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12 聖域


 宇清神社に訪ねたのはしばらくしてのことだ。


 花凜の予定に合わせ、夕方頃に鳥居の前で待ち合わせて合流した。

 境内から現れた制服姿の花凜は、家にだれも居ないことを確認すると、手招きする。

 この状況がまるで相手のご両親に隠れて逢瀬でもしているようで、緊張しながら鳥居をくぐった。

 

 すると、ダークシャドーが駄々をこねはじめた。


『あああぁ……ワシシには無理じゃ……この先に行きとうない』


「ダクシャンがいないと魔力判別ができないだろ」


『わかってはおるが、気分が悪いんじゃ……すんごくのぉ』


 神を祀る神聖なる神社は見事なまでに魔除けの効力を発揮し、悪魔は体調不良を訴えた。


「いいから急ごう。花凜くんのご家族が帰ってくる前に、目的の物をみつけないとややこしいことになる」


『わかっておる……ううっ、意識が飛びそうじゃ……』


「な、なんか消えかかってないか……」


 真っ黒い影が半透明になっている。


『……なんとか、お主の影に入ってついて行く。だから構わず行ってくれ……ぬああああぁ! 頭があああああぁぁ! 体が引き裂かれるうううううぅぅ!』


「すぐに終わらせて帰ろう」


 弱体化していくダークシャドーを労りながら、どうにか拝殿へと向かう。


「家族が帰ってくるから、それまでに済ませて」


「もちろんだ」


 女子高生の娘が得体の知れぬ男性を連れているところを目撃されたらまずいだろう。それにこちらもいらぬ詮索をされたくはない。それならば身内との接触は極力避けることが望ましい。


 花凜の後に続いて壮麗な拝殿から離れたところにある蔵へと行き、重厚な扉を開き、真っ暗な中へと入っていく。

 中は暗澹とした異様な雰囲気で、至る所にお札が貼られ、人形や骨董品、日本刀に甲冑、絵画や掛け軸、他にも用途不明な品がいくつも安置されていた。

 いまにもなにかが出てきそうな雰囲気のなか、翔流は髪の長い日本人形と目が合い、そっちを向かないように努めながら蔵の中を探索する。


「ここ以外にも拝殿の方にいくつかあるんだけど、そっちのは持ち出すのは難しいかも」


「ならここにあることを祈ろう。――ダクシャン、ありそうか?」


 ダークシャドーは翔流の影から這い出てくると『お、ここは少し気分が楽じゃな』と、蔵のなかを泳ぎ回る。


『ふむ、確かにここは負の力に満ちておるが、どれも封じられておるものばかりだ。それも微弱な力ばかりで強力な魔力を秘めた物はない』


「そうか……」


 翔流が肩を落とすと、花凜が悪魔を捜すような素振りを見せながら問う。


「悪魔はなんて?」


「……残念ながらここじゃないらしい」


「なら、拝殿の方かしら」


『いや、あそこは神聖な力が強すぎて、力が付着してくるとはとても思えん』


「そこじゃないってさ」


「じゃあ、どこにあるのよ」


『うーむ』


 三人で唸りながら思考を巡らす。

 闇の力を持つなにかは、花凜が日常生活を送る上で身近にあるはずだ。そしてそこから花凜に纏わり付いている。


「母屋の方には、なにかこういった物はないのか?」


「持ち込んではないと思うけど」


「そうか……でも、たぶんキミの近くにあるんじゃないかな。気がつかないだけで日用品のなかに紛れ込んでるとか」


「……なんか気味が悪くなってくるじゃない」


 原因不明な不吉な物がどこかにある。そんな見えない恐怖と隣り合わせに生きていくのは、だれだって不安だ。


「そうなると、ダクシャンにみつけてもらうしかないか。とりあえず母屋の方もいいかな?」


「ええぇっ……」


「家の中にあるとなると、気分がいいものじゃないだろ。下手をしたらご家族にまで影響が及んでるかもしれないんだ」


 知り合ったばかりの男を家に上げることにはさすがに抵抗を強く感じているようだったが、優先すべきは家内安全。


「急いでよ……だれかが帰ってきたら困るから」


「わかってるよ」


「……っていうか、わたし……悪魔を連れてきちゃってよかったのかな……」


 いまさらそこに気づいても手遅れだ。

 罰が当たらないことを祈ろう。



 綾加田家の住居は社務所と併設されている。

 つくりは景観を壊さぬよう伝統的な日本家屋となっていたが、中は改築がされていて真新しさがあった。

 こじゃれた料亭のような綺麗に整理された玄関で靴を脱ぎ、「お邪魔します」と声をかけてから、緊張した面持ちで家へと上がる。


 他人の家の独特な匂いや、畳のい草の匂いを久しぶりに嗅いだこと、それに部屋を区切る障子の襖などをみて、なんだか不思議な新鮮みと落ち着きを感じられた。


「物置があるから、もしかしたらそこにあるのかも」


「案内してくれ」


 花凜に先導されながら廊下を進んでいくと、『そっちではない。この真上から感じるぞ!』と、ダークシャドーが天井を仰いで立ち止まった。


「どうしたの?」


「それが、ちょうどこの真上から感じるらしいんだ」


 翔流が指し示して伝えると、花凜は眉をひそめた。


「……その上はわたしの部屋なんだけど」


「それは都合がいい。急ごう」


 階段のある方へと踵を返そうとすると、花凜は回り込んで両手を広げて道をふさいだ。


「よ、よくないわよ! わたしの部屋へは立ち入り禁止!」


「協力してくれるんじゃなかったのか?」


「協力してるじゃない! でも、部屋へは入室禁止!」


「一刻もはやく闇の力を取り除かないと、危険かもしれないんだぞ」


「いいのよ、それで! 部屋に入れるくらいなら闇の力で死んでやる!」


 もの凄い拒絶反応に少し心が痛い。

 今朝、お風呂に入ってから来たというのにまるで汚物のような扱いだ。

 けれど理解はできる。多感な時期の女子高生が聖域である自分の部屋に他人を入れるということは、心の中を覗かれるように嫌なことなのだと。


『こやつ、もしやすでに闇の力に囚われておるのではないのか?』


 ダークシャドーの助言によってすべてが合致した。

 神社の娘でありながらギャルであり、横暴であることなど、その原因は闇の力の影響によるものなのではなかろうか。


「そうか……キミはすでに闇に堕ちてしまっていたから、こんな風に……」

 

 なんて可哀想なんだ。


「だれも闇堕ちなんてしてないわよ!」


「ならば家の人が帰ってくる前に急ぐんだ! まだ本来のキミの意識があるうちに!」


「至ってまともだってば!」


 自覚症状がないということは、これはかなり悪化している可能性がある。


「……そこまで言うなら、ご両親に協力を要請するしかない。キミが闇に堕ちてしまったのも、その悪しき力によるものだと教えれば、きっと協力してくれるはずだ」


「そんなこと絶対やめて! おかしくなったと思われる!」


「ならば頼む! 部屋に入れてくれ! キミのため、ご家族のためでもあるんだ」


 女子高生の部屋に入れてくれと懇願する男。

 もしこの瞬間をご家族にでも目撃されたら、ぶん殴られるだろう。

 そんな見苦しい男を前に、花凜は錯乱したように呻きながら頭をかきむしると、


「ああもう! ちょっと待ってて、片付けてくるから! ……なんではじめて部屋に入れる男がこんな奴なのよ……」


 愚痴をこぼしながら憤然と階段を上っていった。


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