34-再びのドーベルマンナイト道場
「本当に行くのですか……?」
「うん。今の僕はなりふり構ってられないからね」
道場で支度をするブランク。
その身なりはまだ決闘の時間でないというのに、既に決闘を行うような正式な服装だった。
道場の見習い騎士用の軽装だ。歴代の弟子達が着用していたお古だが、ブランクに合うものを見つけ出し、それを拝借していた。
憂慮を浮かべるリベリカに対して、振り返ることもなくブランクは支度をしながら淡々と言う。
「それに、リベリカさんは頼まれてくれないんでしょ」
「それは……酷い質問よ」
「ふ。そうですね。意地悪が過ぎましたか」
そのままブランクは玄関を開ける。
最後に振り向いて、寝床で今も寝るファレーナに対して、一礼した。
「行ってきます」
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ドーベルマンナイト道場。
ファレーナの襲撃から半年が経ち、外観も充分に修復されていた。
元から黒が基調となった城のような外観をしていた道場だったが、ブルブラックの魔術による修復でさらに禍々しさを増していた。
刺刺が追加され、看板を加えたふとましい犬は三頭になっている。
攻撃性を増した道場は見た目だけで言えば、少年心をくすぐったが、比例して入門者は右肩下がりだった。
その理由は外観が理由ではなかった。
「傷が、疼く……」
ドーベルマンナイト道場の中の、玉座に座る三メートル超えの巨漢。
黒の道着を着用して、腰ほどまで伸びた髭が特徴の笑ったことなどないような筋肉爺のブルブラックだ。
彼から漏れ出る殺気は腹部が原因だった。
包帯でぐるぐる巻きにされた腹からは生々しい火傷跡が露出し、時折発熱するものだから火傷用の塗り薬と痛み止めを服用する毎日なのだ。
出費がかさむのもあるが、薬を塗るたび、痛みが発生するたび、ブルブラックの中に言いようもない怒りが溢れてくる。
燃えるような赤髪。
仁王立ちする矮躯から溢れ出る強大な魔力。
そこから繰り出された必殺の一撃は、ブルブラックの戦士生命を断ちかねないものだった。
腹に技を食らう寸前で、ブルブラックの魔術が腹を守ったから現状継続的な痛みだけで済んでいるものの、もし防御が間に合わなかったら内臓の一つや二つは焼け死んでいたはずだ。
その事実を自身で認識してしまうほどに力の差があったことが、本人からしたら憎たらしくて仕方ない。
玉座の手すりを怒りで握りつぶしてしまうほどには、おさまらない感情だった。
「ブルブラックさん……」
「憐れんでいるのか、レイテル」
「へ! い、いやそんなことは」
睨みつけるだけで人を殺せそうな、殺意を持った視線がレイテルを貫く。
その迫力に身を縮こませて、震えてしまう。
レイテルはブランクを虐めていたグループの筆頭だ。
今でもブルブラックの腰巾着として、地位はそのままだが、実力は伴っていない。
「そ、そう言えば、ききやしたか? あのブランクとブラックナイトのご子息が戦うらしいですよ」
「……聞き間違いか? フレアクラフトではなく、ブランクがブラックナイトと?」
「ええ、ええ。そのおかげで円形闘技場のチケットは完売。オッズもなんと、一〇三倍でさぁ。ひひ。あのブランクが勝てるわけがないのに、何考えているんでしょうねぇ」
道場内では今でも地獄のような特訓メニューを熟し、苦悶の表情に歪む門下生達が拝める。
その光景を見て、ふとブランクのことを思い出した。
彼はいつも大した結果も出せず、成長も見れないくせに笑顔で特訓を行っていた。
強くなりたい、なんて口にして時折目の色を変えて。
それこそまさに、別人のように。
普段のぺこぺこお辞儀をして、自己主張が薄い彼とは思えない目の色になったのだ。
それも遠い昔の話。
自分の道場から出て行った男が無謀な戦いをしようとしている話題など、頭が痛いだけで何の面白みもない。
それで笑いが取れると思ったこの男の頭を握り潰してやろうか。
そんなことを考えた時だった。
「頼もう!!!」
ドーベルマンナイト道場の門を勢いよく開ける少年。
門の重さは五百キロを超え、容易く開けられるものではない。
それを軽々と開けられたのは今のところファレーナだけだったが。
そこに立っていたのはその弟子の、ブランクだった。
間抜けな表情は変わっていない。
多少、筋肉がつき、まともな格好にはなったがまだまだ駆け出しなことには変わりない。
そんな状態でブラックナイトと戦おうというのだ。
元とは言え弟子の浅はかな行動にブルブラックの頭には血が昇っていく。
