〜大公爵令嬢唯一の敵は天使の微笑み ショートスピンオフ2〜 プロの技
秋晴れというのは、こういう空を見て浮かぶ言葉なのだろう。
エクスグレイトペリー王国のクラレンス王太子は空を見上げた。
さて、そろそろ出番かと、自らの愛馬の頬を撫でる。
エレノア王太子妃への溺愛っぷりは変わらないエレノアの実父、大公爵から
ご招待を受けた競馬の祭典。
平和が続く王国でも、騎馬隊のスキルを維持するために、王家や大公爵家が主催し、定期的に開催されているものである。
今日は大公爵家が主催しているもので、優勝騎士達に与える賞品の豪華さだけではなく、ゴールの先に設けられた屋台をプロデュースを世界一のシェフと讃えられる大公爵家のグランシェフが行っていることで、出場者、見学者が非常に多い人気の大会となっている。
オマール海老のローストが見た目を潤し、しっかり味のブイヨンスープが湯気をたて、具だくさんクレープが甘い香りを漂わせている。
それぞれの料理に合わせたワインや、紅茶、花茶の屋台まで出ており、真っ白なテーブルクロスをかけたテント席やピクニック風クロスの上は、フルコースを一気に並べたような華やかな料理で溢れている。
集っている女性達がレースよりお食事とお喋りに気が行ってしまうのはある意味仕方のないことだろう。
しかし、レースも本格仕様である。
さすが大公爵領に設けられたコースだけあって、1マイルもの直線コースという贅沢な芝の競馬場で、毛づやも優れた馬達が高い騎乗技術でその速さを競っている。
王太子や大公爵が優勝者にお褒めの言葉をかけているのは、雲の上の存在といわれる身分の者との対話という栄誉こそが、騎士達に取っての最高の賞品だということを理解してのことだろう。
騎士達が競った後のメインレースはこの国の頂点に近しいメンバー、則ち王太子、7公爵家の頂点を極めるハイリーフォレスダント大公爵と嫡男アーサー侯
爵。そして身分ではなく、馬を見る目ではという意味で頂点を極めるダーウ゛ィッド伯爵。その4人が腕を競う。
世界中から駿馬を取り寄せられる立ち場であり、幼い頃から最高の指導を受けて培った乗馬技術を持つこのメンバーは、メインレースを飾るのに相応しい。
しかも、今日のゴール地点には、まだ2歳、ヨチヨチ歩きの王子を連れたエレノア王太子妃と、その実母である大公爵夫人に次期大公爵夫人となるアメリア夫人が集っている。その壮麗なるメンバーが、ピクニックがてら王族用テントの中からレースを見守るとなれば、それぞれの愛を競う出場メンバーの熱意も最高潮で、いやが上にもレースは盛り上がる。
スタート地点から、愛情をかけた出場メンバーは前を見据えて緊迫感が高まる。
そして、いよいよスタート!
さすが世界の名馬といわれる馬達。柔らかいのに力強い踏み込みで芝の上を駆けていく。
序盤は、ダーウ゛ィッド伯爵の馬が優勢なものの、中盤からは各馬お追い上げがあり、どの馬が勝ってもおかしくない展開。
自分の出番を終えた騎士達も固唾を呑んで展開を見守っている。
最後の追い上げ、先頭を切る大公爵の馬を鼻差で王太子の馬が抜き、優勝を決めた瞬間。
レースに出場していた4頭よりも明らかに速く、まるで裸馬が飛んでいるような動きを見せて2頭の馬がコース横を駆け抜けていった。
「天馬か、風か。」
騎士達は幻でも見るかのようにその馬達を眺めるが、すぐにそれでは失礼だと王太子の速さとそれ以外の3頭の惜敗ぶりについて熱く語り出した。
優勝した王太子と準優勝の大公爵は、さすが大物。何事もなかったようにお互いの勇姿を讃えあう。横目で天馬の行き先を確かめつつも。
はてさて、その天馬から颯爽と降り立ち、涼しい顔で王族用テントに入った二人。
「お忘れものをお持ちしました。王太子妃様。」
「お忘れものをお持ちしました。大公爵夫人。」
なんと、王太子に仕える侍従と大公爵家執事のロバートだった。
侍従から王太子妃エレノアに手渡されたのは、子供が手作りしたと丸わかりな金メダル、銀メダル、銅メダルが二つ。
ロバートから大公爵夫人に手渡されたのは、大小2つ。深紅の王者を思わせるマントだ。
「はい。お父ちゃま!おじいちゃま!おじちゃま!からの頑張った賞です。」
「これは、私から。王者クラレンス王太子殿下に。王子用のミニマントとお揃いよ。」
微笑ましい情景に、ホッコリしながらも、騎士達の目線は天才的な騎乗を見せた侍従とロバートを目で追っている。
この二人がいつも空気のように王太子や大公爵の行く先々に起こる問題を先回りして解決している。それを可能としているのは主人をも超える技術を秘めているからか。と、誰も口に出してはいわないもののそう考えているだろう視線が交錯しあう。
そんな騎士達の視線もさっくり無視し、自らの騎乗技術などなんとも思っていないかのように、目的のお届けものを渡した二人はその場を立ち去ろうとしている。
その主達がそっと近づき、それぞれに耳打ちする。
「このタイミング、その速さで早馬を走らせるとは。主の面子が大事ではないのか!」
ご立腹の二人の主に、声を揃えてしまった侍従と執事。
「「滅相もございません。」」
「「ただし、先代からの教えは忠実に守らねばなりませんので。」」
先代からの教え。
「間に合って良かったわね。最高のご褒美を渡せて満足だわ。」
と、ご機嫌に微笑みあう大公爵夫人と王太子妃を見て二人の主も思い出した。世界一高い地位を誇る両家の家訓を。
『誇りより 唯一勝るは 妻の機嫌』
確かに。妻子が自分のために喜んでくれている姿より、欲しい栄誉は何もない。
珍しく、舅と婿の意見があったある日のひとコマ。