これは休日デートですか?①
週末、俺と高嶺さんは駅で待ち合わせをしていた。
「……服、変じゃないかな」
家を出る時、天音に『ふーん。お兄ちゃんでかけるんだ?』と声をかけられたが、服が変だとは言われなかったので、おかしくはないはずだ。
約束の時間の10分前。スマホ片手に待っていると、高嶺さんが現れた。
「瀬崎くん、お待たせしました」
俺を見つけて駆けてくる、その瞬間に彼女の長い髪がふわっと風に揺れる。白に近い薄いブルーに、小さな花がらのワンピース。白い小さめのバックに白いヒールの靴は、清楚なお嬢様そのものだ。
――私服……!
俺は、思わず彼女の姿をじっと見つめてしまった。まるで、初デートでおしゃれをしてきてくれた彼女のような格好――勿論高嶺さんにそのつもりはないんだろうけど。周りの男たちも、彼女の愛らしい姿に目を奪われている。
「すいません。私、何か変でしょうか……?」
視線に気づいたのか、高嶺さんが髪に触れながら俺に尋ねてきた。
「いや、そんなことない! すごく似合……っ」
駄目だ。同じクラスの男子に服や髪をまじまじ見られて褒められるとか、高嶺さんから気持ち悪がられてもおかしくない!
「……い、いや、何でもない。じゃあ行こうか」
「はい。瀬崎くん」
■
「今日はどちらに行くんですか?」
「まずは駅から電車に乗って、大きめの家電量販店に行こうと思ってるよ。ただカメラは種類がたくさんあるから、今日買うんじゃなくて、まずどういう物があるのか見てみるのがいいかもね」
「はい。わかりました」
高嶺さんは、しっかりICカードを持ってきていた。彼女はカードをいまだに財布に入れているようだ。
「いい天気ですね」
「そうだね。桜はもうずいぶん散ったけど」
駅のホームで待っていたら、線路沿いに咲いていた桜がすっかり散ったのに俺は気がついた。
「これからは、青紅葉が綺麗ですよね」
「……青紅葉?」
高嶺さんは、まるで誰にとっても当然のことのように言った。
俺にはあまり耳馴染みのない響きだ。
「瀬崎くんは、赤い紅葉のほうがお好きですか?」
そんな俺の心に気づいてか、高嶺さんが小さく笑つまで俺に尋ねる。
「そうだね……高嶺さんは青もみじの方が好きなの?」
「どちらかと言うと、そうかもしれません」
高嶺さんは若干恥ずかしがり屋だったり常識を知らなかったりするけれど、もしかしたらこういう分野については、俺より知見があるのかもしれない。
自然に関する感性だとか、風流を理解する心だとか。
「時期によっては、桜と一緒に見ることができるのも好きで。今年はもう桜は散ってしまいましたが、これからの季節――五月になったら綺麗なんですよ。梅雨の時期は雨が多くなりますが、雨に濡れた青紅葉は、青が一層深くなったように見えて……晴れた日とは違う風情があって。青もみじの道は、まるで緑のアーチのようで、木漏れ日がまた綺麗なんです」
楽しそうに話す高峰さん。声がいつもより明るくて、そんな彼女を見ているだけで、つられて顔の筋肉が緩んでしまう。
「高嶺さんは、季節だとどれが一番好き?」
「そうですね……。夏は日差しが厳しいですし、秋はお料理が美味しいですが、少し肌寒く感じます。冬は……私、あまり寒いのは得意ではなくて。雪景色は好きなのですが。そうなると、春から初夏にかけての景色が、私は一番好きかもしれません」
「桜も綺麗だしね」
「はい。桜は、咲いているときも、散るときも綺麗で好きです。桜の花びらの――花筏の、薄桃色の花の絨毯が水辺にできているのをみると、『もうすぐ春が終わってしまう』とも思うのですが、そこに一枚、また一枚と、桜が散ったり、上流から流れてきた花びらがまた連なっていくのを見ると、どこか切ない気持ちになるのに、その光景を美しいと思う自分に気づくんです」
「……そっか」
高峰さんの語る彼女の世界は、俺が見ている世界とは違って穏やかで綺麗に思えた。
俺にとっての『日常』は、ただ学校と家との往復で、家に帰ってからは妹と喧嘩したり、宿題をしたりゲームをしたり小説を読んだりというものだ。俺の日常は、『綺麗』とはとても言えない。でもそれは、おそらくこの国の高校生の、代わり映えのない毎日だ。
高嶺さんの場合、俺とは同じ時間を生きていても、見ている世界が違うような気がした。小説【仮】にしろリアルにしろ、彼女の世界には春の陽の光のような柔らかさがある。
ひらひら散る桜の花びらの下で伸びる花筏や、青もみじの作る優しい木漏れ日――ゆっくりと流れていく時間にそっと目を瞑って、鳥の声に耳を傾ける。そんな時間が、彼女にとっての『日常』なのだろう。
「瀬崎くん、電車が来ました」
「……うん。そうだね」
電車がホームに入ってくる。
それを知らせてくれる高嶺さんはどこか子供っぽく見えるのに、その内に俺と違うたくさんの感情や感覚を抱えているんだと思うと、俺は彼女の見ている世界を、もっと知りたいと俺はその時に思った。
