20-職人街の終わり
ブランクの鍛錬から五ヶ月が経過した。
メイドリベリカは基本外出し、情報収集に努めているため、ブランクの鍛錬進行度合いはファレーナとの手紙のやり取りでしか知らない。
その中に明らかに隠し撮り、或いは合意を得ていない素裸のブランクの写真が添えられていたものがあった。
手紙の文面は一つ。
漸く、土台が出来上がった、と。
ファレーナの言葉通り、ブランクの体付きは見違えており、一端の騎士と呼ぶに相応しい逞しい肉体に変化していた。
古傷も無ければ、顔つきもまだまだ幼さが抜けてはいないが確かに。
土台は出来たのかもしれない。
リベリカの任務は半年の間に、ブランクの固有術式を調べることだったが、国立図書館司書リーヴルの手伝いがあっても尚、漸く3/4が終わった程度だ。
それほどに固有術式の情報は膨大であり、歴史も長い。
その中で見つけた候補は二つ。
模倣者と猿真似だ。
模倣者は、対象とする相手の技を真似する魔術だ。
剣技、魔術、武術、或いは料理の腕等も含まれており、基本的に真似できないものはない。
代わりに真似するための条件が複数設けられ、更にストックしておけるのは三回までと条件が色々ある。
大して猿真似は模倣者よりも条件が非常に緩く、多くの技を他者から獲得出来る。
その分、その技の精度は劣化してしまう。
例えば爆発規模が家一つ消し飛ばす爆発魔術があるとすれば、猿真似で獲得すると、扉を吹き飛ばす程度にまで威力が下がってしまうのだ。
数でに数百を超え、千単位に突入するところまで来た固有術式調べだが、一旦リベリカは道場に帰ることにした。
理由はファレーナからの要請があり、魔女エマに預けているものをとってきて欲しいというもの。
どうにも今は手が離せないらしく、リベリカが頼まれたのだ。
もちろん、その間もリーヴルには調べ物をさせている。
彼女に反感を持たれていれば、モチベーションの低さからとても役には立たないが、手玉にさえ取ってしまえば有能な働きやだ。
そういった処世術に長けているのも、リベリカの長所だったりする。
そうして帰途についたリベリカは道場近辺の、大工や建設業の職人達が住まう職人街にまでやって来て、足を止めた。
「やぁやぁ、フレアクラフトのとこのメイドじゃないか」
まるで道を塞ぐように。
いや、待ち伏せをしていたのであろう。
路地裏から続々と彼の配下が姿を現す。
「貴方様は……」
「そうさ。フレアクラフトの次当主のプリンスであり、君が将来仕えることになる男、プーサー・ブラックナイトとはボクのことだ」
「ファレーナ様より伺ってますが、そもそも婚約すらされていないというお話だったと記憶しております」
「生意気だなぁ、メイドも主人も……」
ピキピキと額に血管を走らせて、プーサーは怒りを露わにする。
プーサーは見下すように目を細めて言う。
「あのさぁ、わかんないかなぁ。周り見てみなよ、君、包囲されてんの。下手なこと言ったらさぁ、死んじゃうよ?」
「私に、リベリカに手を出したければどうぞ。しかしその時はささやかながら抵抗をさせてもらいますが」
スカートの裾から見える黒い暗器。
黒い武器とは暗殺者が持つ、特別なものだ。
黒の武器を見せるだけでも、充分効果がある。
プーサーは意味を悟ったように、舌打ちをして、
「暗殺者風情が……調子に乗りがって。偶々六勇者に拾われたくらいでなぁ! 頭に乗ってるんじゃあねぇぞ雑魚が!」
「随分と汚らしいお言葉ですね。それにそもそも貴方も理解されてますか?」
「あぁん?」
リベリカの言葉と共に職人街に住まう職人たちが、プーサーの部下共々更に囲んでいた。
屈強な肉体はそれだけで威圧感があり、プーサーの部下達は実際に怯んで、冷や汗を垂らしている。
「優位に立って、嬉しそうじゃないか。雑魚メイド。だがな、お前は一つ忘れてるぞ」
「何でしょうか」
「お前達から輝く星は見えても、星からお前ら虫ケラは見えないってことだよ」
ニタニタと笑うプーサーには余裕が見えた。
この状況を意にも介さない、不気味なまでの笑顔は、リベリカの不信を募らせる。
「何を……」
「ブラックナイトの戦いは、帷が降りる」
突然ポツリとつぶやかれた彼の言葉を合図に、プーサーの人差し指から黒が放たれた。
黒い雫が空へ落ちていくと、天にぶつかった瞬間に黒が広がりドーム状に職人街を包み込む。
「な、何だこりゃあよ!!」
「ドルマンさん、コレは……」
動揺する職人達を他所に、プーサーは両腕を広げると徐々に身体を宙へと浮かせる。
黒い空へと昇っていく様は、正しく星のようで。
彼の瞳の奥で光る星が一際輝き、地上にいる人々を見下ろした。
「雑魚雑魚雑魚……雑魚虫がぁ……」
職人街全体を包み込んだ帷は何人たりとも中の人を逃しはしない。
同様に、外からの侵入を許すこともない、ブラックナイト家が所有する絶対の結界だ。
リベリカ周りにいなかった職人達も何が起こったのか、理解が出来ずにパニック状態に陥っていた。
その様子を上空から見下ろして、プーサーはニタニタと悦に浸る。
「くそっっ!!」
リベリカは遅かったと思いつつも、隠した二本の黒刀を抜刀。
滞空するプーサー目掛けて跳躍したが、プーサーはそれを
「汚い言葉だなぁ、メイド。星の輝きで浄化してやろう」
笑いとばした。
プーサーの背後には千、万を超える光が出現。
それは夜空に広がる満天の星に等しく、それら一つ一つが、数メートルを爆破するミサイルの破壊力を持って地上に飛来する。
無数に降り注ぐ星の雨に、リベリカは容赦なく地上へと押し戻され、被弾を何とか二本の黒刀で防ぐ。
だが、超広範囲に圧倒的物量で投下された星の雨は、職人街を満遍なく破壊する。
「くそ! お前らこっちに集まれ! リベリカの嬢ちゃんもだ!!」
ドルマンが地面に槌を打ちつけば、地面から隆起した壁が星の爆発を防ぐ盾として現れる。
そこに一人の職人が空中で星を弾くリベリカを回収して、盾の中へと身を隠す。
「プーサー様ぁぁ!! なぜ我らまでぇ!!」
だがプーサーの部下は別だ。
岩壁に隠れることは敵であるから許されず、かと言ってプーサーの無差別攻撃には安全地帯など存在しない。
容赦ないプーサーの飽和攻撃によって部下は職人街もろとも破壊された。
「はっはっはっ! 理解したか!! これが今代の英雄の力、未来の王の姿だ!!!」
無地蔵な魔力から生み出される絨毯爆撃は、職人街にあるあらゆる物を消し炭にしていく。
逃げ惑う人々も、プーサーが展開した帷のせいで逃げることができない。
正しく──地獄絵図という言葉が相応しい。
「雑魚虫! 雑魚虫共! 死ね死ね死ねぇ!!!」
高らかにプーサーの笑い声が響き渡る。
これから数分後、帷が解除された。
そこにはもうただの、かつて何かあった場所と成り果てていた。
焼け焦げた臭い、人の呻き声、子供の泣き声、まるで戦争の後のような悲惨な状況に、リベリカはただ涙するしかなかった。




