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18 ※近くて遠い




 小学校から自宅までの通学路。

 河川敷にある草むらの中で、姉の鏡子がなにかを探すように屈んでいるのを目撃した翔流は声を掛けた。


「キョウちゃーん、なにしてるのー?」


 顔を上げた鏡子は草をかき分けながらこちらへと向かってくる。アホみたいに髪や服にひっつき虫をつけながら。


「野草を摘んでたんだ。翔流も食べるか?」


 鏡子が手に持っていたのは食べられる野草だ。

 いつも下校途中にこうして食料を調達して帰っている。


「……やめとく」


「なら、ドングリや椎の実もあるぞ。これでまたデザートを作ろう」


 ポケットの中はドングリや椎の実でパンパンに膨れあがっていた。

 鏡子は自給自足の生活を意識している。しかもどんどんと度が過ぎて、日に日に浮き世離れが深刻化している。

 両親も娘が逞しく育つのは喜ばしいことと思いながらもやはり女の子だ、ちゃんと女性らしく育って欲しいと様々な教育も施したが、お転婆娘にはすべて徒労に終わった。

 それにサバイバルな料理に目覚めてからは、健康の心配と、ご近所からは家で食事を満足に与えられてはいないのではないかと噂され、止めるようにと窘めたのだが、それすらもいっこうに聞き入れようとはしなかった。

 なにせ鏡子にしたら今後の死活問題に関わることなのだから、止めるわけにはいかない。


「あれは不味かったからもういいって……」


「なんだよ、せっかく作ってやったのに」


「だいたい、家に帰れば食べ物はいくらだってあるし、そんなもの無理して食べる必要ないよ。――じっとして、ひっつき虫つけてきすぎだよ……」


 翔琉は鏡子にくっついた、ひっつき虫や草を一緒になって払ってあげた。


「異世界でお菓子が簡単に手に入るかわからないだろ。それなら調理スキルを高めるためにも、自らの手で作れるようになっておくことが大切なんだ」


 現世の物には興味がない。みえているのは別の世界のことばかりで、そちらを基準に物事を捉えている。


「でもさ、同じ食材があるとは限らないんじゃない?」


「あっ!? ……き、きっと、代用できる食材があるはずだ……なんとかなる」


 どうやらそこは盲点だったらしい。


「それにまたお腹を壊したらどうするのさ……」


 はじめて鏡子の作った料理をなにも知らぬまま家族で食べ、一家で集団食中毒になるという大惨事があった。

 そんな経験があっても鏡子はめげることなくサバイバル料理を続け、付き合わされる翔流だけが、いつも巻き添えを食らっていた。


「それもまた訓練なんだって。内臓も鍛えておかないと」


「病気になったら大変だよ」


「それを治すのも、また大事な訓練なんだ」


 苦行がなんでも成長の糧となってしまうのだから幸せ者だ。

 けれどこの夢見がちで無鉄砲な鏡子は楽観的ではない。過酷な状況も想定して、そこから生き抜いていく術を模索している。

 病気になっても薬は飲まないし、痛み止めが必要なときも拒否して痛みを耐え抜く道を選択する。すべては異世界にあるとは限らないからと。

 本気なんだ。

 異世界に行くことが。


「なんかキョウちゃん、どんどん変人になっていく……」


「失礼なやつ」


 少し前までの鏡子は親に心配を掛けるような無謀なことをする少女ではなかった。まだ女の子としての奥ゆかしさがあったが、いまはそれが微塵もない。


「だって変だもん……いましてることも、言ってることも全部が変……」


「なんだよ……翔流までそんなこと言うのかよ……」


 鏡子は珍しくこの言葉に傷ついたようで、肩を落とした。


「それって……友達にもなにか言われたの?」


「いや、友達は興味を持ってくれてるけど……友達の親には色々言われてる……やってることが、気味が悪くて危ないって」


「まあ、そうなるよね……」


「夏休みに曾祖父ちゃんに鶏の絞め方を教わったろ。あれを聞いて、異常なことだって……子供がやるようなことじゃないってさ……」


「あれか……」


 夏休みに父の実家で、飼育している鶏を一羽調理した。血抜きのために生きた鶏を逆さ吊りにして首を切り落とし、アルミ製の桶の中に血が滴り落ちていく光景はトラウマものであった。

