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19 疑念

「あの人のことどう思った?」


 井沼家のガレージにある椅子に座り、クロを膝に載せて撫でつけながら、まるで自宅でもあるかのように寛いでいた花凜が訊いてきた。

 本を片手に持ち、魔法陣を床にチョークで描き直していた翔流は手を止める。


「あの人って?」


「世羅さんのことよ」


「綺麗な人だと思うよ。まるでエルフみたいな人だ」


 美人のうえに巨乳で、ちょっと変わっているところや鷹揚なところとかも魅力的な人だ。きっとエルフのコスプレをしたらよく似合うだろう。


「あー、はいはい、エルフね」


「え? ハイエルフって言った?」


「そんなこと言ってないわよ! どんな耳してんのよ」


「エルフの耳は大きいんだよ」


「ちがう! あんたのこと!」


「え?」


 異世界脳は、聞き間違える時までファンタジーなのかと呆れていた。


「そうじゃなくて、あの人が言ってることは本当かってこと!」


「嘘をつくような人じゃないだろ」


「なんでそんな簡単に信じ込んじゃうかな……」


 もしかしてこれが女の僻みというやつだろうか。

 完璧な大人の女性を前にして、人格批判をすることで自己顕示欲を満たそうとしているとか。

 それとも、師匠が奪われてしまうと嫉妬している?

 そんな可愛い弟子ではないから思い過ごしか。


「キミはあんなに優しい人を疑ってるのか?」 


「人間性は疑ってないけど……もっと根本的なところが引っ掛かるっていうか……」


「根本的なところ?」


「異世界のこと。信用ができないっていうか……」


 魔法のこととなるとすぐに信じ込むくせに、ここらへんの彼女の判断基準はよくわからないところだ。


「安心してくれ。世羅さんが言っていたことと、過去にボクが体験したことはよく似ている。つまりは、この二つの体験がさらに異世界の存在をより高めたことになる」


 世羅はファンタジー世界の知識に疎かった。それなのに夢の中で獣人や魔物が登場することはあり得ないはずだ。


「でもさ 二人とも異世界のことは鏡子さんから影響してはじまったのよね?」


「そうなるね」


 鏡子から話を聞いて世羅は知っていたとすれば、それまでだが、あの別の次元から観測者にでもなったような感覚は体験しなければ知るよしがない。


「なんかそれが、手のひらの上で転がされてるみたいっていうか……いなくなった鏡子さんの幻影に操られてるみたいで……」


「ボクや世羅さんが、姉さんに洗脳されてるっていうのか? 何年間も?」


「そこまでのことは言わないけど……鏡子さんの話を聞いて、それが影響して夢にまでみたんじゃないのかなって……」


 鏡子が意図したわけではなく、知らず知らずのうちに集団催眠のようなものにかかっていたと言いたいようだ。


「ばかばかしい。それならダクシャンの存在はどう説明する?」


「わたしには視えないし……」


『オーイ、ワシシはここにおるぞ。ほれ、その(まなこ)でしっかりみぬか小娘よ』


「なんか……底冷えしてきたわね……」


 ダークシャドーは花凜に顔を近づけて、伸びたり縮んだりしながら、けなげにも存在を主張している。

 この影は絡んできた男を撃退したり、鏡の位置を正確に把握したりもしたのだから、幻覚なわけがない。そしてこのダークシャドーが実在していることこそが、異世界の存在を証明したこととなる。


「でもね、二人の共通しているところが依存してるところだと思うのよ」


「依存?」


「現実の苦しみや大切な人を失った悲しみを、異世界が実在していると思い込んで逃避しているような、そんなふうにわたしからは見えるっていうか……」


 異世界に依存していることに関しては返す言葉がない。

 ここではない世界で失った鏡子は生存し、さらにはいま不自由な暮らしが向こうの世界にたどり着けば解決する、そう信じてしまっている。


「心配しなくても異世界はある」


「あれはどうなの? 師匠の見た異世界は西洋風で世羅さんの見た異世界は和風だったわよね? 世界観が違うんじゃない? おかしいわよ」


 さすがは弟子だ。いいところを突いてくる。

 翔琉は立ち上がって腰を伸ばす。


「そこはボクも考慮していたんだ。そしてひとつの答えが導き出された」


「なに?」


「たぶん世羅さんが見たのは異世界の中でも遙か東方の国だ。そして姉さんがまず異世界の地に降り立ったのはそこなんじゃないかと思う」


「東方の国ってなに?」


「ファンタジーではよくある設定だよ。遙か東方の国、そこでは和をテイストとした国がある。本来であれば中盤から終盤に向かうことになるはずなんだけど、さすがは姉さんだ。ベリーハードが適正と判断されたんだろう」