「貴様……」
「ブルブラックさん。本日はお願いがあり、やってきました」
地獄の特訓を受けていた門下生達が、皆顔を上げる。
あの気弱だったブランクが真正面から、ブルブラックに立ち向かっている。
目を逸らさず、頭を下げた。
その現実にレイテルでさえも驚きが隠せない。
「何用であろうと、ワシが貴様に施すことはないぞ。粗方、ブラックナイトとの戦いで、何か知恵か武器でも貸してもらおうという算段だったのやもしれぬが──」
「稽古を、つけていただきたいです」
頭を下げた状態で、そう言ってのけたブランクに、ブルブラックは初めて不機嫌な表情から眉が上がった。
先に反応したのはレイテルだった。
「お、お前!! 道場鞍替えした身の分際で一体何を……!!」
「僕はまだドーベルマンナイト道場の門下生です! 貴方から、破門の申告も、除名書にも記載してません。経歴上では二つの道場に所属しています」
「……だからなんだというのだ。貴様の面を見ているとイライラする。なぜかわかるか? あの忌々しい女を思い出すからだ!!」
ブランクのわけのわからない申し出に、遂に怒髪天を突いたブルブラックは自身の玉座の手すりを握りつぶした。
「腹には永久に痛む火傷をつけられ、フレアクラフトに負けた汚名を背負い、道場を破壊され門下生を奪われるという醜態を晒したのだ!! 貴様らフレアクラフトには金輪際関わりたくないのだ!! でないと、でないと」
屈辱は月日を増すたびに濁り濃くなる。
痛みが来るたび、あの日の怒りが湧き上がり温度を増していく。
「思わず殺してしまう」
口から出た言葉は真に迫っていた。
どろりと濁った殺意は容易にブランクを絡め取り、背筋を凍らせる。
ファレーナに負けたとは言え、ブルブラックも十分に強者だ。
ブランクからすれば、二回りどころか十回りほども力の差がある。
普通の人間であれば、腰を抜かし、そのまま逃走するだろう殺意が支配する空間で、それでもブランクは、
「──だからこそ、来ました」
頭を下げたまま息巻いて見せた。
「なに?」
「この稽古をしてもらえれば、金輪際ドーベルマンナイト道場にフレアクラフトが関わることはないと約束します。僕も、除名書を提出します。でも今回の稽古をしてもらえないなら、今後毎日ファレーナさんを連れてきます」
「な──に」
それは脅迫だった。
もしこちらの要求が通らないなら今後一生、嫌がらせをする。
そう言った通達である。
その無茶苦茶な言葉にブルブラックも思わず、身を乗り出す。
「だ、だがテメェ、それ」
「それに!!!」
すかさず、レイテルが反応する。
そうだ。この要求には大きな穴がある。
それはファレーナの身柄は、ブランクが負ければそのままブラックナイトに引き渡されるのだ。
ブランクが負ければ、ドーベルマンナイト道場が迷惑を被ることはない。
それをレイテルは理解していた。
だからこそ、それを言及しようとしたその言葉に被せるようにブランクは大声を出す。
「ブルブラックさんの怒りが収まらないなら、とても良いタイミングですよ。何せ」
含みを持たせて、ゆっくりと顔を上げる。
そうだ。相手が怒りに支配されているなら、利用しろ。
今、ブランクの手には何もかもが足りないのだ。
両手いっぱいに広げて、それでも足りないならば、足を広げて範囲を増やそう。
それでもダメなら頭を使おう。
そうしてやっと、きっと、プーサーと同じ土台に立てるのだから。
「稽古の名目で僕をボコボコに出来ます」
ブルブラックは笑みを浮かべた。
ブランクには何かしらの策略があるのだろう。
見え透いた策に乗るのは癪ではあったが、ブランクの言うことも一理あった。
──この苛立ちをぶつけられるのであれば、最早何でも良いのではないか。
──それが怨敵の一番弟子なら尚更、得られる快楽は甘美なものになるはずだ。
「良き。乗った」
「ま、待ってください! ブルブラックさん、これは罠でっせ!」
「黙れ」
「あ……」
レイテルの説得虚しく、ブルブラックは立ち上がる。
道場唯一の手合わせ場に双方立ち、ブルブラックは地面から黒鉄の武器を作り出し構える。
「死ぬ直前まで痛めつける。これは稽古ではない、ただの虐待だ」
「構いません。それが僕は──欲しかった」
ブランクは笑う。
不気味な笑みを浮かべて、用意してきたショートソードを構える。
その瞳は嬉々として、歪んだ闇を抱えていた。
試合は──遂に明日である。
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