35-契約決闘開始
契約決闘、決戦の日が来た。
円形闘技場今年一番の熱狂度合いを見せていた。
観客たちの高揚した声は町中に響き、チケットを取れなかったものらもお祭り騒ぎである。
それもそのはず。
何せ、英雄の末裔と勇者の子孫が対決をするなんて異例自体、ここ数年無かった話だ。
勇者の子孫が戦う機会は基本、王の前の宮廷決闘の場でしか行われない。
そんな中、例外が現れた。
元来、契約決闘とは言え、勇者の子孫が戦うのであれば王からのおふれが出て、宮廷内での決闘となる。
現に五年前、土の勇者アイアンドットと風の勇者ウィンドピスタチオとの契約決闘は王の前でのみ行われた。
だが、フレアクラフトは現在、宮廷立ち入り禁止となっている。
そんなフレアクラフトが契約決闘を民前で行うとなっても王は止めないのだ。
故に、今回の戦いは成立した。
真の強者同士の戦いを観れると、皆歓喜した。
しかし、ここである噂が流れ始める。
フレアクラフト側が出すのは一人の弟子であると。
「勝てるわけがない」
「デマだろう?」
皆そう思った。
理由はブラックナイトの歴史にこそある。
西の英雄、ブラックナイトの英雄たる所以は、幹部を含めた魔王の軍勢約三千をたった一人で迎撃した逸話からなる。
まさしく一騎当千ならぬ、一騎三千。
その伝説を打ち立てた一族こそ、ブラックナイトである。
真価が発揮されるのは多対一の時でこそあるものの、強さは凡庸の兵士や騎士とは比べるべくもない。
その末裔が、フレアクラフトのただの弟子と戦うと言うのだから、皆注目もする。
ブラックナイトの驚くべき力を目に焼き付ける目的──ではない。
皆がいまかいまかと、剣戟の火花散る瞬間──でもない。
強者が弱者を一方的になぶる様を、待ち侘びていた。
「オーディエンスは充分なようだな」
「左様ですな」
控室で、プーサーは勝負用の騎士服に着替えていた。
黒を基調とし、胸当て程度しか防護がない軽装だった騎士服は、より一層煌びやかな装飾をつけ、防護品の一切を取り外した服に代わっていた。
それはとても先頭で来ていく服には見えず、舞踏会に着用するようなクラシックな雰囲気を纏っている。
従事する老いた執事筆頭がそれを着用させていた。
一切の無駄を排除した、完璧なしつらえはまさに老練の動きだ。
それなりに美形のプーサーは、服装によって更に格好良くなっていた。
「随分とメインディシュを待ってるんだ。前菜は早々に突き返したいところだけど……」
プーサーの頭の中はフレアクラフトのことでいっぱいだ。
彼女を思い続けてはや十年。
この間、一度も浮気をしたことはない。
だからこそ、それを邪魔してくるブランクの存在は目障りこの上ないが。
「まぁ、遊びに付き合うくらいはしてやるか」
だからこそ、楽しむ権利が自分にはあると考える。
死が訪れない生ぬるい決闘だ。
しかも、今回手回しによってLGがプーサーの指示以外でゼロになることはない。
いたぶれるだけいたぶって、あとはゴミ箱にでも捨ててやろう。
そんな決闘に挑む者とは思えない意気込みで、プーサーは円形闘技場へと足を運んだ。
—
対するブランク側の控室。
ブランクに触れることもなく、リベリカはブランクのことを見ていた。
椅子に座り、瞑想を続けるように目を瞑るブランク。
その姿に、表情変化の乏しい彼女の眉が動く。
「本当にそれで戦うつもりなんですか……?」
「はい。充分な準備です。万全というには、相手の手がわからないですが、そこは僕の能力でカバーします」
「随分と自信がついたようで。リベリカはもう口出ししません。しかし、一言だけ」
ブランクの口振りは以前と比べて強い意志が込められている。
半年前の自信がない記憶喪失の少年はここにはいない。
いるのは一人の──騎士見習い。
「ファレーナ様の為に、よろしくお願いいたします」
そんなブランクの覚悟を察したか、リベリカは深々と頭を下げた。
その姿にブランクは目を丸くする、
「リベリカさんが頭を下げるなんて、明日は雨が降りますね」
「貴方以外には下げますよ。幾らでも」
「それは……随分と高いものを貰っちゃったな」
へへ、と頭を掻くブランク。
緊張も解れた。もう闘いに必要なものは、ない。
「行ってきます。ファレーナさん」
ブランクは未だ目を覚さないファレーナの手を握り、告げた。
苦しむ表情こそ取れたが、息は荒い。
彼女が目を覚さないのは、それ相応の強力な毒が使用されたからなのだろう。
その件もプーサーに問いたださなければならない。
『さぁ! 時間が迫ってまいりました!! 異例の契約決闘!! 本日の盛り上がりは私が実況してきた中で一番──』
観衆の声が大きくなり、実況者が解説を始めた。
出番が近い。
ブランクは立ち上がり、リベリカに見送られながら円形闘技場に向かう。
「仕上げてきたみたいだね! ブラちん」
その道すがら、姿を現す魔女エマ。
トレンドマークである中指と薬指を折りたたんだハンドサインを出して、舌を出す。
そんな姿に苦笑して、ハンドサインを返した。
「おおー! 今日はノリ良いジャーン! ギャルマインド、ブラちんも理解してきたかな?」
「ま、多少は。接続も使えますからね」
「あ、あーちの心にドッキングってことぉ!? と、冗談はさておき」
どきゅーん! と、胸を撃たれるように背後にのけぞって、ゆっくりと戻るエマ。
ふざけた表情は一変。細く引き延ばされた眼光は魂を貫くようで、
「この前の提案に、即決断したブラちんの話の速さには驚いたな。まさかそこまでしてくるとは」
ブランクの姿を見て、本当に心から驚いたように目を細めるエマ。
“この前の提案”がさすのは、エマとブランクが別れる最後にした魔女からの助言だ。
耳打ちする程度の短いものだったが、ブランクは即座に理解した。
だからエマも、秘密裏に動けた。
「それでも勝算はないよ」
エマですら予想を上回る行動を起こしたブランクだったが、それでもエマの計算は揺るがない。
その確固たる結論に、ブランクは顎をさする。
「ふむ、絶対に?」
「魔術学上、ゼロと結果が出てる場合、どれだけ試行回数を重ねても、結果は変わらない。ブラちんの作戦が上手く行ったところで、恐らく勝負は五分にすら持っていけない。せいぜい、一割二割……くらいか。それはこれからのブラちんの頑張り次第ではあるけれど。それでも、釘を刺すよ」
魔女エマなりの心遣いだった。
これは最終通告である。
どれだけブランクが血反吐を吐こうが、傷を負おうが、死にたくなるような心の傷を負おうが、フレアクラフト陣営の負けは決定している。
それほどの彼我の実力差なのだ。
覆らない事実もある。
なぜならブランクは──
「奇跡は起きない」
勇者でもなければ、英雄でもないのだ。
魔王と呼ばれたものの魔術を有していても、魔王の血族というわけでもない。
才能も、知能も、血もないならば、あとは何に頼れば良いのか。
「それでも行きますよ」
否。頼るものなどいらない。
頼る必要がない。
なぜならば、この戦いは既に。
「僕は──勝てると思って、来たわけじゃないですから」
勝ち負けの問題など、とうの昔に終わっているのだから。
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