■
「ここが、カメラが売っているお店なんですね」
二駅先の駅の近くにある家電量販店。店にはいる前、高嶺さんはまじまじと外観を観察していた。
店のなかにはいると、ところ狭しと並べられた家電に、デカデカと値段やポップがついている。ポイントのつくお得なカードの案内など、やはりこういう場所は情報過多だ。
俺が「相変わらずだな」と思っていると、高嶺さんが俺の隣で目をかばうように手を添えていた。
「どうかした?」
「すいません。少し、目がチカチカして……」
家電量販店は、どうやら高嶺さんの日頃過ごしている空間と比べると、明るくて少し騒がしいようだ。
もしかしたら俺が幼い頃からの慣れで、「こんなもの」だと思っているものが、彼女には違和感になるのかもしれない。
「こういうお店は来たことある?」
「初めてです……」
高嶺さんが申し訳なさそうに言う。俺は彼女を連れて、エレベーター近くのマップを見せることにした。
「これが、この建物のマップ。上から下まで、たくさんのお店が入ってるんだ」
「……なるほど。たくさんの商品が売ってあるんですね」
「うん。家電にスマホ、おもちゃに雑貨。階は違うけれど、100均とか服やご飯のお店なんかも入ってるんだ」
「すごいです。本当に何でも揃うんですね」
高嶺さんは素直に感心していた。……普段の彼女なら、店に足を運ばずとも、家に商品が届きそうではあるけれど。
彼女と縁のありそうな、デパコスやお高めの惣菜、ブランドの服はここにはあまりないかもしれない。庶民でも手に入りやすいブランドや、生活雑貨がこの建物のなかには入っている。
「ここが、一眼レフのカメラ売り場だね」
どうやらカメラについては、一階と二階で売り場が分かれているらしい。俺は先に二階を案内することにした。
「カメラと言っても、たくさん種類があるんですね」
ずらりと並べられたカメラを見て、高嶺さん派驚いていた。
「うん。カメラによって画素数を含めた機能は違うし、あとカメラは――レンズって言って、別に取り付けて撮れる写真も変わるんだ。今のスマホのカメラはAIで補正してくれるものも多いと思うけど、今買おうとしているのは自分で調整するのが基本だから、写真を撮るときの光をどのくらいいれるかとか、シャッタースピードとかの調整も考えると、カスタマイズ要素は強いかもしれない。ミラーレスとかデジタルとかでも、また変わるだろうし……」
「光の、調整……?」
「うん。どういうふうにその空間をきり取るか、っていう――画角も大事だけど、写真のなかの光の扱いも、写真を撮るうえでは大事かなって俺は思ってる」
「……なんだか、話を聞いていると覚えることが多そうです」
高嶺さんはどこか不安げな表情だ。
「大丈夫。分からないことは教えるよ」
「はい。瀬崎くん、ありがとうございます」
ただ、俺が「大丈夫」だと言えばすぐに安心するあたりは、なんだか刷り込みのようで笑ってしまった。
高嶺さんのなかで、俺に対する信頼度が高いのを感じる。
一階に降りてまたカメラの説明をしていると、高嶺さんは、ある一角の商品に注目して感激した。
「瀬崎くん、瀬崎くん。このカメラ、とても可愛いです!」
「それはチェキだね」
撮影された小さな写真が、可愛らしく飾ってある。
「チェキ?」
「うん。撮った写真をその場で印刷できるやつだよ」
カメラよりは安いが、値段はまあまあするらしい。印刷された写真は――画素数が高いとは言えないが、『思い出の雰囲気』をすぐに形にできるというのはメリットかもしれない。
「昔からのバージョンだと印刷する前は確認できなかったんだけど、今は普通のデジカメみたいにその場で画面で写真を選んで印刷したり、スマホと連携させて、気に入った写真だけ印刷するのも可能になってたりするみたいだね」
もはやそこまでいけば、スマホで撮影した写真の印刷用の機械を飼うのと変わらないかもしれないと俺は思うわけだが――デザインとしては可愛いし、手軽にチェキが撮れるのはこういうカメラの魅力だろう。
あとチェキのフィルム代はまあまあ高いので、印刷前に選べるのはありがたいのかもしれない。世の中物価高なのだ。いつだって庶民はつらい。
チェキを一通り見た彼女は、画素数などの問題に気付いたらしい。写真部としてコンテストに出すための写真を撮るにはこれでは駄目だと気付いたようで、彼女は肩を落としていた。
「まあ、チェキはまた今度、ってことで。カメラもある程度値段するし、すぐには決めるべきじゃないと思うし――今日は、カメラはこの辺にしておこうか? 因みに高嶺さん、今日は他にはどこにいきたい? 俺は今日時間あるから、高嶺さんに付き合うけど」
「いいんですか?」
「うん。今日は、高嶺さんの日ってことで」
俺がそう言うと、気落ちしていた彼女の表情が明るくなった。よかった。




