第23話 歪んだ幻想
「無名!まだ起きてこんのか!」
リヴァリアは全力で魔力を流しているが、無名は一向に目を覚まさなかった。
今や無名が眠るベッドの周りには魔法が使える冒険者が何人も集まり魔力を流して込んでいる。
一人、また一人とふらつき膝を突いて肩で息をする。
魔力欠乏の症状が出るほど魔力を流しても未だ満タンにならない無名の器の大きさに誰もが驚愕する。
「ど、どうなってるんだ……?とんでもない量の魔力が既に溜まってるはずだろ!」
冒険者の一人が荒い息で吐き捨てる。
最後まで立っていられたのはリヴァリアだけだった。
「邪龍の魔力を吸収したというのにまだ器が満たされん。無名……貴様どれほどの魔力を持っていたのだ」
失った生命力はある程度回復した。
そのせいでリヴァリアは膨大な魔力を消費していた。
ミルコは魔力をほぼ有していないため、無名を不安そうな表情で見つめる。
「どうだ、無名の様子は」
治療室の扉が開きガンツが入ってきた。
獣王の突然の登場に冒険者たちは一斉にベッドから離れ壁際へと寄る。
「いつも通りにしてくれ」
無名は普通に話しかけていたが、冒険者たちの反応が当たり前だ。
王らしくない見た目と口調だが、れっきとした王なのだ。
王族に対する反応としては正しい。
「む、ガンツか。コヤツまだ起きんのだ」
「リヴァリア殿の魔力でも無理なのですか?」
「うむ……もう魔力は足りているはずだが、目を覚まさん」
ガンツも心配そうな目で無名を見た。
ここで死んでもらっては困る、そう言いたげな目で。
「頼むぜ起きてくれよ無名。貸しを返せず逝っちまうなんてそりゃあないぜ」
その場にいた面子はみな無言で頷く。
今回、無名の功績は大きかった。
獣王国を守るどころか、邪龍を相手に被害は最小限に抑えられた。
それも全て無名が邪龍の攻撃対象を一手に引き受けてくれたからである。
「妾の魔力がそろそろ底をつく。さっさと起きろ無名」
リヴァリアの魔力が遂に限界を迎え、掌から流し込まれていた魔力が止まった。
「これでも起きぬか……魔力が足らぬわけではないな。意識的なものか……?」
「意識的なものというのはどういう意味ですか?」
リヴァリアの言葉にガンツが問いかける。
「この世界に存在する神を知っているな?」
「それはもちろんです。女神ティターニアの信仰はどこの国でも強いでしょう」
「その女神以外にも神は存在する。恐らく今無名はその神によって意識を縛られている状態だろう」
リヴァリアの言ったことが信じられずガンツは怪訝な表情を見せる。
他の者も同様の反応を見せた。
「妾も一度だけ会ったことがある。なんともふざけた態度の神だ。普通に生きていればまず出会うことはない」
「なるほど……しかし本当にそんな神が存在するので?」
「する。女神ティターニアとは別の目的を持った神だ。妾も奴の目的は分からん」
「その神がなぜ無名を縛るのでしょう」
「おおよその見当はつく。神にとって魔神は脅威だ。そんな魔神を葬れる力を持つのは勇者だけ。複数の勇者が今この世界に存在しているが、その中でも群を抜いて強大な力を持つのが無名なのだろう。だから死なせないように無名の心を縛っていると思われる」
「それだと矛盾するのでは?無名が起きようとしているのを止めている、俺にはそう聞こえるんですが」
ガンツと同じようにカイトやセニアも頷く。
「違うぞ。無名が死のうと思えば死ねてしまう状態だったからこそこの世界に縛り付けようとしているのが神だ。今起きてこないのは未だ神と対話でもしているのだろう」
リヴァリアの予想は当たっていた。
同時刻、無名は神と対話しそろそろ話を終える頃であった。
「無名が死を望む?そんなこと有り得ないのではないですか?」
「それはどうかな。勇者としての責務は思っているよりずっと重い。その重圧に耐えられず自ら死を選んだ勇者も過去には存在した」
勇者としての力を与えられこの世界に喚ばれた者は必ずしも強靭な心を持つわけではない。
魔神などという目に見えて脅威となる存在を倒さなければならないと、自分を追い込んでしまうこともある。
無名は黒峰のようなメンタルが強い者であればいいが、気の弱い者からすればいきなり与えられた試練のようなものだ。
自分がやらなければ多数の被害者がでる。
魔神は勇者でなくては倒せない。
やがて、気の弱い勇者は精神を病んで自死を選ぶ。
そんな勇者をリヴァリアは過去に何度も見たことがあった。
