16 旧友
『ずいぶん美味そうに食べるではないか』
ドアベルが心地よい音色を奏でる神社近くの古い喫茶店。
テーブルを挟んで対面側には世羅の娘、最上千湖は満面の笑みで大きなフルーツパフェと格闘している。
その横でダークシャドーが纏わり付くようにしながら、興味深そうに観察していた。
「千湖ちゃん、生クリームがついてるわよ。取ってあげるからこっちを向いて」
花凜は見た目によらず面倒見がいいようで、紙ナプキンで丁寧に千湖の口元をぬぐってあげていた。
「ありがとう、おねえちゃん」
「いいえ。千湖ちゃんはパフェが好きなのね」
「うん、おいちいよ。ねっ、おにいちゃん」
花凜の横でパフェを牛丼のように貪り食っていた翔流は、我に返って顔を上げた。
翔流の顔は鼻や頬、口元までも立派な白ひげが蓄えられたように生クリームまみれになっていた。
「そうだね。おいしいね」
うまい。
いつも菓子パンやお菓子、カップ麺ばかりの食生活において、新鮮な果物や上質な生クリームの味は、飢えた体に至福の喜びを与えてくれた。
子供のような反応を示す翔流に花凜が顔をしかめ、紙ナプキンを突きつけてくる。
「あんたのは自分で拭いなさいよ……」
「なにを?」
「……口についた生クリーム」
「ん? ああ」
紙ナプキンを受け取り口元を雑に拭うが、鼻には生クリームが付いたままだ。
「まったく……いい大人がパフェにがっつくなんてみっともない……」
男がパフェを食べるのは恥ずかしいことなのはわかる。だが、味覚も精神年齢も子供とたいして変わらない男は、ついつい千湖に便乗して頼んでしまった。
「キミこそなんだ! ブラックコーヒーなんて頼んで見栄を張るんじゃない。本当はパフェが食べたいんだろ? ほれ、一口どうだ?」
「いらないわよ!」
花凜は大人の女として振る舞おうと無理をしているのだろう。渋面になってコーヒーを啜っていた。
「だいたい、どうしてついてきたんだ。キミには関係ないだろ」
「気になるじゃない……あんなこと言われたら」
異世界に行き、鏡子と再会したいう旧友。そのことを詳しく聞くために、この寂れた喫茶店に入ることとなった。
当人である世羅は、先方との予定をキャンセルするために外で電話をしていた。
そして花凜と翔流がいがみ合っていると、予定の調整を済ませた世羅が戻ってきた。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
「いえ、時間を作っていただいて申し訳ないです」
「いいのよ、私も話がしたかったから」
「それで早速ですけど、姉さんとのことについてお聞かせください」
「そうね、まずはなにから話そうかしら」
美しい思い出がたくさんあるのだろう。世羅はまるで乙女の頃に戻ったかのように楽しそうだった。
「あの、世羅さんは姉とは学校で知り合ったんですか?」
「いいえ、私は彼女よりも二つ年上で女子校でしたから。それに、他校との生徒とは交流がなかったわ」
「二つ上……というと、当時は女子高生……」
「そう。カルベル学園に通ってたのよ」
「あのお嬢様学園にですか」
裕福なご家庭のご息女が通うエスカレーター式の女学園だ。
男からすれば謎と神秘に満ちた楽園であり、地元の人間がそこの生徒をみかけると、ついつい足を止めて見入ってしまう高嶺の花。
世羅は華の女子校生活のなかで育ったからこそ、姉とは対照的に女性らしく育ったのだろう。
「海外で幼少の頃から暮らしてたから、途中転入ですけどね」
「世羅さんは外国育ちで?」
「母は外国人なのと父の仕事で海外を転々としてたから、日本での暮らしになかなか慣れなくて、学生時代は苦労したわ」
「では、どこで姉と出会ったんです?」
「街中で、彼女に救ってもらったことがあるの」
「救ってもらった?」
「ええ。家でパパから私の婚約について聞かされて、それが嫌で飛び出したことがあるの。そしたらうちのボディガードが無理やり連れ戻そうとして、とにかく無我夢中で抵抗していたら鏡子が現れた。
それで暴漢に襲われていると勘違いした鏡子があっという間に屈強なボディガードをやっつけて、私を連れて逃げてくれたのよ」
「姉さんが、ですか……?」
「まるでアクション映画のヒーローみたいだったわ」
いつも欠かさず睡眠中ですらトレーニングをしていた鏡子ならありえる話しだ。当時はまだ十五歳の未成年ではあったが、一般的身体能力の成人男性が二、三人束になってかかっていっても鏡子を打ち倒すことはできないだろう。なにせ鏡子が敵と定めていた相手は人外の怪物を想定していたのだから、生半可な鍛錬ではなかった。
