部活見学に行こう!④????
「……ここか」
「なんだか、すごく甘い香りがしますね」
B棟一階にあるのは家庭科室だ。鈴原さんが「面白い」と話す理由は分からなかったが、オススメされたので俺たちは足を運ぶことにした。
調理中ということもあってか、入り口の扉は閉じられている。俺たちが扉をノックすると、三角巾にエプロンをつけたクラスメイトの水上さんが扉を開けてくれた。
「あれ。高嶺さんと瀬崎くんだ。どうしたの? 見学?」
たぶん、調理中ということもあってスマホは見ていなかったんだろう。水上さんは俺たちを見て首を傾げていた。
「あら、お客様?」
家庭科部の先生は、家庭科の先生らしい。少しお年を召した女性の先生は、俺たちを見て柔らかく微笑んだ。
「部活を見学に来たのかしら」
「はい。実は、まだ決まっていなくて……」
「あら、そうなのね。じゃあ、よかったら今日をつくったお菓子を食べながら、部活について説明しようかしら」
家庭科の先生はそう言うと、俺たちを室内に招いてくれた。
「この部活はね、月に2回、毎週火曜日に行っているの。毎月作りたいものを決めてね、お菓子やご飯を作っているの」
ご飯も作っているのは俺には少し意外だった。
「月2回以外にも、何か活動はしてるんですか?」
「高体連のときは、全運動部に配るために、レモンのはちみつ漬けを大量に作ったり、文化祭の時はクッキーを沢山作って販売したりするんだって! 毎年すごく人気みたいで、私も今年楽しみなんだ。因みに、今日つくったはアップルパイだけど、前はパエリアを作ったよ」
水上さんが俺の質問に答えてくれた。
「魚介たっぷりでおいしかったですよね!」
「そえそう。ジュースみんなで持ってきてね〜」
でもちょっと待ってくれ。学校で宴会が行われている!
その瞬間、俺の中の「女子だけの秘密お料理教室」のイメージが崩れた。
まさか、学校でそんなことをしていたなんて……。
とはいえ、女子しかいないゆるい空間だ。
シューズを見るに2年・3年先輩の先輩たちも、きゃっきゃと仲良く水上さんと談笑している。空気は悪くないので、ここなら高嶺さんも安心して過ごせるかもしれない。
「そういえば家庭科部にはね、今年期待のルーキーが入ってきたの。とってもお料理が上手なのよ。確か、貴方たちとも同じクラスだったかしら?」
「?」
先生はそう言うと、教室を見渡して首を傾げた。
「あら……あの子どこに行ったのかしら。さっきまでここにいたのに。大路さん。大路さーん?」
「……『大路』?」
俺は、聞き間違いかと耳を疑った。
俺が知る、同じ学年の『大路』は一人だけだ。
クラスメイトのモテ男、イケメンでスマートで、今日の部活見学も手伝ってくれた――いや、そういえば大路がくれたメモに、家庭科部は載っていなかったもしれない。
「あら、ここに居たのね。どうしてこんな場所に隠れているの? エプロンが汚れてしまうでしょう」
先生は、俺たちに見えないように、調理実習台の後ろに隠れて居た大路に言った。口調がまるでお母さんだ。
「……なんで、瀬崎がここにいるの」
観念したらしい大路は、はあ、とため息とともにに立ち上がるった。
エプロン姿に三角巾。珍しい。今の大路は、何故か少し照れているように見えた。俺は、まじまじと大路の姿を見た。
「オススメしてくれた人がいたから」
「……わざわざ書かなかったのに」
大路は俺たちに、ここに来てほしくなかったのだろうか?
まさか――女子に囲まれるハーレム空間を、俺に邪魔されたくなくて?
だとしたら、少し性格が悪いと思う。だって今日は、高嶺さんのための部活見学なんだから。
「ふーん。いいじゃん。エプロン姿、似合ってる」
「……瀬崎、絶対何も考えずに、からかうために言ってるでしょ」
大路は顔を赤くして、手で顔を覆いながらぼそっと呟く。意外だ。ここまで照れるとは! 俺は、少し面白くなってしまった。
そりゃそうだ。こんな姿見せられて、からかわずにいられようか!
「王子、料理とっても上手なんだよ!」
「そうそう! うちの部活で一番美味しいの」
「パエリア作るのも一番上手だった。ほんと美味しかったよね〜!」
女性陣の評価は上々だ。
今の流行りは料理もできる男なのか……?
