高嶺さんのWEB恋愛小説は実話です。
「おはようございます。晴人くん」
「……おはよう。琴乃さん。今日は電車なんだ?」
昨日の今日だ。
少しまだ気まずい俺に、高嶺さんは今日も朝から可愛らしい笑顔を向けてくれた。
「はい。……あの」
「うん?」
「電車、晴人くんのそばに立っていてもいいですか?」
「別に俺は構わないけど……」
安心する? のだろうか。ひよこが初めて見た存在を親だと認識するみたいに、高嶺さんにちょこんとそばに立たれて、俺は不思議な気持ちになった。
「俺が壁になるから、琴乃さんはこっちに立ちなよ」
「ありがとうございます!」
ぱっと、高嶺さんの顔色が明るくなる。電車は通勤通学ということもあり朝から少し込んでいたので、お嬢様の彼女にはきついだろうという配慮だったが、俺はこの後自分の提案を少し後悔した。
――どうしよう。これは、触れてしまえる距離だ。
雑念をはらうため、スマホをみてごまかすか悩んでいた俺は、突然の通知に息を呑んだ。
WEB小説家【仮】の『コトノ先生』は、罵詈雑言を浴びた関わらず、鉄のメンタル(?)で、新作をアップしたらしい。
そのタイトルは――。
『電車で助けてくれた同じクラスメイトの男の子を好きになってしまったかもしれないのですが、これからどうしたらよいでしょうか?』
「……?」
そのタイトルを見て、俺は動きを止めた。
思考が追いつかない。だって俺と彼女の物語は、友情エンドで終わりだったはずなのに。
俺は、そばに立っている高嶺さんに目をやった。
スマホを両手で持った彼女は、どこか嬉しそうな表情をして、何かを一生懸命書き込んでいるようだ。
と同時に、俺の読者画面に通知が入ってきた。
どうやら高嶺さんは、昨日の俺のコメントに返信してくれたらしい。
【コトノ>>甘味好きさん、昨日はコメントありがとうございました。
貴方のコメントを読んで、自分の気持ちについてもっと考えてみようと思いました。この感情が、大切な友人に対する感情なのか、それとも将来を共にしたい方への感情なのか――初めての感情に、頑張って向き合ってみたいと思います。今朝は、彼と同じ電車に乗りました。私のことを気遣って、壁? と、いうのでしょうか。今も人混みから、私を守ってくださっています。ハルくんは、本当に優しい方です。正直なところ、私はまだこの感情にまだ名前をつけることは出来ていませんが、今はただ、彼に相応しい人間であれるよう、日々努力したいと思っています。
ですので、私の学校生活について、これからも応援していただけると嬉しいです。】
『お嬢様』である琴乃さんにとって、付き合う=結婚なのかもしれない。
俺は、将来大人になった彼女の姿を思い浮かべた。
『おかえりなさい。晴人くん』
帰宅した俺に、彼女がふわっと花が咲いたように笑う。その姿を想像するだけで。
――なんで俺は、こんなに胸が苦しいんだ?
【新作! いや、正統なる続編!! ありがとう。甘味大好き! お前のおかげで続きが読めるぞ。】
【やったー! 甘酸っぱい青春楽しみにしてます!】
【毎日更新待ってます。お体にはお気をつけください。】
【俺知ってる。これ2部で、3部は『電車で助けてくれた同じクラスの男の子を好きなってしまったのですが、これからどうしたらよいでしょうか?』になるんだよね。ですよね?】
【恋人編――いや、結婚編まで続いてほしい。幸せな家庭を築け。ハル×コト推せる。】
【つまり俺たちは、作者の手のひらの上で踊らされてた……っコト?】
この小説【仮】を、『フィクション』として楽しむ読者たちのコメントを目で追っていると、電車が揺れて俺は思わず前に手をついた。
「ご……ごめんっ! 高嶺さん!」
【電車の中で壁ドンシチュとかいいよね。定番なんていくらあってもいいんだから。】
体勢は意図せずして、読者コメントのリクエスト通りだ。
まずいまずいまずい!
俺はすぐさま謝って、急いで離れようとして――高嶺さんの表情の変化に気付いて呼吸を止めた。高嶺さんは、耳まで真っ赤にして俺を見上げていた。
そして、パチっと俺と目が合った後、彼女は俺から視線をそらし、代わりに無言で、素晴らしい指さばきでスマホで何か打ち込み始めた。
おそらく彼女は、今の出来事を早速打ち込んでいるに違いない。
そう思うと、なんだか俺は少し面白くなってしまった。
今日はいつもより早い時間に、小説は更新されるかもしれない。
今一番注目されている恋愛小説(仮)の最新話のストーリー。
更新される前に、俺は内容を知っている。
だって、少なくとも俺にとってはずっと。
高嶺さんのWEB恋愛小説は実話なんだから。
了
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最後までお付き合いいただきありがとうございました。
朝霧いお




