第24話 勇者という名の重み
突然倒れた無名にその場は一時騒然となったが、まだ完全に回復しているわけではないと医者からの説明を受け、集まっていた面子は元の場所へと戻っていった。
カイトとセニアは病室から出ると人気のない建物の裏に行く。
「無名、この世界の神を殺すつもりだね」
「恐らくそうでしょう。元の世界に帰るには神の力を借りなければ不可能でしょうから」
「勇者、とは思えない思考回路だよ。元の世界を創り変えるなんてなかなか無茶なことをしようとしていたものだ」
「案外この世界に呼ばれて良かったかもしれませんね。彼が元の世界に留まっていれば何をしていたか……」
無差別殺人でもやっていたとしてもおかしくはない。
実際それに近しいことをやろうとしていたのだからセニアとカイトの予想も遠からずも当たっていた。
「アルトバイゼン王国では異常者、獣王国では英雄、元の世界ではただの一般人、か。彼の紡ぐ物語を最後まで見届けたいな」
「正気ですか?無名さんがどこかで道を外れた瞬間、私たちにとっても脅威になり得ます」
「彼を導く人が必要かもしれないね。そうだ、セニアは少し前から彼と仲が良いじゃないか。彼を導いてあげたらどうだい?」
「……勇者を正しい道に導くなど責任が重すぎます」
「彼が魔神を討つその時まで、セニアが共に歩んであげればいい。彼は一人にさせてはいけないタイプの人間だ。今回でよく分かったよ。自分の命の価値を理解していないんだ」
セニアは小さくため息をつくとまた無名の眠っている病室へと足を向ける。
「分かりました、当分クランの活動には参加できませんが」
「その辺りは俺がカバーするよ。頼んだよ彼を」
カイトが無名にセニアをつけることにした理由は一つ。
魔神を討つべき勇者を死なせてはならないからだ。
魔神の持つ力は神に等しく、そんな化け物に真っ向から対抗できる力を持つ者はこの世界でも数えるほどもいない。
つまり、無名が死んだ時点で魔神を倒す手段はほぼ失われるに等しい。
病室に戻ったセニアは眠っている無名の顔をジッと見つめる。
普通にしていれば本当にどこにでもいそうな若い青年だ。
それがドス黒い感情というのか歪な感性を持った青年だとは誰も思わないだろう。
セニアも彼と出会った当初はあまり違和感を覚えなかった。
「うっ……」
呻きながら目を覚ました無名は顔を覗き込むセニアと目が合いしばし固まる。
「あの……何をしているんですか?」
「いえ、少しあなたという人を覗いていました」
意味が分からず無名は眉をひそめた。
「無名さん、団長からあなたにつくようにと言われました」
「どういうことですか?」
「貴方を死なせてはならない。これは人間族の総意だと思ってください」
「それとセニアさんが僕につくというのが何の関係があるんですか?」
「今の貴方は自身の価値というものを理解していません。いつ消えてなくなるか分からないロウソクの火のようです。貴方一人にすればフッと消えるようにいなくなりそうですので私がつくことになりました」
「消えるつもりはありませんよ」
「そうですか?私にはそうは思えませんが。では自身の命と引き換えに邪龍を討ったのはどうしてですか?」
「そうしなければ勝てないと判断したからです」
「貴方なら逃げることもできたでしょう」
「そんなことをすれば獣王国が滅んでしまいますよ」
「ほら、やはり理解できていないではないですか」
無名は首を傾げ困ったような表情を浮かべた。
獣王国の為に命を投げ打ってまで戦ったことは間違いではなかった。
そう考えている無名にはセニアの言葉が理解できない。
勇者は世界各国で召喚され来たるべき時のために力を蓄えている。
だから自分がいなくてもどうとでもなるだろうとも考えていた。
無名にとって勇者というものがこの世界にとってどのような立ち位置なのかも分かっていない。
「それよりも身体が完全に癒えたら次はどこに行くつもりですか?」
「まだ何も考えていませんね。……まあアルトバイゼン王国の王女様を探しに行くのもありかもしれませんが」
「助けに行くと?」
アルトバイゼン王国の王女であるラクティスを連れ去ったのは魔族だ。
そうなると必然的にラクティスの居場所は魔国であると分かる。
無名にとってラクティスなどどうでも良かったがいずれは魔国に行かなければならないと思っていた。
どうせ魔国に行くならついでにラクティスも救い出してもいい。
あくまでついでなら多少の寄り道はありだろう程度の思考回路だったが、セニアは難しい表情だった。
「ラクティス王女は気の毒でしたが、命の価値を問いかけた時誰もが王女より勇者を選ぶと思います。現に私も勇者である無名さんが危険を冒す必要はないと思っています」
「ついでですよ。魔国を見ておいた方がよくないですか?魔神を倒すといってもそもそも魔国のどこに封印されているのかも分からないし、その場所を知っておきたいんです」
「それなら仲間を集める必要があります。噂では魔神は魔王城と言われています。私と無名さん二人ではそこまで辿り着くことも難しいですよ」
「仲間……」
無名にとって仲間など不必要な存在だ。
最低でも同等の力を持つ者なら共に戦うのも吝かではない。
しかし無名が出会ってきた者たちでそれほどの力を有する者はごく僅か。
その者たちを集うのも一苦労である。
「私は確かに無名さんと比べれば劣りますが、最低限私以上の仲間が複数いります。魔王といい公爵級といい……魔国は強大な力を持つ者ばかりです」
「ですが逃げ足だけを考えるなら少ない方がいいんじゃないですか?」
「偵察のみに徹すると?」
無名が頷くとセニアは首を横に振る。
「偵察を目的とした冒険者が過去に何人もいましたが、そのどれもが帰ってきませんでした。それ故に魔国は人間が足を踏み入れてはならない場所と言われています。それでも行きますか?」
「身体が完治すれば次の目的は魔国です。あくまで敵情視察が目的ですが、早いうちに敵の戦闘能力を見ておきたいので」
セニアは暗に魔国へ行くことはリスクだと伝えていたのだが、無名は頑なに譲らなかった。
「分かりました……恐らく完治には三日以上はかかるかと思います。その間に仲間を募っておきます」
「え?さっき人数が少ない方がいいと僕は言ったんですが」
「貴方に死なれては困るんです。勇者の重責は貴方が思っているよりずっと重い。せめてあと一人仲間を募ります。いいですね?」
セニアの有無を言わせぬ圧に無名も渋々ながら頷いた。
セニアが病室の外へ出ていくと無名はしばし考え事に耽ける。
魔国には未知のものが多い。
敵は魔族だけではなく凶悪な魔物も対象だ。
爵位持ちの魔族に見つかれば相当厄介なことになるのは目に見えている。
魔国での偵察は可能な限り隠密に徹さねばならないのだ。
セニアは誰かを仲間に引き入れるつもりだったが、無名の知る中でそれなりの実力を持つのは数人。
一人は隻腕の冒険者カイル。
しかし彼は今どこにいるのか見当もつかない。
もう一人はマリアだ。
しかし彼女もまたエルフの里にいる以上簡単に会いに行ける距離ではない。
長老エリーゼもまたエルフの里におり、仲間に引き入れることは難しい。
そして悠久の魔女フラン。
無名の知る中で最強と思われる彼女こそ足取りを掴むのは至難の業だろう。
他にも近しい力を持つ者はこの世界にいるのかもしれないが無名はまだ出会っていなかった。
セニアは無名に比べてこの世界で過ごした時間が遥かに長い。
誰かあてがあるのだろうと無名は目を閉じ、また眠り中へと潜っていった。
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