22-罠
邸宅内は既に大混乱を極めていた。
プーサーの従者らは各々で武装して、正面玄関を固めていた。
勿論、邸宅外にも警備兵が複数人待機している。
門を破って侵入された時から迎撃にあたっていた。
玄関の扉の奥からは激しい戦闘音が響き渡り、その激しさを物語っている。
従者の一人が唾を飲み込んだ、その瞬間。
玄関の扉が赤く発光して爆発した。
爆風に身構える従者達。肌を焼く熱風は侵入者の強さを証明している。
周囲の熱量は上昇し、もう既に服が汗で皮膚に張り付き、体力が奪われていく。
立っているだけでやっとな迫力が爆煙の向こうから感じられ、従者らはその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
そうして姿を現す侵入者。
赤い炎を見にまとった少女だ。
いや、赤い炎のような剣気を纏った少女だ。
剣気はブランクへの説明では、剣に流した魔力が姿形を得たもの、だったが細かく言うと少し違う。
正確には、物体に魔力を流した際、その物体を壊す事なく強化した魔力が眼に見えるよう物質化したもの。が剣気であり、剣以外でも剣気を扱うことができる。
しかし剣気を自身の体に纏わせることが出来る人間など、一握りしかいない高等技術だ。
それを行えるファレーナの実力たるや、推し量ることさえ難しい。
少なくとも──
「かかれぇぇっっ!!!」
プーサーの従者では相手にならないのは明白だった。
腕を一振り、ただそれだけで数十人の従者が壁諸共吹き飛んでいく。
従者の剣は受け止めただけで溶け落ちて、あまりの熱量にその場で気絶した。
「お前らどけ!!!」
悲惨な現状に、実力者と思われる男が前に出る。
その男は黒い剣気を剣に宿しており、ファレーナに直接斬り込んでも武器が不能になることはなかった。
しかし、
「ぬっっ」
ファレーナは眼光だけで男を静止。
その隙をついて腹部に回し蹴りを叩き込み、男は従者らを巻き添えに庭まで吹き飛んでいった。
「どうやって勝つんだ……こんな化け物」
従者らはそれぞれ武器を落とす。
恐怖。忠誠心の欠如。体力の損耗。
様々な理由が彼らの背中を押し、次々とその場を離れていく。
それらを追う事はなく、ファレーナは静かに歩を進めた。
黒曜石の床は赤く発光し溶け、豪奢な金銀の装飾はファレーナが近づくだけで原型を保てず溶け消えた。
そうして二階へ登る階段の一段目に踏み出そうとして、
「いったいいくらしたと思ってるんだ」
嫌悪を呼ぶ声音に上を見た。
そこには宙に浮きながら、ワイングラス片手にファレーナを見下すプーサーの姿があった。
彼を瞳に収めた瞬間だった。
「プゥゥゥサァァァァァッッッ!!!」
煮えたぎる憤怒が、怒髪天を突いたのは。
彼女の身に纏っていた炎がその激しさを増し、熱量も増す。
周囲の建物や装飾品が次々と溶けて消えていく中、プーサーは至って涼しい顔で、嫌そうに手で顔を仰ぐ。
「あーいやいや。暑いんだよねぇ、おかげで数百万した飾りもんが全部ダメになってら。それに従者だって、ただじゃあないんだぜぇ? あ、そっかぁ、君のとこは一人しかいないからわからないかもねぇ」
「なぜ、職人街の人を襲った」
「あ? あー、何だ。あいつらの事で来たのか。てっきりメイドの方だと思ったんだけど、まさかあんな小汚い奴らとも仲良くしてたとか、勇者の品位を落としちゃうじゃんかぁ。付き合う相手はちゃんと決めたほうがいいぜぇ? 貴族として大事な事だ」
「質問に答えていない」
ファレーナの纏う炎気が更に勢いを増す。
宙に浮かぶプーサーであっても、その火力を直に感じる程に。
やれやれと首を振りながらプーサーは答えた。