「それでその件を切っ掛けに友人になったと……」
「私には白馬に乗った王子様が助けてくれたように見えて、一目惚れだった。だって彼女、ぱっとみ男の子に見えるんですもの」
意思に反した婚約を押し付けられた日に、鏡子に救われたら運命的なものを感じてしまうのも無理はない。
「好きだったんですね」
「うん。翔流くんもでしょ?」
「……はい」
鏡子は見た目では背丈の高い美少年のような容姿をしていて、まるで男装の麗人として男役をこなす歌劇団のなかに居ても遜色なく、同性からも異性からも人気があった。
「鏡子は本当に不思議な子だった。話してることは壮大で遊びにしてもめちゃくちゃ。ついていくのがやっとだったなぁ」
「わかります……自分も散々な目に遭わされましたから」
鏡子を愛し、同じような被害を被った者同士、世羅との会話は弾んだ。
奇妙なことだ。
鏡子という一人の女の子が消えてもなお、こうしてまただれかと縁を結び付けてくれている。
それだけ彼女の存在は大きかったのだろう。
「それで姉さんと異世界で再会したというのは、どうやって?」
「彼女が居なくなってから私、もう一度、鏡子に会いたいって毎日毎日、泣いて泣いて、神様にお願いをしてたの。そしたらね、体がフワフワして、気がついたら別の世界に居たことがあるの。まるで浮遊する幽霊さんになったみたいに」
抽象的すぎてよくわからないが、自分と同じように精神だけが転移したということなのだろう。
「どんな世界でした?」
「まるでお伽噺のような世界だったわ。古風な街並みに、お城なんかもあって、まるで戦国時代のようだった」
「戦国時代?」
「それに大きな鳥さんが人を乗せて空を飛んだり、大きな恐竜さんや鬼のような人達が自然の中で生息してた。それにワンちゃんや猫ちゃんの扮装をした人が歩いていたり、刀を持った人達も多く居たわ」
「えっと……恐竜や鬼ですか?」
「ええ、たくさん。それですぐにここが異世界なんだって気づいたの」
翔流が少年時代に体験した経験に酷似している。
まるで幽霊か神にでもなったかのように世界を観測する不可思議な感覚。彼女も同じ体験をしたのだろう。
ただ気になるのは、彼女の表現が独特なのか、その世界に登場する人物達と世界観が多少異なっているようだった。
『ふむ。この女の言っていることは真のようじゃな。人を乗せて飛ぶ鳥は、鳥獣のことじゃろう。訓練された鳥獣は鳥騎として移動手段で重宝されておる』
さすが異世界から来た悪魔。貴重な情報を提供してくれる。
「となると、鬼は魔族、恐竜は魔物のことか」
『人の姿をした犬や猫は獣人などのことじゃろうな』
紛れもなく、翔流が望郷の念に駆られるように思い焦がれてきた世界である。
「姉さんとは……再会したんですよね?」
「もちろん。会いたい、そう強く思ったら、映画の場面が切り替わるみたいに、気がついたら彼女の傍に移動できていたのよ」
「やっぱり仲間を連れて冒険でもしてましたか?」
鏡子の活躍が聞きたかった。
夢にまで見た世界でどんな功績を残しているのかを。
けれど、世羅の表情は曇りだし、声を落とした。
「ずいぶん窶れてた……顔や体中に傷をつくってボロボロになりながら、ひとりで森の中で暮らしていたみたい……」
「……冒険は、してなかったんですか?」
「そんな様子はなかったわ……傷だらけになりながら生きることに必死だったみたい……そのせいなのか、なんだか少しだけ怖かった……」
翔流が想像していた鏡子の姿とは大きく乖離しているようだった。
「それにどこか淋しそうだった……。きっとなれない土地で苦労したのね。私、なんだかみていて胸が締め付けられて、何度も声援を送ったの。でも……声は届かなくて、彼女に寄り添っていることしかできなかった……。
そしたら、また意識がすーっと遠のいていって、視界が広がったと思ったら、この世界に還って来ていたの。それからはいくら異世界に行こうとしてもダメだった……」
翔流は言葉を失った。
チートも祝福も得られず、仲間もいない異世界。
そこで鏡子はどんな暮らしを送っていたのだろうか。
そしていまはなにをしてるのだろう。
なによりも自分が約束を果たせず、守ってやれなかったことが悔しかった。
それにあれからもう十三年。
いまだこの世界に縛られ、悠長なことをして時間を無為に過ごしてきた自分が許せなかった。




