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26 ※残された弟



 鏡子がこの世界から消えてしばらくしてのこと。

 家では居心地の悪さを常に感じるようになっていた。

 

 いつもどおりテレビが点いていても、外の喧噪が聞こえてきても、家の中は明かりが消えたかのようにどこか暗澹としている。

 二人では狭苦しかった部屋も、なんだかとても広く感じられ、寂寞が付きまとった。


 翔流は二段ベッドの下で、ひとり黙々とゲームをしていたが、いつもとは違ってなんだか退屈で、携帯ゲーム機を放り投げた。

 すると階下から、両親の罵り合うような声が聞こえてきた。


 両親は悲嘆に暮れ、ちょっとしたことで喧嘩が絶えなくなっていた。

 原因は明白だ。

 この家から鏡子がいなくなったことにある。


 愛されていた鏡子の存在はとても大きく、彼女を知る人達は哀悼の意を表し、そして弟を救った勇敢な姉だと褒め称えた。

 けれどその一方で翔流は自分が責められているような気がしてならなかった。 

 不肖な弟のせいで姉は亡くなった。

 犠牲になるべきは無能な弟の方である。

 だれもそんなことは口にしなかったが、多感な時期の翔流にはそう感じ取れていた。

 このまま消えてしまいたいと溶け入るように瞑目する。


 以前なら眠る前に鏡子の空想話がはじまるのだが、もうその話を聞くこともできない。

 淋しさはあれど悲しみがこみ上げてくることはなく、そもそも死んだなんて信じられなかったし、受け入れられなかった。

 そしてもうひとつ気がかりな点が、鏡子の死を受け入れられない要因にもなっている。

 溺れていた際にみたあの景色と体験はなんだったのだろうか。


 なんだか寝付けず、ふとベッドの上が気になって体を起こす。

 実は姉が寝ているんじゃないのか。

 隠れているんじゃないのか。

 みんな一丸となって自分を騙してるんじゃないのかと思えてきた。


 短い梯子をのぼり、二段ベッドの上へと行くと、そこで愕然とした。


 寝床とは思えないほど布団の上には、ダンベルなどの筋トレ器具や本で三分の一が占拠されていた。もしベッドの床が抜けでもしたら、下に眠る自分は大怪我をしていただろうと戦慄する。

 そしてふと枕元にあった古い一冊の本を手に取る。

 

 ――幻想少女冒険譚。


 鏡子が異世界へと興味を持った切っ掛けとなった漫画だ。

 数ある異世界モノの中でも特別な一冊としていて、彼女の中にある異世界はこの漫画を基準に考えているようだった。

 翔流は何度も勧められたが結局は読まなかったのだが、この時はなぜだか読んでみようと思い、鏡子の匂いがするベッドに横になって読み耽った。

 


 無力な少女が異世界へと辿り着き、出会った仲間達と共に成長していく。行く先々ではたくさんの人を救済し、悪しき者達を討ち滅ぼしていく。

 昔の作品のためか、内容は淡泊だったが、漫画の中では鏡子が聞かせてくれていたファンタジー世界が広がっていた。


 その世界は果てしなく広大で、壮大な物語が展開していく。

 主人公や仲間達の言動から、端々に影響を受けていた鏡子の面影が感じられた。

 それに自分もその仲間となって冒険しているような気分にさせられ、きっと鏡子と旅をしたらこうなるのだろうと色々な空想までもが広がっていった。


 翔流は本を読み進めていくうちにどっぷりとはまってしまい、気がつけば別の漫画や小説にまで手を伸ばしていた。


 そしてこの日から、翔流は鏡子の居なくなった淋しさを埋めるかのように、異世界へとのめり込んでいくようになった。




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