現代ドラマと恋愛ジャンル
クラスの打ち上げに参加する予定が、高嶺さんのひと言で不参加になった俺たちは、二人横になって歩いていた。
目指す場所は、二人で行ったあの公園。
公園はやはり少し寂れていて、今日も子供がいない。
高嶺さんは深く深呼吸すると、俺に深く頭を下げた。
「瀬崎くん。今回のこと、迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「いや! 今回のこと、高嶺さんは謝る必要なんてないからね!? 全部あいつが悪いだけだし、みんなもそう思ってるよ」
高嶺さんが罪悪感を感じる必要なんて欠片もない!
俺がそう言えば、高嶺さんはくすっと笑った。
「ありがとうございます。迷惑をかけたこと本当に心からは申し訳なく思っていたのですが、実は瀬崎くんなら、そう言ってくださるとも思っていました。瀬崎くんは優しいから」
――優しい。
その言葉に、俺は少し胸がざわついた。
彼女を言い表す言葉として、俺はこれまで何度もその言葉を使ってきた気がするのに、俺に対して使われるのはやはり慣れない。
「それで私、瀬崎くんに伝えたいとさことがあって。私、これまで瀬崎くんにいろんなことで助けていただいていて、すごく感謝していて。それで……今は私、瀬崎くんのこと――」
『もしかしたら、告白かもね。いってきなよ、ヒーロー』
その瞬間、俺の頭のなかに、大路に言われた言葉がよぎった。だが彼女が口にしたのは、俺が全く想像していなかった言葉だった。
「私にとって、一番大切な友だちだと思っているんです!」
「…………えっ?」
その「告白」に、俺は理解できずに一瞬固まってしまった。
「と……友……だち?」
「すいません! 私なんかが瀬崎くんと友達なんて烏滸がましいですよね。でも私、中々学校になじめなくて。瀬崎くんは、そんな私に初めて優しくして下った方で。学校の中だけじゃなくて、私の世界を広げてくださった方で。……私が今、学校で一番気を許せる人なんです」
高嶺さんは元々、周りから慕われるタイプにみえるが、それは基本『友達』というより『憧れ』の対象なんだろう。
どこか浮き世離れた、俺たちとは違う世界のお嬢様――手が届かない高嶺の花のような彼女を傷付けることがないように、彼女に近づくのをためらう人間は、彼女の人生には多かったのかもしれない。
それは、彼女にとって幸福であり不幸なことだ。
だって彼女は俺たちと同じように、『普通に』寂しいという感情を知る人間なんだから。
「俺はもうずっと前から、高嶺さんと友達だと思ってたんだけど」
「そ……そうだったんですか!?」
「そもそも友達って、お願いしてなるものじゃなくて、いつの間にかなってるものじゃない?」
「……そう……そうなんですね……」
高嶺さんの表情が少し曇る。
もしかしたら高嶺さんのお嬢様の交友関係は、俺が思うより複雑だったのかもしれない。
「じゃあ私たち、もうお友達なんですね」
「……うん」
喉の奥が少し熱くて痛い。言葉に出来なかった感情が、今俺の中でくすぶっている。
「あの、じゃあ、瀬崎くん。お友だちとして、お願いがあるんです。高嶺さん、じゃなくて。瀬崎くんには私のこと琴乃って――名前で呼んでほしいんです」
「……琴乃、さん」
彼女の名前を口にして、俺は自分の顔が、かあっと顔が赤くなるのがわかった。
女子と下の名前で呼ぶなんて、小学生以来でかなり恥ずかしいかもしれない。
「こ、琴乃さんも、俺のことした下の名前で呼んでいいから」
「……はい。晴人くん」
そして彼女は、赤面を晒した俺とは違い、俺の名前を呼んで、幸せそうに花が咲くように微笑んだ。
■
【「私にとって、一番大切な友だちだと思っているんです!」
「俺はもうずっと前から、高嶺さんと友達だと思ってたんだけど」】
その夜、彼女の小説【仮】のコメント欄は荒れに荒れた。
まあ、彼女の小説もどきのWEB小説のジャンルはよく見たら『恋愛』ではなく『現代ドラマ』だったわけだから、そもそも読者の期待が間違っていたというのが正しいのだけれど。
ジャンル詐欺をしないあたり、彼女はやはり、どこまでも天然で真面目だった。
だからこそ――嘘と仮面が当たり前のWEBの世界で、彼女の物語に読者は惹かれたのかもしれない。
リアリティを期待しながら、美しい物語の終わりを期待する。それはある意味、読者の矛盾だ。だからこそ彼女の物語は、彼等にとっては『破綻した物語』にうつるのだろう。
つまるところ――読者の求める物語の結末とリアリティの両立は、現実では割と難しい。
【友だちで満足なの? その感情は、友だちでいいの!?】
【おい作者! お嬢様なりきりはいいが、こんな終わりがあっていいと思ってるのかよ!】
【ハッピーエンドに期待して読んでたのになんだこれ……】
非難轟々である。
まあ仕方ない。
ただ俺は、現実の彼女を知っている。高嶺琴乃という人はお嬢様で人柄もよく、真面目だがやや天然で――そして、どこまでも真っ直ぐな人なのだ。
彼らが言うような、この小説【仮】が読者を振り回すために書かれたなんて事実は、絶対にない。
彼女はきっと、俺に感謝してくれたのだ。
だからこの話を投稿し始めた最初は、モブでしかない俺に、恩を返す方法や、感謝を伝える方法を知りたかった。そしてただ彼女は、たぶん昔から――『本当の友達』が欲しかっただけなのだと俺は思った。
――だから。
「……最後に俺も、コメントを書いておくか」
【甘味好き:小説の完結、おめでとうございます。コトノさん、ハルくんと仲良くなれて良かったですね。コトノさんは、どうか自分の気持ちを大事にしてください。仲良くなりたいという気持ちと、恋愛感情はイコールではないと思うので。自分の感情に名前をつけられるのは、自分だけだと俺は思うから。コトノさんがこれからも楽しい学生生活を送れるよう、応援しています。】
俺と彼女の物語は、恋愛小説じゃなくったって構わない。
俺と彼女の関係は、お嬢様だった彼女にとって見知らぬ地で、偶然通りすがっただけの存在にすぎない。
あとがきに書かれた、【これまで私を応援してくださった方々、本当にありがとうございました。】という丁寧な謝辞に俺は苦笑いして、俺はスマホの画面をオフにした。
大量の批判コメント。
ここまで批判されては、『コトノ先生』が、二度とWEBの世界に現れることはないだろう。
だって『高嶺琴乃』という人に、批判という言葉は似合わない。彼女には白が似合う。悪意で黒く染まるくらいなら、その場所自体から離れるのが正解だ。
俺にとってのWEB小説は、遠い世界で、画面の向こう側で――ずっと、『非日常』だったはずなのに。
息抜きだった世界が自分事になって、その物語が終わってしまったのだと思うと、俺は胸がすっと軽くなったような、ぽっかりと心に穴が開いてしまったような、不思議な感覚につつまれた。
わからない。自分の感情に名前をつけられるのは、自分だけだとしたら――ピリオドが打たれたこの関係に、俺がつけたかった名前はなんだったのか。
「……あー。しばらく俺、小説読めないかも」
その夜、さあさあと静かな雨が降った。
俺の心に薄くかかった何かは、そんな雨では流れ落ちてくれないような気がした。
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今日は最終話も含めた3話更新です。(次の話が最終話です)




