33-冥土流暗殺術
森の中。
木々の葉が擦れ合う音、小動物が這いずる音、そして、獲物を狙う鋭い視線。
ブランクは、いつもの散歩コースの真ん中に立ち、木剣を構えていた。
目を閉じ、五感を研ぎ澄ます。
瞼の裏に、木々の間を縫うように移動する狼たちの姿が浮かび上がった。
額に輝く魔石が、彼らが魔物であることを示している。
半年前から、この森で魔物との追いかけっこを続けてきたブランク。彼の“接続の能力のうちの一つ、“空間への接続”は周囲の空間を感知し、そこに存在する生き物の動きや気配を把握できる能力だ。
狼たちは、ブランクを包囲し、一斉に襲いかかってきた。
鋭い牙と爪が、ブランクの肉体を切り裂こうとする。
だが、ブランクは、事前に狼たちの動きを予測し、巧みにそれを回避してみせた。
“空間への接続”と“経験への接続”の二つの力によって、ブランクは、狼たちの次の行動を先読みすることができる。
まるで、スローモーションのように、狼たちの動きが彼の脳裏に映し出される。
そして、その一瞬の隙をついて、反撃を加える。
その繰り返しを行ううちに、狼たちは森へと姿を消した。
「できた……、“空間への接続”」
汗だくになりながら、その場に崩れ落ちた。
経験の接続とは別種に当たる空間への接続。
この能力を手に入れたことで、彼は本格的な戦う力を手に入れたのだ。
急速に“接続”の能力を使いこなすブランク。
彼の能力の地盤は既にファレーナが作っていた。
ファレーナに接続し、その動きを知ることで、真似は出来ずとも回避、防御に徹する。
それを繰り返していたおかげで、今のブランクの能力となった。
とっくに使いこなしていた能力を、彼自身の意思で操り始めただけの話だった。
汗だくで散歩コースを帰る。
試合まで残り二日もない。
しかし、過度な鍛錬は試合本番に支障をきたす。
せめて、能力を万全に使えるように訓練するしかないのだ。
だからこそ、
「────」
帰り道で襲いくる大百足を迎え撃つ。
彼から攻撃を仕掛けることはなかったが、同様に、相手からの攻撃が当たることもなかった。
そうして何戦かして、汗を出し尽くし、干からびたようにカラカラになったブランクは、家へと帰る。
もっと強くならなければならない。
その想いだけを胸に。
家の戸を開ける。
いつもは軽い玄関の戸は疲れのせいか、とても重く感じた。
その先に待つのは──大量のご飯。
「衣食住の徹底と、主人の補佐がメイドの仕事です。ファレーナ様の為にも、貴方には死力を尽くしてもらわねばなりません」
「────ぁ」
掠れる視界に飛び込む豪華な料理の数々は、ブランクの思考を奪った。
それまで頭の中で渦巻いていた様々な感情はどこかに消え失せ、
「ご飯!!!」
「だから……はぁ、ゆっくり食べてください」
一心不乱にご飯を口にかき込んだ。
栄養を身体に投げ込んで、即座に吸収していく。
まさしくスポンジのように身体にみるみる染み込んでいくのが感じられる。
“接続”の能力を自覚して、扱うようになってからブランクは己の身体の全ての器官が、敏感になっていた。
食べ物が身体を通る感覚、消化されエネルギーに変換され、力に変わる。
それら全てを認知する。
身体全体に接続している影響なのだろう。
元来、人間では察知できない内臓の動きまで、全てを理解している。
そして、その理解を深め、より効率的になるように指令を出す。
模倣対象はファレーナだ。
彼女の身体は小さいのに、同じ食事の量を摂っていた。
エネルギーの変換効率が良いのだ。
長いこと寝食を共にしたブランクの頭には接続による、ファレーナの身体の動きが全てわかっていた。
ただそれを真似するだけの肉体が出来上がっていない為、技術は模倣できず防御に回るしかなかったのだ。
だが食事は違う。
効率を良くするための身体の動きならば、模倣できる。
脳にそう指示を出し、ブランクはいつもより早く食事を終えた。
「寝ます……もう明後日には試合ですから」
「────」
ブランクはそのまま寝床につく。
食べた直後だというのに、寝るのは身体に悪そうだが、彼の身体は既にほとんどの食べ物を消化してしまった。
胃に接続して、その活動を意識的に早めたからだ。
吸収はこれから寝ている間に済ませる。
そのつもりで布団を被ろうとして、ふと隣を見た。
隣ではファレーナが、寝ていた。
時折苦悶の表情を浮かべながら。
苦しそうに顔を歪めた時、手を少し握るとそれが和らぐ気がして、すぐに手を握った。
何となく、緩和した気がして、ブランクは彼女の意識に接続をする。
これは毎日行っている事で、試合に必要な事だった。