「勇者というのも楽ではないのか……」
ガンツはリヴァリアから聞いた話を真剣な表情で考える。
勇者という選ばれた存在へと成った人間にも色々とあるのだ。
そう思うと命を懸けて獣王国を守ってくれた無名には多大な恩ができた。
「あっ!無名が動いた!」
突如医療室に響くミルコの声。
誰もが無名へも視線を向ける。
無名の瞼が震え、ゆっくりと目を開いた。
「無名!」
「ん……んうぉッ!」
ミルコが勢いつけて抱きついたせいで、無名は声にならない嗚咽を漏らした。
「おいミルコ!離れやがれ!」
「あ、ごめんね無名」
ガンツの声にハッとしたミルコは咄嗟に距離を取る。
無名はまだ意識がハッキリしていないのかボーっと一点だけを見つめる。
「やっと起きたか。神との対話は終わったか?」
リヴァリアが腕を組み口を開くと、無名は彼女へと視線を動かす。
「神……なぜそれを……」
「やはりか。なぜ死を選ぼうとしたのだ」
「いえ……そんなことは」
「奴が現れるのは魔神を倒せる力を有した勇者が死を選んだ時だけだ。なぜ死を選ぼうとした」
無名は黙り込む。
その場にいた者たちはみな彼の言葉を待つ。
やがて無名はゆっくりと口を開いた。
「もう十分かと思ったので。既に召喚されてから他国からの侵略を防ぎ、王国の危機を救い、邪龍を倒しました。たかが一人の勇者におんぶに抱っこ、そうは思いませんか?」
「ふむ……続けよ」
「勇者としての役目は全うできたかと思います。だから死を選べば解放されると考えました」
「解放……元の世界に帰るためか?」
「はい。僕には元の世界で目的がありました」
「ふむ。その目的とやらはなんだ?」
「……恐らく理解してもらえないかと思います」
無名とリヴァリアがしばし無言で見つめ合うとリヴァリアがため息をつく。
「はぁ……まあいい。それ以上は聞かぬ。今まで妾が見た勇者の中でも異質なのだけは分かった」
リヴァリアはそれだけ言うと病室から出ていく。
「無名!よかったー!」
「ミルコ……僕が意識を失う寸前、確かあなたを見た覚えがあります。どうしてあの場に?」
「まあまあいいじゃねぇか。とりあえず状況を伝えるぜ」
ガンツがミルコが反応する前に口を開く。
邪龍は完全に倒されたこと、それなりの負傷者はでたが想定されるよりずっと少なかったことを伝えた。
「お前には感謝している。獣王国の英雄といってもいい。それだけ無名の功績はでかいぞ」
「いえ、一切の犠牲なく倒すつもりでしたが力不足でした。僕にもっと力があれば結果は変わっていたのかと思いますが」
「おいおい、あれ以上の力を求めるのか?もう十分化け物の領域だぜ?あれ以上力をつけたらいよいよ神とも対等に渡り合えるんじゃねぇか?」
ガンツは冗談混じりに言ったが、無名は実のところ神に挑むつもりである。
恐らく元の世界に帰るには神を打倒し、力を奪い世界間の転移魔法を使えるようにならなければならない。
そう考え、いずれは神を殺すつもりであった。
しかしながらガンツらに神を殺すなど口が裂けても言えるはずもない。
「それにしても凄かったよ無名。君なら本当に魔神も倒せるかもしれない」
「魔神……魔王より龍王よりも強い存在ですね。元々その予定でこの世界に召喚されましたからね」
「そうだね。あ、そうだ。俺たちも元の世界に帰る手段を探してみるよ。無名にはやらなければならない事があったんだろう?」
「はい。言っても理解はされませんが」
「ふむ……どうかな?俺に教えてくれないかい?」
カイトはどうしても気になっていた。
言うか言わまいか悩んだが無名は小さく呟く。
「元の世界を創り変えるつもりです」
「創り変える?」
「今ある秩序や環境、全てを無に帰し新たな世界を創る。誰もが平等でいがみ合うことのない世界へ」
「……なるほど。どうして創り変えなければならないのか教えてもらえるかい?」
「僕のいた世界は歪んでいます。当たり前のように搾取され、傍若無人に振る舞う権力者。利便さを求めた人間のエゴで環境は破壊され昔存在していた命は失われました。あの世界は狂っています。平和など仮初めでしかなくいつもどこかで争いは行われている。だから僕が――」
まだ続きがあったような口ぶりだったが、事切れたようにいきなり言葉を失い無名はベッドに倒れ込んだ。
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