24 リミット
マッドリーパー事件からその後。
新たな魔力を求めて、綾加田家をまた訪ねてみたり、お寺の見学や骨董品屋などを巡ったりもしたが、収穫はなかった。
花凜や世羅、千湖も協力をしてくれたのだが、すべて徒労に終えた。
なにを求め、どう行動すべきなのか、完全に手探り状態で万策が尽きていた。
ダメもとで転移の儀式を試みても、なにも起きることはなく、研究は完全にとん挫し、ただ時だけが無情にも過ぎていった。
「それじゃ、またね」
「……ああ」
「根を詰めすぎないようにね」
「……うん」
ガレージにて。
この日もなんの成果も上げられず、花凜はクロと戯れて帰っていく。
憔悴した翔琉は本を読みはじめてなにかを得ようとしたが、すぐに読むのをやめて、ガレージの床の上で大の字になった。
心が折れていた。
すべてが万事上手く進行していると思っていた。
フラグを回収し、異世界への扉が開かれようとしている。そして鏡子と再会できる日も近いと。
だからもう少しで成就すると信じて疑わなかったぶん、失敗した代償は精神的に参るものがあった。
もうなにをするにも憂鬱で、無作為に時間だけを消費していると、スマホの着信音が鳴り響いた。
いつもなら居留守を使って無視する相手からの電話を、この時ばかりは無意識に出てしまい、すぐに後悔した。
『やっと繋がった……。まったく、電話をしても掛け直してこないし、なにをしてるの!』
電話の相手は母からだった。
いつものように長々と口うるさく説教をしはじめてきたが、翔流は生返事をするだけですべてを聞き流していった。
『家に帰ってきなさい』
再三の帰宅命令だ。実家は隣町にあるのだが、ここ数年帰ることを拒んでいる。帰省しても、実家に居場所などもうどこにもないのだから当然だ。
両親とは思春期に入ってからは折りが合わず、祖父の家で暮らすようになり、ここから通学し、時に引き籠もったりもした。そして卒業をするのを見届けたかのように祖父が他界すると、完全な引き籠もりとなり、現在に至る。
『お祖父ちゃんの家だって、いつまでも維持しておくことはできないの。そこは区画整理のこともあるし、お金のこともある』
「……わかってるよ」
相続したこの家を維持していくのにもお金がかかり、実家の支援なしでは維持できない。だから両親には頭が上がらないし、後ろめたい気持ちのままだ。
『それに私たちだって、いつまでも貴方の面倒を見ているわけにはいかないの。もっと将来のことを考えて、行動を起こしてくれないと、もしもの事が起きたとき――』
突きつけられた現実に頭の中が真っ白になっていく。
この世界での未来が全く視えない。
異世界のこととなればいくらでも考えつくのに、どうしてもこの世界でのこととなると、なにひとつ考えていくことができなかった。
『一度帰ってきて、今後のことを話し合いましょう』
「……やることがあるから」
『やることってなに』
「資格の勉強をしていて、身に付くまでにはもう少し時間が必要で」
異界の救済者、勇者としての資格を。
『またそんなこと言って……。どうせ、なにもしてないんでしょ』
言葉を濁していつもその場しのぎをしていた。だが、さすがに母も気づいている。まともな勉強などなにひとつしていないことなど。
「やってるよ……それにこのまま上手くいけば、キョウちゃんの行方だって掴めそうなんだ……だから――」
鏡子の名前を出したとたん、電話の向こうで母が凍り付くのが伝わってきた。
『あなた……なにを言ってるの……』
「なにって、キョウちゃんのこと」
母は言葉を詰まらせ、そして声を絞り出した。
『お姉ちゃんは亡くなったの』
「……生きてる」
『そんなわけないでしょ!』
鏡子がいたたまれず、母の言葉に憤りを覚えた。
「生きてるんだよ……! キョウちゃんはいまも戦ってるんだ! ここではない世界でいまもだれかのために――」
『いい加減にして! お姉ちゃんを最後に看取ったのはあなたじゃない!』
母は金切り声を上げて、全力で否定した。
いつまでも悲しんでは、未来へと向かって生きていくことが出来ないからと、父も母も鏡子は死んだこととして区切りを付けていた。
それが悲しくもあり、腹立たしくもあった。
『もう一度……病院で頭を診てもらいましょう』
「ボクは正常だよ……」
いいや、完全にイカレてる。
壊れてる。
心はずっとボロボロのままだ。
『それをはっきりさせるためにも病院で診てもらうの。来週、そっちに行くから準備しておきなさい』
「来なくていい」
『もうあなたの言い訳は聞きません! またおかしくなってるの! それに気づかないほどに重症なのよ! だからひとり暮らしなんてさせたくなかったのに、お祖父ちゃんがあなたのためにって――』
電話口で喚く母の口を閉ざすように、通話を切った。
ついに母親は息子を異常者としてみるようになった。それは辛くもあったが、仕方がないという諦観もある。
自分は他人からすれば異常だ。
大人になっても虚構の世界を夢見続ける自分は、完全に異端者だった。
現状を維持することも困難になり、未来が閉ざされていくような絶望感と閉塞感に支配されていく。
きっとこのままではこの家を奪われるだけではなく、病院に連れていかれ、最悪の場合は強制入院だろう。
そうなったら終わりだ。
異世界へとたどり着くどころではなくなる。
だからなんとしててもその前に、さらには本当に心が壊れてしまう前に、異世界へとたどり着く必要があった。
そして追い込まれた翔流はあるひとつの決断を下した。