接続を終え、ファレーナはまた静かに眠りにつく。
だが、ブランクはまだ完全に寝ずに、一言つぶやく。
「緊張、してますね」
背後、忍び寄るリベリカの存在を仄めかすように、そう言った。
実際、リベリカはブランクの背後に直立し、ブランクを見下ろしていた。
「な、なにを」
「手の震え、動悸にいつもより眼球の動きが早い。何かを悩んでいるようです。善悪で悩んでいる……訳ではないですね。自身が衝動的に動こうとしているのを止めている。訳でもない。ただ、今後を想像した時に打開できる策が見当たらない。違いますか?」
「随分と、生意気になったんですね。固有術式を扱えるようになって、天狗になっているのでは?」
「どうでしょうか……ただ見える世界が広がって、前よりも感情の起伏は静かになった気がします」
ブランクなら現在の認知範囲は広い。
半径五メートル以内の生命体の動きが手に取るようにわかるのだ。
地中にいるミミズ、モグラの動き。外の蟻の軍隊の行進に、家の外で巣を作る鳥。
全てが雑音としてブランクの中へと入ってくる。
これは能力のストッパーをつけたことで、ある程度、制御が可能となったブランクの唯一のデメリットと言える。
おかげでリベリカの行動にも気づけている訳だが、騒がしくて果たして寝られるのか不安なほどだ。
「それで、その手に持つ剣でどうしようと」
ブランクは身動き一つせず、背を見せた状態で言った。
リベリカは背中に隠すように剣を持っていて、その近寄る様は暗殺者のよう。
言い当てられたリベリカは目を丸くし、再び細めた。
「魔王の固有術式……ですか。その割には、イマイチ迫力にかけますね」
「まだ初歩の初歩ですから。経験、空間。その接続に加え、自分の肉体への接続も会得しました。恐らく、まだまだ接続先はあります」
「現実味を、帯びて来たようですね」
「現実味。魔王の、ですか?」
辟易したように、ブランクは言う。
接続の能力を使えば、恐らく思考さえ読み取ることができる。
相手の経験から行動の予測ができるのだから、最終的には思考が読めてもおかしくはない。
だが思考を読むまでもなく、彼女の声音からは落胆や失意、或いは悪意をひしひしと感じていた。
接続の能力を使いこなして、より一層それを感じている。
だから、だからこそ。
ブランク自身もリベリカに対して、期待していなかったのだ。
「いいえ。貴方が──ブラックナイトに勝つ未来、です」
そんな、希望を持つような言葉が出てくるなんて。
「え?」
「道場に来なさい。貴方に、最初で最後の願いがあります」
思わず立ち上がると既にリベリカは玄関に立っていた。
そのままスタスタといなくなるリベリカに慌てて、ついていくブランク。
道場の戸に手をかけて、開いた先。
道場の真ん中、月明かりに照らされるメイド姿の仮面の女。
床には解かれた包帯の後。
血に滲んだそれらは見るだけで痛々しい。
その包帯が隠していた彼女の肌もまだ回復には至っておらず、カサブタすら出来ていない生傷状態だ。
思わず目を背ける。
「邪魔、でしたので。貴方に、願いを託すには」
「願い……何を」
黒い仮面は嘆くような表情をしていた。
その画面から覗く瞳は今までの悪意とは全く別種の──殺意に満ちていた。
「貴方の戦いに私も連れてゆきなさい。貴方は、技が盗めるのでしょう?」
その言葉に意図を汲んだブランクは、玄関脇にある木剣を取った。
相対するリベリカもまた稽古用の短い木剣を持っている。
「数時間で盗めるかは知りませんが。まぁ、そこは貴方の才能に任せるとします」
彼女の言うことはもっともだ。
ファレーナの技の見切りも、狼の応酬の回避も、全て半年という時間が作り上げた結晶だ。
それと比べ、リベリカは半年の間ほとんど顔を合わしていなければ、嫌悪され近寄りすらされていない。
つまりこれは、託すとは名ばかりの実戦──
「冥土流暗殺術、継承第六十二代目。リベリカ・ダブルクロス。参ります」
殺意が木剣にまとわりついて襲いくる。
雑音塗れの世界は殺意に殺された。
今あるのはブランクとリベリカだけの世界だ。
双剣と木剣が重なり、甲高い音が道場に響く。
ブランクはこの時、喜びに顔を歪ませた。
ようやく、本格的に強くなれる機会が来たのだと。
試合まで──あと二日。
読んでいただきありがとうございます。
少しでも“面白そう”と“続きが気になる”と感じましていただけましたら、『ブックマーク』と『評価』の方していただけますと幸いです。
皆様の応援が作者のモチベーションとなりますので、是非ご協力よろしくお願いいたします。




