高嶺さんが心配です。
「今日は随分と早起きなのね?」
「うん。……まあ」
翌朝、母さんには話しかけられた俺は、曖昧に返事をして頬を掻いた。
俺は今日、いつもより早い電車に乗れるよう早起きして準備していた。というのも、やはり彼女のミッションが気にかかっていたせいだ。
もしあのWEB小説【仮】が彼女によるものならば、今日の朝、彼女は俺と同じ電車に乗るために、駅で待っている可能性が高い。
だが、俺がいつものようにギリギリに学校に行く時間に乗ってしまうと、品行方正な高嶺さんを遅刻させてしまう可能性があった。
「いってきます」
「はーい。いってらっしゃい」
家から最寄りの駅までは自転車通学、そこからが電車通学だ。
俺が自転車をとめて駅に入ると、高嶺さんは俺を見るなり、ぱあっと表情を明るくした。
「瀬崎くん! おはようございます」
高嶺さんは、今日も朝からバシッと今日も外見を調えていた。
アホ毛一つ無い姿はまさに完璧な美少女。対して俺は、高嶺さんが心配で早起きしたために、いつもより髪の毛が乱れている。
「おはよう、高嶺さん。今日は電車なんだ?」
「はい。今日は二回目の電車なんです」
高嶺さんは元気よく返事をした。
「今日は、電車の切符は買わなくていいの?」
「はい! 私には、このカードがありますので。今日は、切符は買わなくて大丈夫なんです」
高嶺さんはそう言うと、自信満々に俺に交通系ICカードを見せてくれた。
因みに高嶺さんと俺の一週間前の出来事――それは、人生初めての高嶺さんの電車通学の日に遡る。
高嶺さんは、これまで日常のあらゆることを『お世話係さん』に任せていたそうで、俺の通うような庶民の学校に来る前は、幼等部からのエスカレート式の学校に通っていたらしい。
そのため、当然電車通学などやったことがなく、俺が彼女に出会った日は、『初めての電車通学』の日だったらしい。当然、切符の買い方など分かるはずもなく、困っていた彼女に声をかけたのが俺だった――というわけである。
「はい。便利ですよね。学校の自動販売機などでも利用できますし、こっそり爺ややマリに内緒でアイスクリームも食べることが出来て――」
「よかったね」
高嶺さんは、ICカードという文明の利器を手に目を輝かせていた。庶民の俺には考えられないことだが、もしかしたら彼女は、好きにお菓子も変えない環境なのかもしれない。
「……っと。じゃあそろそろ電車が来るし、改札に入ろうか」
俺は、スマホの時間を見て高嶺さんに言った。高嶺さんはこくりと頷いて、俺の後ろをとことこと着いてきた――次の瞬間。
ピンポーン!
駅の改札の機械が、高らかな音を立てた。
「えっ? え??」
高嶺さんは何が起きているのか分からず、混乱しているご様子だ。
「高嶺さん……。それ、お金が足りていないみたいだよ」
おそらく、本来ならカードのお金は足りるようにチャージされていたのだろうが、彼女の『秘密のおやつ』のせいで足りなくなってしまったんだろう。
「あ、あの。これって、わたし、どうしたら?」
『お嬢様の社会学習』のため、今の彼女にはお世話係がそばに居ない。
俺を見て、段ボールに捨てられた子犬のような眼をする彼女を見て、俺は頭を抑えて溜息を吐いた。
幻覚だ。幻覚。
もし彼女が犬を飼っているとしたら、俺の家くらい大きいかもしれないお嬢様相手に、あまりにも失礼すぎる。
「ちょっと待ってて。俺が今からそっちに戻って、なんとかするから」
俺は駅員さんに状況を伝えて、自分のカードの履歴を消して貰い、彼女の方へと戻った。
「じゃあ今日は、カードにチャージする方法を教えるね」
「……ありがとうございます」
二度目の電車通学はバッチリです! と先ほどまで誇らしげにしていた高嶺さんは、顔を真っ赤にして俺に頭を下げた。




