22 はったり勇者
先ほどまで臆病風に吹かれていた男の表情には、絶対的な自信からくる余裕が生まれていた。
「ご紹介に与りました、勇者翔流です」
『愚者ニシカミエヌガ……』
「どうだろう? キミが望むのであれば、ボクの配下に加えてあげでもいい」
『配下ダト……』
「正直なところ、薄気味悪い魔物を仲間にくわえるのは気が引けるけど、心強くもあるからね。許可するよ」
相変わらず上から目線である。
魔物とわかれば歓迎だ。まるで召喚士にでもなったような気分だが、それも悪くはない。
「いくつか生活の上で制約をつけさせてもらうが、悪いようにはしない。ただ、キミは陰険だからもう少し愛嬌をつけようか」
さらには指導までする翔流の大胆さに、マッドリーパーは僅かに臆した。
『ナニヲ言ッテイル……』
『理解力のないやつじゃな。つまり、おまえさんもワシシらに協力して還ろうではないかということじゃ』
三人集えば文殊の知恵。ダークシャドーよりも古くからこの世界に来ていたマッドリーパーなら、なにか新たな知識や閃きをもたらすかもしれない。
ここまで来れば異世界はもう目と鼻の先。そう期待したのだが、マッドリーパーはカチカチと顎を鳴らしながら嗤う。
『浅ハカナ……ナゼ還ル必要ガアル……』
『おまえさんは還りたくないと申すのか?』
『ワカラヌカ……? コノ世界ニハ多クノ魂ガアリ……何者ニモ邪魔サレヌ最高ノ狩場デハナイカ……』
この世界の人々にダークシャドーやマッドリーパーを視覚できる者は少ない。さらに外敵も少なく、小さな村や町くらいならば蹂躙することも可能だろう。
だが、この魔物は完全に見落としていた。
いま目の前に、その外敵となりえる者がいることを。
『やれやれ、マッドリーパーとは娯楽も嗜みも知らぬ、魂を貪るだけの劣悪種。話をしても無駄なようじゃな』
そして知能が高いダークシャドーだからこそ、翔流との関係を築くことができたわけだが、それはこの悪魔にとっては幸か不幸か判断しかねるところだ。
「最後勧告だ。ボクに従わないのなら、ここで消えてもらうことになる」
マッドリーパーを野放しにするのは危険だ。彼の思想と力はこの世界にとってはあまりにも害悪。呼び覚ましてしまった以上、責任を持って対処するしかない。
『笑止……我ハ何者ニモ従ワヌ……』
「なにを言っても無駄なようだな」
『マズハ、貴様ノ魂カラ喰ラウトシヨウ』
「ならば消滅してもらうだけだ。――この力は使いたくなかったんだが仕方がない」
翔流は、黒い外套を脱ぎ捨て、右手に気をため込むイメージで深く息を吐く。
「はあああああああぁぁあああっ!」
『な、なにが起きておるのじゃ!?』
想いに呼応し、封印されていた力が解除されていく。
体が芯の方から熱くなり、指先にぴりぴりと痺れが走る。
感じる。体内から力が沸き起こり、手へと力が集約されている。
いまだ、いまなら覚醒できる。
「――この世に彷徨いし悪しき魂よ! 我が力の前に平伏せ! ホオオオオリイイィィイバアアァストオオオォォ!」
翔琉が高々に叫んだそれっぽい詠唱をして、右手を力強く突き出すと、マッドリーパーは大鎌を構えた。
翔琉は勝ち誇ったような笑みを浮かべて瞼を閉じる。
『ナ、ナンダ……?』
マッドリーパーは困惑し、ダークシャドーは期待感こもった眼差しで翔流を見つめる。
だが残念なことに、詠唱だけが暗闇の中に溶けていっただけだった。
いたたまれない静けさのなか、クロが目の前を素通りし、翔流は崩れるように片膝を地面につく。
「……く、くそおおおおおおおおっ!」
『どうしたのじゃ、翔流!?』
「きっとあれだ……MPが……儀式で魔力を使い果たしてしまったんだ……」
『なんと!? 力が枯渇しておったのか!』
いまならいけるような気がした。話しの流れと勢いからなら、特殊な力が使えるような、そんな裏打ちのない自信があった。
「でもよかったんだ……」
『なぜじゃ? 失敗したのだぞ?』
「だって理性を失い、強力な神聖魔法を行使していたら、悪魔であるダクシャンにまで影響があったかもしれない」
もちろん、そんな気遣いなどせず詠唱をしていたのが真実である。
『か、翔流……お主はワシシのことまで気遣ってくれるのか……』
「家族なんだから当たり前じゃないか」
『か、家族じゃと……ワシシは悪魔じゃぞ』
「そんなの関係ない。だろ?」
この次から次へと流暢に紡ぎ出されていく弁明に、悪魔は天を仰いでとても感動しているようだった。
そしてダークシャドーは翔流を守るように前に立ち、こちらを振り向く。
『翔流よ』
「なんだい?」
『ここはワシシに任せて下がっておれ。この鏡を持ってくることになったのは、ワシシにも責任があるからのぉ』
今日はやたらと頼もしく、見せ場を持って行かれたようで悔しいが、引き下がろう。
「……ダクシャン、彼を頼めるか。いまのボクにはアンデッド系を倒す術がない」
『気にするでない』
「キミが彼の魂を楽にしてやってくれ」
『お安いご用じゃ』
こうして豊富なファンタジー知識によって、マッドリーパーをなすりつけることに成功すると、ダークシャドーは大きく息を吸い込み、ゴム風船のように膨らんでいく。
そして天井にまで届く大きさになると、マッドリーパーを見下ろした。
『さて、どうしてくれようかのぉ』
『……邪魔ヲスルナ!』
『粋がるでない。小物が!』
マッドリーパーが大鎌を掲げて襲いかかると、ダークシャドーの腹部がまるでファスナーを下ろしたかのように開く。
腹部の中はまるでダークホールのように漆黒の闇が渦巻き、その中から触手のような長い舌が伸びていった。
触手に絡め取られたマッドリーパーは抵抗することもできず拘束され、そのお腹にできた口の中へと連れ込まれていく。
『ダ、ダセ……』
『弱者が強者に取り込まれるのは世の摂理。潔く諦めることじゃな』
ダークシャドーのお腹にできた口が閉ざされる。
そしてそのお腹の中で、マッドリーパーのくぐもった声がした。
『マ、待テ……気ガ変ワッタ……ハ、話シ合オ……ヤ、ヤメロ……体ガ砕ケテ……』
嘆願する声を無視して、ダークシャドーのお腹が縦横に租借するような動作をすると、グシャグシャ、バキバキッ、クチャクチャと生々しい咀嚼音を立て、最後はゴクンと喉を鳴らして呑み込んだ。
『ぷっはっー。ゲプッ』
ダークシャドーは満足したようにパンパンに膨らんだお腹をさする。
「もしかして……食べちゃったの?」
『うむ』
「……わりとグロテスクな戦闘スタイルで驚いたよ」
『そうかの? 食べ方は綺麗な方だと褒められるのだがな』
愛らしく見えていたのは撤回しなければならない。
やはり悪魔だ。
友好的な関係を築いているからとはいえ、恐ろしい一面があることだけは油断せずに注視しておかねばなるまい。人に育てられた猛獣とはいえど、いつ本能が目覚めてもおかしくないように、ダークシャドーもいつ悪魔の本性をむき出しにしてくるかはわからない。
翔琉は気づかれないようにそっと、ダークシャドーから距離を取った。




