そう。これこそ、今日の私にとって秘密兵器なのです!
このカードをかざせば、駅の改札を通れることを、今の私は知っているのです!
「便利ですよね。学校の自動販売機などでも利用できますし、こっそり爺ややマリに内緒でアイスクリームも食べることが出来て――」
私は、嬉しくて思わず話をしてしまいました。
幼い頃から私に過保護な爺やと侍女のマリは、昔から私の食生活に対しても苦言を呈することが多く、甘いものが好きな私は、何度も二人にそれを取り上げられてきました。
でも! このカードがあれば、二人に怒られずにお菓子を買うことが可能なのです!
「よかったね」
ついつい話しすぎてしまった私が我に返ると、ハルくんは、私を子どもを見るような目で見つめていました。
慈愛の瞳、というのは、彼の瞳のことをいうのかもしれません。私は自分の幼さが、少しだけ恥ずかしくなりました。
「……っと。そろそろ電車が来るし、改札に入ろうか」
ハルくんが、スマートフォンの画面見て呟かれました。
私も左手の腕時計を確認すると、確かにもうすぐ電車が来るようです。私はこくりと頷いて、彼の後ろについて歩きました。
ですが、改札を通ろうとした次の瞬間。
ピンポーン!
駅の改札の機械が、高らかな音を立てました。
「えっ? え??」
私は、何が起きているのか分かりませんでした。何故カードをかざしているのに、私は改札を通ることができないのでしょうか?
「それ、お金が足りていないみたいだよ」
「えっ」
確かに、改札に表示された数字は随分と少ないようです。
……でも、これは爺やが私に用意してくれたもの。カードの扱い方は、消費の仕方しか聞いていません。
「ちょっと待ってて。俺が今からそっちに戻って、なんとかするから」
私が困っていると、ハルくんはすぐに改札を戻り、私のもとに来てくださいました。
「じゃあ今日は、カードにチャージする方法を教えるね」
「……ありがとうございます」
私は、恥ずかしくて顔から火が出てしまいそうでした。
更に、今日は交通事故により本来乗れるはずのバスに乗ることができず、私たちは(彼曰く)いつもより遅いバスに乗ることを余儀なくされました。
「時間ヤバいな」
バスの中で、何度も時間を確認しているハルくん。彼は私の方を見ると、なぜか私に手を差し出しました。
「?」
「荷物貸して。たぶんバス停に着いたら走らなきゃ間に合わないから、代わりに俺が持つから」
私は、彼に荷物を渡しました。置き勉、というものを私はしていないので、他の方より私の鞄は重いかもしれません。
一瞬ハルくんの表情が曇りましたが、彼はそれを口には出しませんでした。
私たちは、校門前のバス停から教室まで二人で走りました。
「……ギリギリ間に合った!」
ハルくんは教室の扉を開けると、そう呟いて後ろを走る私に鞄を渡してくださいました。
クラスメイトの方々の視線が、私たちに二人に集まります。
ハルくんは私の荷物も持って全力疾走したせいでお疲れなのか、いつもよりどこか覚束ない足取りで席へと向かわれました。
お友だちなのでしょう。ハルくんに、前の席の男子生徒が話しかけています。
小声でよく聞こえません。私が横目でそれを見つめていると、ハルくんの席とは反対側のクラスメイトの方から話しかけられました。
「今日は遅かったね。Sくんと一緒に入ってきたけど、もしかして仲いいの?」
「実は、今日は勉強も兼ねて電車で登校していて。彼とは偶然駅であったのですが、不慣れな私に手を貸してくださったせいで、彼までこんな時間の登校になってしまったんです……」
話しながら、私は改めて申し訳なくなりました。
「Sくん、あまり話したことないけどいい人なんだね」
「はい! そうなんです。とても優しくて素敵な方だと私は思います」
私が手を合わせ笑顔でそう言うと、なぜか相手の方が少し困惑されたように見えました。理由はわかりません。
ただハルくんには、本当に迷惑をかけてばかりです。でも、そんな私を見捨てずにいてくれるハルくんは、やはり本当に素敵な方だと私は思ったのでした。】
「……」
小説【仮】を読み終えた俺は、ベッドに横になり天井を仰いだ。
うん。これは――。
「この話書いてるの、絶対高嶺さんだ」
こんな偶然が何度もあってたまるか!
この国に彼女のほかにお嬢様が数多くいたとしても、学校での秘密の買い食いでチャージ金額が足らずに遅刻しかけるのは彼女くらいだろう。
だがそうなると、彼女の『ハルくん』への賛辞が全部俺に対するものだとわかり、俺は思わず手で顔を覆った。
……嬉しい、なんて気のせいだ。
俺は、早速ついたコメントを確認してみることにした。
【ハルくん、本当に素敵な人ですね! 面倒見がいいタイプなのかな。】
【学校間に合ってよかったですね。でも、教室に一緒に入ったとしたら、結構目立ちませんでした?】
【コトノ:遅刻というものを人生で一度もしたことがなかったので、私は今日、悪いことをしてしまうのではと、とても焦ってしまいました。私のために一緒に走ってくださったハルくんには心から感謝しています。】
そして、この日の小説のあとがきの読者へのお願いはこうだった。
【ハルくんに迷惑をかけてばかりなのですが、謝罪に何を持参すればよいでしょうか? よければ、アドバイスをいただけると嬉しいです。】




