これは休日デートですか?⑤終
「これは……?」
高嶺さんが、俺の手のなかのヘアピンを見て目を瞬かせる。
改めて尋ねられると、俺は少し気恥ずかしくなってしまった。
「桜と青紅葉が好きって言ってたから。もう桜は終わっちゃったけど、これならいいかなって」
まずい。これは、失敗したんだろうか。
流石に身につけるものをクラスメイトの男子にもらうのは気持ち悪いか?
……どこまでが許されるのかがよくわからない。
「ごめん! もし迷惑だったら、全然妹に渡すんだけど」
俺が慌ててつけ足すと、高嶺さんはぶんぶん顔の前で手を振った。
「……い、いえ! 嫌だとか、そういうのではなくて! ……ただ、少し……驚いてしまって」
彼女はそっと、俺の俺の手からヘアピンを受け取った。
「……ありがとうございます」
ぎゅっと、宝物を受け取るかのように胸に抱く。
彼女が持っているもののなかで、ただの庶民の学生でしかない俺が贈れるものなんて、無価値に等しいものかもしれないのに。
少しして、高嶺さんは何かいいことを思いついたかのように呟いた。
「……そうだ」
「?」
スマホを取り出して、彼女は青紅葉を背景に、ヘアピンを手にパシャリと写真を撮った。
何をしているんだろう? と俺が首を傾げていると、とととと彼女は少し小走りで俺に近づいてきて、スマホの画面を俺に見せた。
「瀬崎くん! 私、アイコンに使いたい写真ができました」
可愛らしい、満面の笑みだ。
「大好きな桜と、青もみじの写真です」
スマートフォンの画面のなかには、俺が渡した桜のヘアピンと青紅葉の写真が写っていた。
「……っ!」
俺は思わず息を詰まらせた。
ここまで喜んでもらえるなら、何でも買ってあげたくなってしまう。
たとえ俺が彼女にあげられるものは、すべて彼女自身が買えるものだとしても。
「瀬崎くん? ……あの、どうかされましたか?」
俺が感極まって黙っていると、高嶺さんがきょとんとした顔で俺を見てきた。俺は、慌てて彼女からスマホを預かると、LIMEのアイコンに登録した。
「ご、ごめん。これから登録するね」
「はい。ありがとうございます」
にこ、と微笑む高嶺さんに、これからは自分で設定できるようにやり方を説明する。
高嶺さんはなるほどなるほど、と頷いて、それから変わったアイコンを見て喜んだ。
設定を終えたあと、彼女は髪に俺が上げたヘアピンをつけてくれた。
桜はもう終わってしまったけれど、彼女の周りにだけはまだ春色だ。
「似合いますか?」
「――……うん」
俺はもしかしたら、高嶺さんの嬉しそうな笑顔に弱いのかもしれない。
彼女の笑顔を見て、改めて俺はそう思った。
■
どうしよう。高嶺さんの顔が真っすぐに見れない。
帰りの電車で揺られながら、俺は上手く彼女と話せなくなってしまっていた。
俺がわたしたものだけれど、彼女が俺が渡したアクセサリーを大事につけてくれているという現実が、心臓の鼓動をはやくする。しかも、それを今後はLIMEの画面を開く度に思い出すのだと思うと、俺はなんだか現実が現実でないような、ふわふわとした感覚を味わった。
ただ、それは俺だけで、俺たちを乗せる電車はいつも通りに進んでいく。時間は、俺を待ってはくれない。
――もうすぐ、だ。
電車の窓の外の景色が、見知った景色に変わっていく。
彼女の待ち合わせしていた駅が近づくと、高嶺さんは、意を決したような顔をして俺に言った。
「あの、瀬崎くん。私、瀬崎くんと同じカメラにしようと思うのですが、大丈夫でしょうか?」
「…………俺の?」
「はい! そうしたら、教えてもらいやすいかなって」
それから、少し躊躇うような声音で、上目遣いで彼女は俺に尋ねた。
「やっぱり……お揃いじゃ、駄目ですか?」
「駄目じゃない」
――しまった。
つ即答してしまい、俺は思わず口を覆って彼女から視線をそらした。
何だか恥ずかしくて、顔が赤くなってしまう。こんな俺を、彼女に見てほしくない。
その時だった。電車が俺たちの降りる駅着いて、電車の扉が開いた。
「あ。もう降りなくては」
高嶺さんは俺よりも一足先に電車から降りて、それから俺たちは、二人で改札を通った。
彼女の迎えの車はもう到着しているようだ。
もうすぐこの二人の時間も終わるのか、なんて、俺が少し寂しさを感じていると、彼女は俺が渡した髪にヘアピンを挿したまま、くるりと振り返って俺に笑った。
「今日は本当にありがとうございました。不束者ですが、これからもどうか宜しくお願いします。先生」
キラキラした青春の一ページ。
もし俺がいつか死んだ時に、高校時代最高の瞬間を思い浮かべるなら、この瞬間かもしれない。
夕焼けを背に、少しだけの逆光。
現実では出来ない代わりに、俺は頭の中でカメラのシャッターを切った。まるでフレームのなかの絵画みたいに、彼女は本当に綺麗だった。
思わず、見とれてしまうくらいに。
「じゃあ、また学校で」
「うん。また……」
ぺこ、と彼女が俺に頭を下げる。彼女は車に乗り込むと、ばいばいと名残惜しそうに俺に小さく手を振った。
手を振りかえした俺は、彼女が乗る車が小さくなるまで見送って、それからその場にうずくまった。
「……こんなの、反則だろ」