「別に、職人街の奴らはついでだよ。だってあいつら汚いじゃん? 汗臭いしさぁ、図体デカいから場所も取るんだぜ。知ってた? エリュシテの十分の一の土地がアイツらの職人街にあたるんだ。持ちすぎだよなぁ、せめて百分の一程度であるべきさ。だからさ、突貫工事してやったわけよ。アレで少しは広々として良くなったろ?」
「そうか……」
何の悪びれもない、心からの言葉。
ファレーナはその嘘偽りのない言葉に、
「もう話さなくていいわ」
激昂した。
上がった火力はそのまま推進力に転換され、ロケットが打ち上がるようにファレーナは飛翔する。
「なっ」
優雅に構えていたプーサーはその虚をついた行動に面喰らい、一手遅れる。
眼前に来たファレーナの拳を認知したその時は、もう時既に遅かった。
「べぶらぁっ!?」
肉が焼ける音と共に、頬の感覚が消失するほどの拳が炸裂する。
二階の廊下の端まで、プーサーの体躯を軽々と
吹き飛ばす。
「い、いだぁい!!? いでぇぇぇぇっ!!」
壁にめり込んだプーサーは、その痛みで頬を抑えながら悶え苦しんだ。
しかし、炎の悪魔は二階へと上がり、怒りを鞘へと収める事なく歩みを速めていく。
「職人街の人たちの痛みはそんなものではないわ。お前みたいなゴミに、命がいくつも散ったのよ。その身で贖いなさい!」
速まる足音。
高まる炎。
上がる熱量。
昂った感情は、その身を軽々と飛翔させ、ファレーナの拳が再びプーサーに突き刺さらんとした、その時。
「なぁぁにしてやがるぅぅっ!!? さっさと仕事しやがれェェェッッ!!」
「!?」
プーサーの言葉に意識が遅れた。
ファレーナの炎の鎧は確かに起動している。
触れるもの全てをその圧倒的熱量で溶かす、攻防一体の炎気の御業。
その鎧がありながら、首元に何かが刺さる感覚に疑問を覚え、そして。
気づいた時には手遅れだった。
「あっ……な、に、これ」
視界は歪み、一気に体調が悪くなる。
平衡感覚は消え、立つのがやっとの状態だ。
熱には強いはずの自分の身体が、強力な熱を感じてふらついている。
吐き気、頭痛、五感の狂乱にたまらずファレーナは炎気を解いた。
膝をつき、地を眺める。
絨毯の模様がまるでサイケデリックのように入り乱れ、齎すのは耐え難い苦痛だ。
自身の状況把握に努める矢先、頭蓋を揺らす衝撃にファレーナの小さな身体が吹き飛ぶ。
「ふざけやがってこのアマ! ボクが結婚相手に選んだからって調子に乗ってんじゃねぇぞ! 雑魚雑魚雑魚雑魚虫がぁっ!!」
指先一つ動かすのすら難しくなったファレーナでは、体術のたの字もないプーサーの蹴りを避けることすら不可能に近い。
繰り返される蹴りに、体を丸めるくらいでしか対抗出来ないファレーナ。
薄れゆく意識の中、視界の端に映った黒尽くめの男の存在に合点がいった。
(アイツに、何かされた……)
ひとしきり身体に蹴り込んだ後、膨れ上がった頬を摩りながら、息を整えるプーサー。
彼に寄り添うように闇から現れた黒尽くめの男は一言も発さず、ただ傍らに立つのみだった。
「高い金払ったんだ。しっかり働いてくれないと困るんだよねぇ。将来の王の顔を傷物にしてさぁ、骨格が歪んでたらどうするんだ!」
情緒が不安定な様子で頭を掻きむしり、一言も返さない黒尽くめの男に苛立ちをぶつける。
しかし男は無言を貫いていた。
「チッ。つまんないやつだよ。ま、とりあえず目的は達成した。さっさと、連れていくか。少しくらい楽しんでもバレないかねぇ」
ファレーナの赤い髪を掴んで、そのまま持ち上げるプーサー。
痛みに歪む表情に、下卑た表情を浮かべ、頬を舌舐めずりしようと──
「ファレーナさん!!?」
して。階段の向こうから声がした。
「あぁ?」
声の先。
透き通る白い髪に、透白の瞳。
ガタイだけはそれっぽい、無等級の弟子がそこにいた。
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