一応俺も少しは料理は作れるが、自信があるはチャーハンと唐揚げだけで、単に俺が好きな食べ物だからである。
「料理得意なの?」
「……人並みだよ」
どうやら大路はこれ以上、あまり触れてほしくなさそうだ。
ぶっきらぼうに返されてどうしたものかと思っていたら、水上さんが俺たちに、お菓子ののった皿を手渡した。
「瀬崎くんにも、王子が作ったお菓子分けてあげる!」
「み、水上さん!?」
「いいでしょ? 王子。私の分けるだけだから、王子の分は減らないから大丈夫だよ」
水上さん。多分、問題はそこではない。
俺は突っ込んでもよかったが、お腹が空いていたのでありがたく受け取ることにした。
出来立てのアップルパイの香ばしい香り。シナモンが俺の食欲をそそる。かわいらしく編み込まれたパイ生地の下には、ゴロゴロしたリンゴとカスタードクリームが入っていた。
一口食べた瞬間――美味しさが、口いっぱいに広がる。
「なにこれウマ」
見た目も綺麗だったが、味も最高だ。思わず、もう一口、もう一口と食べ進めてしまう。『甘味好き』というネットでの名前のように、俺は甘いお菓子は大好きなのだ!
「すごくおいしかった! ありがとう」
大路は、怒涛の勢いで綺麗に完食した俺の皿を見て、小さな声で言った。
「……口にあったなら、僕の分持って帰ってもいいけど……」
「え? いいの? 貰えるなら欲しいかも」
素直に嬉しい提案だ。こんなに美味しいなら、家でゲームばかりしている妹にも食べさせてやりたい。
大路は俺の返事を聞くと、いそいそと紙皿に乗せたあとにラップに包んだアップルパイを、紙袋に入れてくれた。
「あらあら。大路さんと貴方は仲良しなのね」
すると、俺たちのやりとりを見ていた先生がふふっと笑いながら呟いた。
「せ、先生……!」
大路が、焦ったように声を上げる。
「いつもと違う貴方の表情が見られて、先生とっても嬉しいわ」
両手を合わせて朗らかに笑う。宣誓の表情を見て、大路は何か言いたそうな顔をして――そして、がくっと肩を下げた。
「瀬崎は僕の友人です」
「うん、そうね。とても仲の良いお友達なのね」
「……」
大路は無言になった。珍しいこともあったものだ。
「ほら、瀬崎。これあげるから、今日はもう帰りなよ。食べたあと片付けもあるから」
「あ、そうだな。ありがと」
「高嶺さん、もし家庭科部に入りたいなら、僕か水上さんに言ってくれたら、改めて詳しい話をするから。そのときは教えてね」
大路はさらっと俺を締め出した。
「は、はい」
「じゃあ、また明日」
にこ、と大路が高嶺さんに微笑む。そして大路は家庭科室の扉を閉めた。
……ん?
つまり高嶺さんなら歓迎だけど、俺は二度と来るなってことか?
やっぱりハーレム築きたいだけじゃないか! くそ。こんなところに、子兎みたいな高嶺さんを一人放しても大丈夫なんだろうか……?(水上さんはいるけれど)
「高嶺さん、家庭科部入りたい?」
「ええと、すごく素敵だなとは思ったのですが、もう少し他の部活を見て決めたい気もします」
「そっか。分かった。じゃあ今日はもう遅いし、続きは明日にしようか」
「はい。そうですね」
高嶺さんは、うん! としっかり俺に頷いた。今日は運動部()を二つ回ったし、明日は文化部を見に行くのもいいかもしれない。
俺がそんな事を考えていると、隣に高嶺さんがいない事に気づいて俺は足を止めた。
「高嶺さん?」
どこではぐれたんだろう?
俺が彼女の名前を呼ぶと、角の向こう側から、高嶺さんが少しだけ早足で現れた。
「すいません。すれ違った方が落とし物をされていたので、拾って届けていたんです」
「そうだったんだ」
流石高嶺さん。俺が知る中での一番の善人!
俺はそんな彼女が楽しく学校を過ごせるように、精一杯手伝おうと改めて思った。
そして俺がそんなことを考えていると、とある女子からLIMEに連絡が入っていた。
俺はそれを見て、明日の予定を決めた。ここなら、高嶺さんにも合っていそうだ。
「高嶺さん。明日行く部活だけど――文芸部、とかどう?」
高嶺さん――もとい『コトノ先生』に。




