13 パンドラのクローゼット
禁断の扉が開かれると、そこはまるでお花畑のように甘い香りがしていたとでも表現するべきだろうか。
息を吸うたびに甘い香りが鼻腔をくすぐり、頭がふらふらとした。
「深呼吸しないでよ、気持ち悪い……」
「し、してないよ」
「だったら息を止めて、そのまま死んで」
「いくらなんでも辛辣すぎないか……」
こんな粗暴な女ではあるが、部屋は意外にも普通の女の子の部屋だった。
白色を基調とし、部屋は整理整頓がきちんとなされている。思い出の写真が壁や写真立てに飾られ、勉強机には学業に専念しているような痕跡がみられた。
印象的に、もっとヒョウ柄やピンク色などの蛍光色の強いもので統一されていたり、ポップな感じのポスターが貼られていたりする、サブカル色に染め上げられた部屋かと思っていたのだが、動物のぬいぐるみなどが飾られていたりと可愛らしかった。
意外にも女の子なんだなと拍子抜けしていると、階下から玄関戸の開く音がした。
「もしかして、だれか帰ってきたのかも……ちょっと様子を見てくるから大人しくしてて」
「わ、わかった」
「なんか触ったら殺すからな!」
そう過激に言い据えて、花凜は慌てて部屋を飛び出していき、階段を駆け下りていった。
なんだか、なにかいけないことをしているような背徳感から緊張してくる。
もしも、ご家族に鉢合わせしてしまったら、ご挨拶をしなくてはならないだろう。幸いにも髭を剃って、身形も整えてきた。それにパンツまで新品を下ろしてきたのだ、不測の事態があっても問題ない。
だが、自分の身分をどう明かせばいいのかがわからなかった。
花凜に魔法を教えている師匠だと正直に伝えればいいのか、それとも友人とでも答えておくべきなのか、そんなことを言ったら交際をしているんじゃないかと怪しまれたりしないかなど、考えれば考えるほど厄介な間柄のため、窓から無性に逃げ出したくなってきた。
覚悟を決めて落ち着こうと深呼吸をするが、また甘い香りに気が遠のきそうになる。
『どうした? ふらふらしておるぞ』
「これは……瘴気に当てられただけだ……」
男性の理性を崩壊させる女性特有の香りに酩酊状態だ。
『なんと!? やはり急いで探さねば』
「勝手に触ると殺されるから、花凜くんが戻ってくるのを待とう」
忍耐弱いダークシャドーは『うぬぬっ』と呻き、諦めたように肩を落とす。
『それにしても、お主……あの強情な小娘に甘くはないか?』
「気が強いんだから、しょうがないだろ」
年齢だけではなく、師弟の関係性を飛び越え、鉄拳制裁を加えてくるような女子高生だ。迂闊な真似はできない。
『あんなじゃじゃ馬娘など犯してしまえばよいではないか。そうすれば少しはしおらしくなるであろう』
「キミさ……さらりととんでもないこというね……」
『男とはそういう生き物なのだろ?』
「そんなことしたら、この世界では犯罪なの」
『そうなのか? ずいぶんと息苦しい世界じゃな』
男尊女卑の因習が根強い異世界の倫理観に不安を覚える。
そんな世界で軟弱者が果たして生きていけるのだろうかと。
『しかしのぉ、そこにあるのがわかっていて動けんとは、もどかしくてならんな。あそこにあるのにのぉ』
ダークシャドーが指し示す方向は、何の変哲もないクローゼットだった。
「花凜くんが来たら教えてあげよう」
『うーむ……ちょこっとワシシが探っておくのはどうだろうか?』
「だから触るなって言われたろ」
『それは翔流に言っておったのだろ? それにワシシは物体には触れられんぞ』
「そういえばそうか」
ついつい納得してしまうと、ダークシャドーは『では、斥候として見て参る』と言って敬礼すると、クローゼットの隙間から侵入していく。
「こら、戻ってきなさい……怒られるのはボクなんだぞ。おいってば。――ダクシャン? おーい、どうしたんだ? 返事をしなさーい」
反応が返ってこないため、なにか中で変事が起きたのではないかと心配になる。
「待てよ……まさか、どこかの異世界ファンタジーのようにクローゼットの先に異世界が広がっているんじゃ――いや、まさか……まさかそうなのか!?」
何年か前に観た名作映画を思い返していると、なんだかクローゼットの扉が異界へと続く扉のようにもみえはじめてきた。
もしかしたらこの先に、氷の女王によって雪に閉ざされてしまった世界が広がっているのではなかろうか。
「――待ってくれ! ボクも行くぞ!」
急がねば異世界へと続く扉が閉まってしまうと、勢いよくクローゼットを開くが、そこには異世界とはちがう、まったく別の世界が広がっていた。
「なんだこれは……」
アニメ、野良猫と見習いウィッチの劇場版ポスターが、まず目に飛び込んできた。
さらには真夜中に魔女は嗤うの主人公、ルシロネの妖艶なフィギュアや他にも魔女や魔法少女もののフィギュアがケースに収められて整然として飾られていた。
それだけではなく、ハンガーにはコートなどに紛れさせるように、野良猫と見習いウィッチで主人公ノラの着る華やかな変身衣装が掛けられている。他にも魔女が着るような衣装やマント、三角帽子に玩具のステッキ、細かなグッズ類が所狭しと置かれていた。
「……一体これは――ッ!?」
唖然としていると、翔琉の肩に何者かの手が置かれ、強力な膂力によって握りつぶされた。




