第26話 名残惜しさ
ミルコへの挨拶を終えたあと、無名はガンツの下へと向かった。
彼は獣王国の王だ。
無名が入城したことを既に知っているガンツは謁見の間で待っていた。
大きな両扉が開くと無名が真面目な表情で一歩ずつ絨毯の上を歩いて行く。
「行くんだな……?」
「はい。色々とお世話になりました」
「次の目的地は魔国なんだろ?あそこは魑魅魍魎が跋扈してやがる。一瞬の気の迷いが命を削るぞ」
「重々承知しています。魔神の封印されている場所を特定したらすぐに戻ってくるつもりです」
「お前が望むなら一人二人なら連れて行っても構わないぞ」
「いえ、それには及びませんよ。一応セニアさんが一緒に来てくれるそうですので」
「ああ、あの冒険者か。……無事に戻ってこいよ。お前が死んだらミルコが悲しむ」
悲しませるつもりなど毛頭ない。
と言い切りたかったが魔国はそれほど甘い場所ではない。
「ではまたお会いしましょう。その時は盛大にお祝いしてくれても構いませんよ」
「へっ、お前も冗談が言えるようになったか。これも一つの成長ってやつかね。じゃあな、気を付けて行ってこい」
無名は最後に慣れない冗談を零し、謁見の間を後にした。
最後に赴くのはカイトの所だ。
流石に何も言わずいなくなるのは後味が悪い。
カイトはクランハウスを借りて仲間たちと共同生活を送っている。
そこに行けばセニアもいるだろう。
実際のところ、無名はギリギリまで悩んでいた。
セニアを置いて一人で行くか、それとも二人で魔国を目指すか。
一人のほうが動きやすいのもあるが、少なからず親交のあるセニアを危険な目に合わせたくはない、という気持ちがあったからだ。
ただし一人で魔国を彷徨くのはあまりにリスクが大きすぎる。
爵位級の魔族もだが、魔国には未だかつて見たことのない凶悪な魔物も存在すると聞いている。
そんな中をたった一人で魔神の下を目指すというのは自殺行為だった。
「ああ、無名じゃないか。もう行くのかい?」
クランハウスに近づくと察していたのかカイトが玄関口に背を預けて待っていた。
「お世話になりました」
「挨拶回りしているのかい?今までの君だったら何も言わずに行ってただろう?心変わりでもしたのかな?」
「いえ、何となく……お世話になった人くらいには一言あってもいいかなと思いまして」
他人などどうでもいい。
自分さえ良ければ他がどうなろうが関係ない、という思考が今では多少改善の兆しが現れていた。
「まあいいや。セニアを呼んでくるから待っていてくれ」
カイトがそう言い残しクランハウスに戻っていく。
この間に姿をくらませば一人で魔国を目指すことになる。
今までの無名なら迷うことなくその選択をしていた。
ただ、二人での旅もそう悪くないかもしれないと思ったのはミルコと龍の魔窟に行ってからだ。
誰かを思いやる事。
それは弱点にも成り得る。
だからこそ無名は常に誰よりも優れた結果を出し続けた。
誰にも頼らず生きていける為に。
異世界に転移したことは自分にとってプラスだったのかもしれない。
そんな事を考えていると完全装備のセニアを連れてカイトが出てきた。
「お待たせ無名。さてと、最後に伝えておくことがあるけどいいかな?」
「はいもちろんです」
「必ず生きて顔を見せてくれ。勇者である君が死ぬということはこの世界にとって大きな損失でもあるんだ。勇者というのは君が思う以上に重いものなんだよ」
「はい。必ず戻ります」
「その言葉が聞けたら十分さ。じゃあ頼んだよセニア」
カイトが手を振り、それに応えるように無名は会釈する。
獣王国はもう一度無名が訪れたいと思える国だった。
街のはずれ、門の前まで来ると左右に立ち外敵からの襲撃に備える門番が無名の姿を見て姿勢を正す。
この国ではもう無名を知らぬ者はいない。
国を救った英雄なのだ。
直立不動で無名を見送る門番の目には輝きが灯っていた。
「それほど長い期間いたわけではありませんが、少し寂しいものですね」
「そうですね。ガンツさんもガルスさんも協調性のない僕を受け入れてくれました」
「……そこは理解しているんですね。てっきり人間性に問題のある方かと思っていましたが」
セニアが零した唐突なディスりに無名は苦笑いを浮かべる。
「僕も一応成長……しているんだと思います」
「自覚はないんですか?」
「多少はありますよ。今まで一度も他者を優先しようだなんて思ったことがなかったのにこの世界に来てから、ミルコさんとか他の方々と肩を並べて戦って、自分を犠牲にしてでも守りたいと思いました」
「いい兆候ですよ。ただ、無名さんが思っているよりも勇者の名は重いんです。それこそ獣王国の姫君よりも優先されるほどに。だから二度と自己犠牲の精神は持たないように」
セニアに釘を刺され、無名は申し訳なさそうな表情で頷く。
獣王国の領土を抜けると無名たちは一度だけ振り向いた。
次に戻ってくるのはいつになるかは分からなかったが、無名は必ず戻って来なければならないと使命感に駆られていた。
ミルコと約束したから。
「名残惜しいですか?」
「まあ……そうですね。居心地のいい国でした」
「それなりに長い旅になります。脳裏に焼き付けておいた方が良いですよ。帰る場所があるというのはそれだけで恵まれているんです。実家にもう何年も帰っていない私が言うのもおかしな話ですが」
無名はそう言えばセニアの過去を聞いたことがなかったなとふと思い出す。
セニアに言われた通り十秒ほど脳裏に焼き付けたあと歩き始めると話題はセニアの話に移った。
「セニアさんはいつから冒険者をされているんですか?」
「そう言えば話していませんでしたね。そうですね……十年ほど前からでしょうか」
十年も前となると未成年だろう。
セニアの年齢こそ知らなかったが、見た目通りなら恐らく二十五、六といったところだ。
十年前となると十代中頃で無名がまだ高校生の時から命懸けの仕事をしていたことになる。
「凄いですね。でもどうしてそんなに小さい時から冒険者に?」
「稼がなければならなかったんです」
それからセニアはポツリポツリと自身の過去を語る。
――セニアは元々貴族の生まれだった。
蝶よ花よと育てられ、気づいた時には世間のことを何も知らない箱入り娘ができあがっていた。
貴族だけが入れる学校に通い、夕方になると習い事である華道やヴァイオリンといった楽器を学ぶ。
剣など一度たりとも握ったことのないセニアはふと自身の境遇を客観視してみた。
恵まれた環境に持って生まれた血筋。
このまま飼い殺しのように生きていくのだろうか。
そう思った時自身の足で、目で、耳で、世界を見たいと考えてしまった。
セニアは居てもたってもいられず両親にその事を話すと、当然ながら反対された。
姫のように育ててきた娘がいきなり外の世界を見てみたいと言い出せば、そう簡単に許すはずもない。
しかしセニアは両親に隠れて剣を買い、装備を整え遂に家を飛び出した。
殆ど家出に近い状態だった。
一応書き置きはしていたが、両親はすぐさま捜索隊を放った。
セニアのような世間を知らない少女など簡単に見つけられる。
そう高をくくっていた両親は数日後、後悔しただろうとはセニアの言葉だ。
セニアは出会ったのだ。
自身の命を預けるに値するクランに。
「そこからはまあクランマスターと共に各地を回りましたね」
「なかなか思い切りがいいんですねセニアさん」
「冒険者たる者、思い切りの良さが肝心ですから」
そう言いながら微笑むセニアは、後悔などしていないような、堂々とした表情であった。
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