27 転生
雨が降り注ぐ正午から珍しく翔流は街へと繰り出すと、交差点前でただじっとビニール傘を差して憂鬱そうに佇んでいた。
なにかをするわけでもなく、周辺に気を配り、注意深く観察する。
余所見をしている不注意な子供や交差点を渡りきれずに困っているお年寄り、居眠りをしている運転手はいないかなど、忙しなく辺りを見回した。
『なにをしておるのじゃ?』
翔流の足下に落ちる影から、にょろりとダークシャドーが顔を出す。
「なにか事故が起きないか待ってるんだ」
『ほう、ずいぶんと邪な考えを持つようになったのだな』
「そうじゃない。これもフラグが立つのを待ってるんだ。ボクがだれかを庇って死に、あるいは死にそうになり、その境遇を哀れんだ女神が、異世界へと転移転生する機会を与えてくれる。つまりはその切っ掛けを待っているわけなんだ」
子犬や子猫、人が轢かれる瞬間に自分が身を挺して守り、転移、最悪の場合は不慮な死を遂げて異世界転生するためだ。これくらいの徳を積めば、女神も降臨してくれるだろう。
『それで、どれほど待っておれば良いのだ?』
街は危険運転する運転手もなく交通ルールを遵守し、歩行者もまたお年寄りには手をさしのべ、危険な横断をすることもない。まさに理想的な優しい街が実現していた。
それに野良犬がうろついているはずもなく、賢い野良猫達は住宅地を根城にして餌をもらっている。安心安全を掲げるこの街にはどこにも危険が転がってなどいなかった。
「……場所を移そう」
その後、立ち疲れた翔流は休憩を挟むと、次の目的地へと向かっていった。
駅へと着くと切符を買って改札を抜け、駅のホームで黄色い線をギリギリ越えて佇み、電車の到着を待った。
車掌はなかなか電車に乗ろうとしない客に目を向けるが、翔流の目的は電車に乗ることではなかった。
『これはなんのわけだ?』
「何者かによって背中を押され、ボクは電車と衝突し、転生する。もしくは転落してしまった人を救出しようとして異世界へと旅立ち、向こうで再会するって展開もある」
できることなら可愛い子が転落して欲しいと思ってしまうが、この考えはよろしくないので口を慎むことにした。
『そんな手段も残しておったのか』
「どれも命に関わる危険なことだからね、あくまでも最終手段ってわけなんだ」
『なるほどのぉ。しかし、そう都合良く事故は起きるものなのか?』
「運命があれば……きっと……」
そう口にして空しさを覚えた。
運命があるのなら、もっとはやくに異世界へと旅立っているんじゃないのか。
わざわざ命を落とさずとも、召喚されていたんじゃないだろうか。
たとえば、十三年前の事故の時に鏡子と共に、異世界へとたどり着いていたのではないのだろうか。もしかしたら不必要と烙印を捺されたから、自分だけがこの世界に残されてしまったのではないのだろうか。
いままで深く追求してこなかったことまで考えるようになっていた。
『退屈じゃのぉ……』
一時間が何事もなく過ぎ、ダークシャドーが愚痴り始めた。
『まだか……まだなのか!?』
さらに三十分が過ぎて騒ぎはじめ、ついには不穏な行動を取り始めた。
『えーい! 生け贄が必要なら、ワシシがだれかをここから突き落としてくれる! 翔流よ、理想を言え! どのような生け贄が必要なんじゃ! やはり美しい生娘か!?』
「だから、それじゃダメなんだ」
『しかし、もう運命など待ってはおれん!』
「……それについては同感だよ」
運命などない。
運命という都合の良い言葉に縋り、また責任を押しつけている。この現状こそが運命なのかもしれないというのに。
そしてまた自己嫌悪に陥っていると、スマホの着信音が耳に入ってきた。
着信は花凜からだった。
「……はい」
今生の別れくらいしておくかと通話に出ると、開口一番に花凜が激高する。
『このアホッ! いまどこにいるの!』
「……ごめん」
『ごめんってね……なによあのふざけた紙は!?』
「遺書のつもりだけど」
『そんなことわかってるわよ! そうじゃなくて……とにかく戻ってきなさいよ。いま、世羅さんと千湖ちゃんも来てるの。カレーを作ってくれるって。好きよね?』
「カレーか……手作りのカレーは久しく食べてないな……」
『でしょ? わたしもサラダを作って上げるから。レタスが山盛りのやつ』
「……へえ」
『食べたいって言え!』
どうせなら手作りのカレーを最後の晩餐としたかった。
「世羅さんや千湖ちゃんに謝っておいてくれないか……もう退くことはできないんだ。姉さんが異世界で待っているはずだから……それとよかったらクロを引き取って欲しい」
『ちょ、ちょっと……冷静になって一度、家に――』
慰留させようとする花凜に決断を鈍らされては困ると一方的に通話を切ると、すぐに電源を落とした。
きっと悲しんでいるだろう。
このことで二人に深い心の傷を負わせてしまうかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちで一杯になってくる。
だが悩んでる暇はない。
もしかしたら警察に通報して身柄の保護を申し出るかもしれない。
そうなっては困ると翔流が次の手段を打って出ようとすると、駅構内に流れるアナウンスに気を止めた。
『――まもなく三番線に列車が入ってきます。黄色い線の内側でお待ちください』
向かいにある三番線のホームに設置してある電光掲示板に視線を移すと、そこには山野高行きと映し出していた。
「さあ、次の目的地に向かおう」
『お、まだなにか隠し球があるのだな』
「……ちゃんと幕引きくらいは考えてあるよ」
翔流はなにかに導かれるように三番線へと行くと、列車に乗って、はじまりと終わりの地へと向かっていった。




