17 よろしくお願いします
世羅から話を聞かされ、さらに激しい焦燥感が胸を締め付ける。
一刻もはやく異世界へと向かわなければならないと。
「……姉は向こうでうまくやれているのでしょうか」
「彼女は強いから大丈夫よ」
世羅は確信に満ちている。
鏡子に接したことがある人ならきっとそう思うはずだ。
それだけ鏡子は強く、不思議な魅力のある人だった。
「そうですね……姉さんならきっと無事ですよね……」
右も左も分からず、頼るべき人もいない世界。
ホームシックにだってなるだろうし、人間不信にもなるだろう。
きっと最初の試練にぶち当たっていたんだ。
「今頃は向こうの生活を謳歌してるに決まってるわ」
「魔王も討伐し終えて、退屈にしているかもしれませんね」
いまは力を付けて、頼もしい仲間もでき、世界を平和に導いてくれているはずだ。
自分が行ったとき、敵が居ないのは困りものだが、その後の世界である魔王軍の残党と、新たな悪の脅威を駆逐する冒険の旅をしていけば良い。もしもの時はスローライフだって悪くない。
「いまは、だれかのもとで仕えてたりするのかしらね」
「姉さんには無理ですよ。じっとしているなんて」
「だったら海賊とか?」
「いくら姉さんでも略奪はしませんよ」
「そうね。そうなるとまだ冒険でもしているのかしら」
この人もかなりぶっ飛んだ人のようだった。
どうやら鏡子を愛した人達は変わり者が多かったようだ。
そして翔流と世羅のぶっ飛んだ思考についていけずにいた花凜は、話しを空想の世界から現実の世界へと引き戻していった。
「あのー、盛り上がってるところいいですか?」
「なにかしら?」
「つかぬ事をお聞きしますが、世羅さんのご主人はどんな方なんですか?」
世羅のハートを射止めた夫はどんな人なのだろうかと、羨ましさ半分に興味があった。
けれど家庭事情の質問にたいして、さきほどまで生き生きとしていた世羅の眸が虚ろになっていく。
「……戸籍上の主人とは別れたわ」
一瞬にして空気が凍り付き、しでかした花凛の顔は見事なまでに固まった。
「元々、親の都合であてがわれた政略結婚でしたから、愛なんてなかったの。夫婦生活も千湖が生まれてきてくれたことが私の唯一の救いで……ううっ」
「あの、千湖ちゃんの前でそれは言わない方が……」
「大丈夫よ。家にはほとんど帰ってこない人でしたし、それに娘を愛す素振りも見せず、千湖もたまに家に寄る変なおじさんとしか思ってませんでしたから」
「そうなんですか……」
大人の込み入った事情に迂闊に踏み込んでしまったことに、手をもてあました花凜は押し黙ってしまう。
助け船を求めるように翔琉を見たが、頼りにならないこの男はメロンソーダ飲むそぶりを繰り返しているだけだった。
すると今度は世羅から質問を投げかけられた。
「あの、私からもひとつ二人に質問してもいいかしら?」
「なんですか?」
「二人は恋人同士なのかしら?」
この突拍子もない質問に、翔流はストローで啜っていたメロンソーダを爆発させた。
「ブッー!? ――ゲホゲホ……ゴホッ! ば、バカを言をないでください!」
「あら、違うの?」
「当たり前じゃないですか!」
花凜もまた、「そそそ、そうですよ、だれがこんな奴と!」と、二人で激しく否定する。
「彼女は女子高生ですよ!」
さきほど花凜の部屋で欲情しそうになったが、これは倫理的に重要なことだ。
「恋愛なら問題ないわよ」
「問題大ありです! 法律や条令が認めても、そんな不貞はボク自身が認めません!」
「ずいぶんお堅いのね。じゃあ、二人の関係性はなに? お友達?」
「関係は……その……師匠と弟子です」
「なんの師弟関係なのかしら?」
世羅にならすべてを曝け出しても問題ないだろう。
「異世界の研究です。おもに異世界へ行くための魔法などを中心に研究を重ねてるんです。そして彼女が……弟子というか、助手というか……そんなとこです」
「まあ、素敵な研究をしてるのね。ぜひ、異世界に行くときは私と千湖も誘ってね。おいしいお弁当を用意するから」
「ピクニックに行くわけじゃないんで……」
「もちろんわかってるわよ」
完全に頭がお花畑というやつなのだろうが、それを指摘する資格はこちらにはない。
「でもなおさら共同作業をしていたら、関係が深まっていきそうだけど。それに師匠と弟子が恋に落ちるっていうのも背徳的で盛り上がっちゃうんじゃない?」
「いやいや、ありえませんよ。だいたいこんな頭の緩そうなギャルは趣味じゃありません」
花凜に対して恋心など一欠片もないことを伝えようとしたのはいいが、大人の女性を前にして見栄を張ろうと口が過ぎてしまい、隣で花凜がむっとするのが伝わってきた。
「翔流くんはそうでも、彼女の方はどうなの?」
話を振られて花凜は「絶対にないです!」と力強く断言する。そりゃそうだ。
「好みじゃありませんよ、こんな頭のおかしいシスコンオタク引きニート!」
「おい! 言い過ぎだろ!」
「事実じゃない!」
まるで貶し合う二人に世羅は満足したようにうなずいた。
「だったらべつにいいわよね?」
そして世羅は鞄からハンカチを取り出し翔流に顔を寄せると、鼻に付着した生クリームを丁寧に拭いていった。
「なっ……!?」
花凜は唖然とし、翔流は年甲斐もなく顔を真っ赤に染めると世羅は微笑む。
「ずっと気になってたの」
「え、あ、す、すみません」
「どういたしまして。それよりも翔流くん」
「は、はい!」
「これからは娘共々よろしくお願いします」
「はあ、よろしくお願いします……て、なにを?」
「なんでしょう。うふふっ」
世羅は意味深長なことを言うと、後は柔和に微笑むだけだった。




