第25話 旅立ち
「身体は……動く。よし、これならいけるな」
ベッドから立ち上がった無名は拳を何度か握り締め、ストレッチを行う。
身体のどこにも痛みを感じない事を確認すると病室から出た。
すると部屋の前で待っていたのかリヴァリアが腕を組んで立っていた。
「もう完治したのか。やはりあの神が何らかの手を加えていると見てもいいな……」
リヴァリアは忌々しそうに舌打ちをする。
「リヴァリア様はなぜここに?」
「お前が部屋から出てくるのを待っていた。これから魔国に向かうと聞いたが一人で行くつもりか?」
「いえ、セニアさんが同行すると仰っていました」
「セニアか……たった二人で魔国に入るなど自殺行為だぞ」
リヴァリアは暗に仲間をもっと増やして魔国を目指せと言っていた。
しかし無名は多数で行動する事を好かない。
単独行動ばかりしていた彼が協調性などあるはずもなく、セニアが同行する事すら難色を示していたほどだ。
「最悪危ない場面に遭遇すればその場から最速で離脱します」
「爵位を持つ高位魔族は楽観視できんぞ」
「それは重々承知しています。ですが実際に高位魔族と矛を交えたからこそ理解しているんです。伯爵位程度までなら僕一人でも制圧できると」
「その余裕……まあいい。勇者の力に振り回されすぎるなよ。驕りは身を破滅させる」
無名はその言葉に重く頷く。
リヴァリアはそれだけ伝えるとその場から立ち去った。
無名は身支度を整えるため、ガルスの店へと足を向ける。
道中何人かの獣人が無名をジッと見つめていたが、声を掛けてくることはなかった。
殆どの住民は無名の戦う様を目にしている。
獣王国を救った英雄、巷ではそう呼ばれ尊敬の念を浮かべる者が多い。
しかしあまりに人間離れした力を見て怖れも抱いており、気さくに話しかける事ができなかった。
無名は何も気にしていないのかスンとした表情でガルスの店に顔を出した。
「ガルスさん、いますか?」
「ん?オオッ!?無名じゃねぇかッ!」
まだ治療を受けていると聞いていたガルスは目が飛び出さんほどの表情で驚く。
「おめぇもう出歩いて大丈夫なのか!?」
「ええ、先ほど先生から許可が降りましたので」
「そうかそうか……いや、まあ無事でよかったぜ。あんな大立ち回り見せられたら心配にもなるってもんだ」
ガルスは心底ホッとした表情を浮かべた。
邪龍はそれだけ脅威だった。
無名とリヴァリアがいなければ今頃獣王国は更地になっていたことだろう。
「ガルスさん、今までお世話になりました」
「何だよ……久しぶりに顔を見られたと思えばもうどっか別のとこに行くのか?」
「はい。ガルスさんには仕事と住む場所を提供してもらいとても助かりました」
「へっ、ただの雑用で雇っただけだ。……まあまたこの国に寄ったら顔くらい出せよ」
「ええ、もちろんです。ありがとうございました」
無名は自分の持ち物を纏めるとガルスに一礼し、その足で今度は城へと向かう。
城門前では無名の姿を見た門番がスッと左右に別れ道を作った。
既に無名の存在は周知されている。
ほぼ顔パスである事に若干気まずさを感じながらも無名は門番に会釈をして城内へと入って行った。
「完治すればもう次の場所へ行かれるのですか?」
出迎えてくれたのはソウリュウだった。
物静かな雰囲気は無名も気に入っていて、彼女に対して悪感情はない。
「そうですね……いつまでもここにいるわけにもいきませんから」
「ですが姫様が悲しまれるでしょう」
「ミルコですか。といっても連れていくわけにはいきませんよ」
「……無名様、姫様のところへ案内する前に一つお伺いしても?」
「ええ、もちろんです」
「魔神が復活すればお一人で戦うつもりですか?」
何が言いたいのか分からなかった無名は素直に答える。
「はい。できれば僕の知り得る実力者の方々には手を借りたい所ですが。ただ、その方々はそう簡単に連れ回せる方達ではありませんので」
「一人では勝てません。あれはそういうものです」
「ソウリュウさんは魔神について何か知っているんですか?」
