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31 助け




 雨が止み、標高の高い山間部ではぐっと気温が落ち込んできた夜。

 田舎には似つかわしくない外国産高級車がハザードランプを点滅させながら停車し、持ち主である世羅は外に出て通話をしていた。

 高級車の助手席では花凜がスマートフォンをいじりながら目的地を探し、後部座席では千湖が気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている。

 三人は翔流の足跡を辿って伊野郷村に訪れ、いまは足止めをくらっていた。


 花凜が世羅に泣きついた後、彼女はすぐに車を用意し、この稲郷村へと走らせた。

 翔流の居場所はすぐには掴めなかったが、一度通話に出た際に後ろから電車の音とアナウンスが聞こえたことから駅に居ることが判断できた。

 そしてわかりやすいことに彼の部屋にあった常時起動しているパソコンのデスクトップ上には、ブラウザが開かれたまま、この伊野郷村への列車の時刻表が残っていたことで、すぐに捜索へと向かうことができた。

 だが村に着くと、細い農道へと入り、世羅の愛車は側溝にタイヤがはまって動かなくなってしまった。

 そして救いに来たはずの者たちが、いまは救助を求めている有様だ。


 通話を終えた世羅が、ゆっさゆっさと胸を揺らしながら小走りに車へと戻ってくる。


「どうでした?」


「すぐにJAFの人が来てくださるって。でも、ここからだと一時間はかかるみたい」


 都市部からいくつかの峠を越えてここまで来るのにはかなりの時間を要することになるだろう。

 田舎特有の厄介な問題点だ。


「そうですか……結構、時間がかかりますね」


 いますぐにでも死ぬかもしれない男がいるのに、ここで時間を浪費してしまうのは困りものだった。

 いや、もしかしたらこうしていることがもはや手遅れなのかもしれない。

 そんな最悪な結末を考えてしまうと足が重くなっていく。


「大丈夫よ。翔流くんならきっと無事」


「……だといいですけど」


 どうして気づかなかったのだろう。

 バカみたいに一緒になって異世界へと往こうと模索していたが、あれはすべて翔流からの救難信号だったのじゃないだろうかと、いまになって思う。

 悲しみや苦しみから助けて欲しいと。

 もう少し翔流のことをちゃんとみていてあげれば、彼の壊れた心にも気づいてあげられたのではないだろうか。


「それと、JAFの人とお話しをして思いだしたんだけど、鏡子の消えた場所はタントン川? タンタン? トンタン川だったかしら、なんかそんな名前の川だった気がするの」


「川ですか……」


 田舎には川などいくらでもある。土地勘のないものからすればどれも同じだ。


「ごめんなさいね。何年も前に献花に訪れただけで、詳しい地理はもう覚えてないのよ」


「仕方がないですよ」


 世羅はカーナビを操作しはじめるが、慣れていないのかテレビを付けたりオーディオにしたり、設定をいじくり回したりと悪戦苦闘し、「わたしがやります」と、花凜が代わって操作する。


「お願い。私、機械には疎くて」


 マップを開き、タッチ操作で周辺を調べていくと、


「ああ、ここからすぐ近くが丹田(たんでん)地区で――もしかして、この荒世川(あらせがわ)ってところじゃないんですか? ここに大きな橋が架かってるみたいですけど」


 と、指で川を指し示す。

 川の名前がなんとも不吉だ。


「ああ、そこかもしれないわね。うん、そんなだったはず。川の名前じゃなくて橋の名前だったのかも」


「橋の名前は明記されてませんけど、もしかしたらこの橋が丹田橋って名前かもしれませんね」


「うん、そうだったかも」


 土地や橋の名前を覚えていないのは、何年も前のことなのだから仕方がないが、どうも世羅はあまり記憶力があるほうではないようだ。

 だが、この曖昧な記憶でも貴重な手がかりにはなった。

 この荒世川は大きな川で、稲郷村にもいくつもの橋が架かっているのだが、情報によって特定の橋に絞り込むことができたのは大きい。さらにこの丹田地区に架かる大きな橋はひとつ、ここからそう遠くはない距離だ。


「すごいわね、花凜ちゃん。千湖の好きな、名探偵魔法少女ポアンちゃんみたい」


「魔法少女ですか……」


「ええ」


 魔法少女みたい。

 そのフレーズを聞いただけで、これまでなら熱き思いが燃え上がっていたはずなのだが、いまはなんだか嫌気が差した。


「あの……わたしが様子を見てきます。雨も上がったみたいだし」


 そう言ってシートベルトを外した花凜は車から降りた。


「危ないわよ、こんな夜道にひとりは」


「大丈夫です。なにかわかったら連絡しますから。世羅さんはここで千湖ちゃんと待っていてください」


「そうね……急いだ方がいいかも……」


「居なかったらすぐに戻ってきますんで」


「わかったわ。頑張るのよ、花凜ちゃん。想いはきっと届くはず」


「はい?」


 運転席で世羅は少女のように目を輝かせている。


「若いっていいわね。衝動的に動けるんですもの、羨ましいわ」


「なにか誤解をしてませんか……」


「花凜ちゃん、彼ならきっと抱き止めてくれるはずよ。だから急いで! 私のようにはならないように、彼を失ってしまう前に走るのよ!」


「……もうなんでもいいです」


 訂正するのも面倒なので激励する世羅を残して、花凜は翔流の捜索に動き出した。


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