 曾祖父は情操教育のためにとやったことだったが、これに両親は懐疑的であった。けれど鏡子は真摯に受け止め、生命と食にたいしてなにかを学び取っていた。

 一方の翔琉はというと、遠目から観察するだけで、夕飯の食卓に出てきた鶏の料理にも箸が進むことはなかった。


「だから、遊ぶなだって……」


「それはひどいね……」


 鏡子は友達の両親に奇異な目を向けられ、子供心に深く傷ついていた。


「みんなだって鶏肉を食べてるくせに……」


「でもさ、スーパーで売ってるわけだし、あんな残酷なことしなくてもいいんじゃない?」


「そんなの言いわけだ……!」


 曾祖父の時代には子供が鶏を絞めるのごくありふれたことだったそうだが、今の時代では異常な光景にしか映らないのだろう。


「……やっぱり変だよ。そんなことしなくてもいいんだから」


「それじゃダメなんだよ……」


 鏡子がどうしてこんな事をしているのかは理解してる。でも、容認したくはなかった。

 彼女のしていることを許してしまえば、いずれこの国で、そしてこの世界で生きていくことが苦しくなってしまうような気がしたから。


「キョウちゃんは、そんなことをしてどうなりたいのさ?」


「おれは、幻想少女冒険譚のネムや赤竜伝説のジン、それに亡国物語のサチみたいに強くなりたい。そのためにも色々な経験を積まないといけないんだ」


「……よくわかんないよ」


 翔流には理解しがたいことだったが、漫画を教典とし、キャラクターを模倣する。それが鏡子の成長の仕方なのだろう。

 影響を受けた漫画からして、人格に悪影響を及ぼすものではないはずだから、とやかくは言えない。むしろ、こんなに幸せそうな鏡子を止めるのには気が引けた。


「翔流にだって好きなキャラくらいいるだろ?」


「いない」


「だれかしらいるだろ。格好良いって思うキャラや、ついつい感情移入しちゃうキャラとか」


「だから、いないって」


 物語を重要視しているためか、登場人物を好き嫌いでみてはいなかった。登場人物はあくまでも物語の進行役。だからキャラクターの名前すら覚えもしない。

 それに自分は自分としてこのまま成長していくものだとばかり思っていて、どういった大人になりたいかなども考えてはこなかった。


「なら、人でもいい。スポーツ選手や芸能人とか」


「興味ない」


「それなら歴史上の人物とか」


「いない」


 歴史上の人物の遺した偉業や功績は凄いとは思うが、他人事でしかない。


「じゃあ、先生とか先輩とか、父さんとか祖父ちゃん、ヒロト兄ぃや近所のおっちゃんでもいい!」


「身近過ぎてよくわかんないよ」


「だったらもう好きな人でもいい! だれかしらいるだろ!」


「そんなこと言われても――」


 ひとりだけ真っ先に思い当たる人が居て、翔流は口をつぐんだ。

 この世界で一番好きな人。

 自分が持ち合わせていない能力に理不尽な思考。

 とても真似できない相手が目の前に。


「どうした? だれか思いついたか?」


 けれど、そんなことを鏡子に教えたら増長するに決まっている。

 それに逞しい女の子に憧れているなんて、男として情けなかった。


「なんでもないよ。ボクにはそんな人いない」


「なんだよ、つまんないやつ」


 子供にとって無謀な者は勇敢に映る。

 そんな鏡子は、なにも取り柄のない少年にとって果てしなく遠く、とにかく輝いて見えた。

 やはり届くような相手ではない。

 ただ、その後ろをついて行ければそれで良い。

 鏡子の成長を間近でみながら、自分も成長していければそれでよかった。

 

 ――ただ、それだけで。


「あ、そういえば、学校の前に流れてる川にでっかい魚が泳いでるの知ってるか?」


「あんな汚い川に?」


 小学校の近くに流れる川は様々なゴミが不法投棄され、いつも濁っている。とてもじゃないが魚が生息しているようには思えなかった。


「しかもな、白く透明な龍みたいな魚らしいんだ」


「そんな川魚は聞いたことないけど……」


「だろうな。おれが思うにその魚は異世界から泳いできたんだと思う」


 いつもの空想癖がはじまった。

 なにかあるとすぐ、異世界と結びつけてしまうのは困りものだった。


「きっと鯉とかだよ」


「わからないだろ。だからさ、確かめるためにもこれから釣りに行こうぜ」


「まさか……食べるつもりじゃないだろうね……?」


「食うに決まってるだろ」


「やめなよ……絶対にお腹を壊すって」


「なに言ってんだ、翔流も食うんだぞ」


「嫌だよ! また病院に行くことになっちゃう!」


 きっと魚の身は臭くて食べられたものではないだろうし、衛生的にも問題がある


「食ってみないとわかんないだろ。もしかしたら特殊能力が目覚めるかもしれないぞ」


「そんな漫画みたいなことありえないよ!」


「いいから行くぞ。ほら、はやくしろ」


「ぜったいにやめた方がいいって!」


 仲間を牽引していくリーダータイプの鏡子に、いつも振り回されるが、それが楽しくもあった。

 そして日々、自分よりも先に成長していく姉の後ろ姿を、必死になって追いかけ続けた。




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