21-怒りの炎
「何が……あったの」
いつものように、ブランクと修行を行っていたファレーナ達は、職人街から傷だらけになってやって来た男の子に連れられて職人街に来ていた。
いや、元職人街と呼ぶべきか。
既にそこに街はなく、焼けた木材や魔物の素材があるのみだ。
街と呼べる外観は消失しており、ファレーナが知る街の姿はそこにはなかった。
絶句するファレーナを横にブランクは辺りを見回した。
今でも救助活動が続く街の惨状。
少し歩けばエリュシテの本街があると言うのに、なぜかそちらからはいつもと同じ雑踏や賑わいが聞こえる。
すぐそこに手を差し伸べて欲しい人たちがいるのに。
エリュシテは関与がない。
「た、助けてくれぇ」
「今行きます!」
ブランクは鍛え上げた筋肉を存分に発揮し、木材に押し潰された人を助け出す。
幸いにも骨折はしていないようで、肩を貸して人が集まっているところに連れていく。
そこは簡易的なキャンプになっており、その前まで来て、ブランクは足を止めた。
「痛い……痛い……」
「ぁぁぁ……ぁぁぁ……」
身体の痛みに嘆く人々、人によっては身体の一部を失った人すらいたその現状の、その先で。
仰向けの人に布を被せて涙を流す姿を見て、言葉を失った。
「一体何が……職人街の人が何をしたって言うんだ……」
ブランクは職人街の人々と、さして親しいわけではなかった。
だが、街に出かける際に気さくに声をかけてくれる人々の印象が悪いわけはなく、ブランクはもっと仲良くなれたらいいな、修行がひと段落して、落ち着いたらその時はもっと話をしてみたい、なんて。
そんなふうに思っていた。
思っていたのだが。
その機会は無情に奪われた。
「ファレーナさん……」
ファレーナはペタペタと裸足で歩いていく。
二人とも道場から飛び出して来たから何も履き物を履いてなかった。
静かに歩いていくその先には、ドルマンに看病されてる一人の少女の姿があった。
リベリカだった。
息はある。だが状態が酷い。
皮膚という皮膚が裂け、火傷に爛れ、見ているだけで痛々しい。
服はボロボロに破け、豪奢で厚みがあったメイド服はもうみる影もない布切れになっている。
「すまねぇ、うちにあった傷薬も一緒に焼かれちまってな。若い衆に薬を取って来て貰ってるんだが」
「これを使って」
ドルマンが涙を浮かべていると、ファレーナは顔付きを変えず懐から薬を出して手渡した。
それは瓶に入った赤い液体であり、塗り薬を主体とするフレアクラフトでは初めてみる回復薬だった。
それを見るとドルマンも表情を変えて、
「上級回復薬じゃねぇか! これならリベリカの嬢ちゃんもすぐに良くなる。助かったぜ」
そう言って、栓を抜き、口につけて少しずつ飲ませていく。
するとリベリカの表情は軽くなり、苦しさは晴れたように見えた。
それを確認したファレーナは、淡々とドルマンに聞く。
「ねぇ、何があったの?」
「わからねぇ。だが嬢ちゃんが、黒い奴と揉めててな。数人に囲まれてたから、手助けと思って取り囲んだはいいが、たった一人にここまでやられた。ほら、あそこのキャンプにもいるだろ、アイツらがその一人の手下だ」
ドルマンが指差した先には確かに、職人街の住人とは思えない痩躯が何人かいて、同じように痛みに苦しんでいた。
彼らを一瞥して、ファレーナは一瞬目を開く。
「嬢ちゃんはそん時に俺らを庇って……すまねぇ、俺らが不甲斐ないばかりに」
「いえ、これはフレアクラフトの問題よ。巻き込んだのはこちら側。寧ろ守ってくれてありがとう。お礼は今度必ず」
そう言ってファレーナはスタスタと歩き出す。
「ファレーナさん! 一体どこへ!?」
ブランクは尋常じゃない様子のファレーナを思わず呼び止めた。
しかし、
「決まってるじゃない」
振り返る彼女の顔は怒気に歪み、
「こんなことをした馬鹿のとこよ」
瞳に宿る炎が、ブランクに次の言葉を許さなかった。
—
ブラックナイト邸。
首都エリュシテの中では西方に位置し、比較的職人街からは近い。
しかし西方は山岳地帯を背にしており、魔物の被害も飛行系魔物に限定されるため、余程騎士の失態か、強い魔物が来ない限り魔物被害は最も少ない場所だった。
実際、エリュシテが出来てからは一度も街に被害は出ていない。
それよりも南方の魔物の森に隣接した職人街の住人の方が余程被害に遭っていた。
ブラックナイト邸では、プーサーが自身の椅子にふんぞり返り、大好物の葡萄ジュースとチーズを食していた。
どちらも高級で手に入れるのは難しい一級品だった。
外の曇天を眺めながら、飴を舐めた子供のような笑みを浮かべていた。
「ボクは星だ」
「は?」
「ボクは、星なんだよ。虫」
控えていた執事に突然話しかけたプーサー。
執事も意図を汲めずに訊き返すが、特に気にすることなくプーサーは続ける。
「星はね、キラキラと人の上で輝くものだ。そして人は星に願い事をする。無遠慮に、星のことなど考えもしない。それはなぜかわかるかい? 星のように手が届かず、一年中輝く摩訶不思議なものには特別な力が、神のような力があるかもしれないと人々は考えたからだ。そしてそれはある意味正しい」
「それは御身が人の上に立つ者、であるということですかな」
「違う。正しく、ボクは星だ。誰の思惑にも縛られないし、ボクはボクがやりたいように行動する。そう、今までのように」
窓の下を一瞥する。
そこには正門を歩くだけで溶かして突破して、庭園を燃やし尽くす炎の悪魔がいた。
既に少女の姿など保ってはいない。
魔力だけで、悪魔に見間違いさせるほどの迫力。
さすが、勇者の血族と言うべきか。
「ボクを否定するなんて、何とも頭が悪い女だ。隕石を止められる人間がいるかい? いないね。皆、等しく潰されるだけ。受け入れるしかないんだ。それを否定しようだなんて──」
執事は冷や汗を垂らして出ていった。
しかしプーサーは優雅に葡萄ジュースを飲む。
ブラックナイトの警備兵が、彼の言うところの雑魚虫が如く薙ぎ払われ、邸宅内へと侵入を許している。
それまで含めて──プーサーの計画通り。
「あぁ……何で愛らしい雑魚虫なんだ」
指を鳴らして、黒尽くめの男を呼び寄せる。
耳打ちをして、男はまた消えた。
プーサーは己が愛した少女を迎えるため、服装を整える。
邸宅が衝撃に揺れる中、至って冷静にプーサーは準備をしていた。
「さぁ、来なよ。多少強虫だろうと虫は虫」
襟は正した。
埃は取った。
お気にの靴は顔が写るくらいにピカピカだ。
もう何も、忘れ物はない。
「夜の光に誘われ、地に落ちる運命は変わらない」
迎えに行こう。
未来の妻を。
ブラックナイトの繁栄のために。
自分自身が王となるために。