 生態系も変わってくるから生息する魔物も手強い。

 そうなるとかなり苦労したはずだ。 


「またよくわからないことを流暢に話すわね……どういう脳内してるわけ?」


 どんなことでも拡大解釈して異世界へと帰結させる。

 これこそが、異世界を本気であると思い込む男の想像力なのである。


「とにかく、これから異世界転移の儀式を執り行う。きっとなにかしらの成功を得られるはずだ」


「そう、じゃあわたしも参加するから」


「キミの協力があってのものだ。もちろん許可する。それにもしかしたら、いきなり旅立つことになるかもしれないし、キミには生き証人になってもらいたい」


 翔流は異世界へと旅立った。そうだれかに事の顛末を伝えてもらえれば、嘘みたいな本当の話が広がり、同じように異世界を羨望して苦心している人を救えるかもしれない。

 そして伝説になるのだとまた妄想を膨らませていると、花凜は予想外なことを口にする。


「なに言ってんのよ。わたしも行くわよ」


「どこに?」


「異世界よ。手伝ってきたんだし、当然じゃない。もちろん、行けたらの話しだけど」


「……許可できない。どんな危険が待ち受けているのかわからないし、それに親御さんが心配するだろ」


 旅行感覚で足を踏み入れて良いところではない。常に危険がつきまとい、路頭に迷えば大使館もない土地では保護してくれるはずもなく、身の安全を保証することなどできない。


「なによ、それ! 自分だけずるいじゃない! それに魔法はどうするのよ! 教えてくれるんじゃなかったの!?」


「だから魔法の知識を与えてるだろ。それにいまもこうして魔法陣の描き方もみせている。そもそもキミは異世界には興味がないんじゃなかったのか?」


 異世界の存在についていまだ懐疑的な彼女が、同行しようとするのは想定外だった。


「そうだけど……異世界に行った方が魔法が使えるようになるかもしれないじゃない」


「確かに世界の法則そのものが違えば使える可能性はあるとは思うけど……」


「だったら行く! 断るんだったら、その鏡は貸さないから!」


「約束が違うじゃないか!」


「お互い様よ!」


 魔法を教えると約束したが、してあげていることは魔法少女関連の本やゲームを貸してるだけだ。それでは約束を果たしたとは言い難く、師匠としても情けない。


「もういい……好きにしてくれ。そのかわり、責任はとれないぞ」


「わかってるわよ。あんたになんて頼るもんですか」


「そういって救出する展開になっても助けないからな」


「あー、はいはい」


「それと忠告しておくけど、キミはサブヒロインにもなれないから、そのことだけは忘れないように」


「はあ?」


「まあ、ツッコミ要因としては認めるよ」


「だからなにを言ってるのよ?」


 メインヒロインの席はずっと前から埋まっている。これが覆ることはない。

 そして次に大事なサブヒロインは現地調達することで決まっていた。

 それもパーティーメンバーはみんな女性で構成する予定だ。

 妖艶な魔女に、頼りになる女戦士。小柄でおっちょこちょいな妹タイプの盗賊に、聡明で清楚な雰囲気でありながら実は特殊な性癖を持つ賢者。可愛らしい獣人の女性に魅惑的な体型をしたエルフなどの異種族も仲間にしよう。

 そしてハーレムパーティを築き上げながら、冒険を満喫する予定だ。こんな捻くれたギャルは論外である。

 彼女とはどこかで袂を分かてば良いだろう。

 それか酒場に置いていこう。

 もしかしたら闇に堕ちた弟子が敵となって現れる展開もあるかもしれないが、その時はひと思いに葬ってやればいい。

 そして檻に入れて強制送還だ。


「それともうひとつ!」


「なによ」


「キミだけが行っちゃうとかいうオチもなしで頼むよ」


「はいはい、気をつけますよ」


「よし! では、準備をするとしよう」


 魔法陣を描き終えた翔流は自室へと戻ると、さらなる支度に取りかかった。


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