ソウリュウの含みのある言い方に無名は怪訝な表情を浮かべる。
するとソウリュウは無名の耳元で小声で囁く。
「あれは……正真正銘の神です」
「まるで、見てきたかのように言いますね」
「はい。見ましたから」
無名はソウリュウの種族を思い出した。
不死鳥族。
永きに渡る命を持つ種族だ。
不死とは名ばかりで封印されたり塵にされれば死んでしまう種族。
彼女はその生き残りだった。
「なるほど……実際に魔神をその目で見たんですね」
「はい。だからこそ正直に答えます。無名様では勝てません」
正面切ってそう言われれば無名は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「確かに今の僕では勝てないと思いますが、可能性はゼロではないでしょう」
「いいえ、勝てませんよ。絶対に」
「確信があるみたいですね」
「魔神は一切魔法を受け付けません。物理攻撃しか通らない障壁を張っています」
「なるほど……魔法以外、なら通るんですね?」
「はい。ただし近づくのも容易ではないかと思います。……長話が過ぎましたね、姫様のところへ案内します」
無名はもう少しソウリュウから話を聞きたかったが、中途半端な所で切り上げられた。
ミルコの所へ案内される道中もソウリュウは一切口を開かなかった。
やがてある部屋の前で止まるとようやくソウリュウが口を開いた。
「こちら姫様の私室です。それではご無事で」
ソウリュウは一礼するとすぐその場から立ち去った。
最後の言葉が妙に気になったが、無名はとりあえずドアをノックする。
「無名です。ミルコさんいますか?」
返事はない。
聞こえていないのかともう一度ノックすると、微かに布が擦れる音がした。
「ミルコさん?」
ドアノブに手を掛けると鍵がかかっていなかったようで、回すと扉がほんの少しだけ開いた。
勝手に入っていいものか悩んだが、いつまでもここで時間を潰しているわけにもいかないなと一気に扉を開け放った。
「無名ー!!!」
「うぉっ!?」
扉が開くと同時に飛び蹴りをしてきたミルコを寸での所で躱した無名は尻もちをついた。
「ミルコさん?どうしたんですか?」
「どうしたんですか、じゃなぁぁぁいッ!」
ミルコは怒っているのか真っ赤な顔で地団駄を踏む。
「ウチを置いていくの!?」
「えっと……」
いまいち要領を得ず無名は困惑した表情を浮かべた。
「だから!魔国に行くんでしょ?ウチも行く!」
「いや流石にそれは……」
ミルコは共に龍の魔窟に潜った仲だ。
しかし無名は、その時はまだミルコが獣王国の姫だとは知らなかった。
「ウチも冒険したい!」
「無理ですよ、ご自分の立場を考えてください」
「実力ならある!足手まといになんてならないよ!」
「それは理解していますよ。ですが、今度行く場所は魔界です。近場のダンジョンとは訳が違います」
「少しくらい国外に出ても大丈夫だよ」
「魔国はいつどこから敵が襲ってくるか分からないんです。危険な所に連れては行けません」
「じゃあ無名もだめじゃん!」
「僕は攻守共にそれなりの力を有していますから」
話は平行線でこのままではいつまでたっても終わらないと思った無名は立ち上がってミルコの頭を撫でた。
「また戻ってきますよ。ただいまと言える場所があるのは素晴らしい事じゃありませんか?」
「ん〜ん〜……絶対に戻ってきてね」
ミルコは口を尖らせる。
納得はできないが理解はしているつもりだ。
無名とまた冒険がしたかったミルコの立場は姫。
好き勝手はできないのだ。
「僕の故郷ではこういう時、いってらっしゃいと言うんです。また戻ってきてという意味も込めて」
「……分かった。無名、いってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
不貞腐れた表情でミルコがぼそっと呟くと、無名は慣れない笑顔を浮かべてもう一度頭を撫でた。
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