21 悪しき者
「うわああああぁぁあああっ!」
「なに!? なに、なになに!? どうしたのよ! なにが起きてるか説明して!? ――おい! 女子を置いて逃げるな!」
死霊らしき者の出現に、本能的に翔流は我先にとガレージから逃げだそうとしたが、視界不良のため段ボールに足を引っかけ、派手に転倒した。さらに天罰でも受けるかのように、「ぐはっ!?」花凜は背中を踏んづけて母屋へと避難していく。
開け放ったドアへと床を這いつくばりながら翔流が向かっていくと、不可思議な力によって勢いよくドアが閉められた。
翔流は立ち上がり、ドアノブをガチャガチャと回すが、びくりともせず助けを請う。
「あああぁぁ、開けてくれ、花凜くん! お願いだああぁぁ!」
どうやら花凜は一目散に逃げ去ったようで、なんの返事もなかった。
施錠もされていないドアが、なんらかの力が作用して開かなくなっている。まさに超常現象だ。
そしてその原因と思われる死霊らしきものを見ると、くぐもった嗤い声を出した。
『クッ……クックッ……』
変な者を召喚してしまった、あるいは封印を解き放ってしまったのだろう。
死霊らしき者は、フードの中からじっとこちらを眺めていた。
「な、な、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、あああああ、悪霊退散! 悪霊退散! ええと後は……」
必死になって成仏させようとするが全く効果は発揮できず、死霊は腕を伸ばし、どこからともなく大きな鎌を出現させた。
「がががが、骸骨!?」
フードからは髑髏を覗かせ、眼窩からこぼれ落ちている片方の目玉でこちらをじっと見据えていた。
『寄越セ……』
「なにを……」
『貴様ノ……魂ヲヨコセエエエエ……!』
「ちょ、ちょっと落ち着いて話しを……ちょっとたんま! ストップ、ストオオオオォォォォォップ――!?」
こちらの拒絶を受けて入れてくれるはずもなく、死神らしき者は大きな鎌を振り上げると、容赦なく振り下ろしてきた。
翔流は両腕を前に出して身構えて目を瞑ったが、なかなか痛みも衝撃も苦しみもないことから疑問に思い、うっすらと瞼を開けると、眼前に大きな影が立ちふさがっていた。
「ダクシャン!」
体を大きく膨張させたダークシャドーが翔流の盾となり、大鎌を胸板で受け止めていた。
『フンッ!』
まるで昭和のプロレスラーのように腰に手を当て、胸を張って相手を弾き飛ばした。
『下等種であるマッドリーパー如きが調子に乗るでないぞ。そこの男を傷つけるようなら、ワシシが許さん。なにかあっては還れなくなるのでな』
なんと頼もしい悪魔でしょう。
それでいて同じような類いの非生物であるはずなのに、ダークシャドーの方がどこか可愛らしく見える。
『闇二染マリシ悪シキ影……ナゼ貴様ガ……コノ世界ニ』
『そこの男に召喚されてな。還れなくて世話になっておるところじゃ』
『クククッ……人間二悪魔ガ飼イ慣ラサレタカ』
『ちがうわ! ワシシはな、元の世界に還るためにそこの男と協定を結んでおるのだ』
『如何ナル事情ガアルニセヨ……地二堕チタモノダ』
なんだかんだと喚きながらダークシャドーが守ってくれたことに感慨深いものがある。
そろそろ、マスターと呼んではくれないだろうか。
『そういうおまえさんこそ、どうしてこの世界に居る!』
『我ハ魂ヲ求メコノ世界ニ辿リツイタマデ……』
『迷子か?』
『ソウデハナイ……』
『嘘をつけ。それでその鏡に封じられておったのだろ? 情けないのぉ。カッカッカッ』
『……』
どうやらこのマッドリーパーは異世界からこちらの世界へとやって来て、鏡の中に封じられてしまったのだろう。それを翔流が呼び覚ましてしまったようだ。
『よいか、元の世界に還るのなら、翔流の力が必要なんじゃ。なにせ、その男は勇者なのだからな』
『勇者……』
『そうじゃ。おまえさんを呼び覚ましたのもこの翔琉じゃぞ。たいしたものであろう』
翔琉ははっとする。
そうだ。
ダークシャドーを召喚し、マッドリーパーを目覚めさせたのは自分である。
これはすなわち自分には魔力がある証明なのではないのか。
体の中から勇気や自信がみなぎっていく。
フードの中から覗く髑髏。
窪んだ闇の眸とこぼれ落ちそうな痛々しい目玉で、マットリーパーは翔流を吟味するように眺めてきた。
そしてその愚か者は毅然とした姿で、二匹の魔物の間に屹立した。




