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第2話:不運な男と、2回目のお祈り。

1. 虚無の回廊と渇いた胃袋


「ハジメ、足元気をつけろよ。そこ、なんかぬるぬるする。いや、ぬるぬるっていうか、さっきの蜘蛛の残骸の液体がここまで流れてきてるっぽいな……」

「言われなくてもわかってる……。っていうかレン、お前体力ありすぎだろ。アメフト部でもないのにその無尽蔵のスタミナは何なんだよ。少しはその頑丈さを俺に分けてくれ……」

黒野創(ハジメ)は、割れていないメガネのブリッジを人差し指で押し上げながら、今にも地面に膝をつきそうな自分を必死に奮い立たせていた。

最初の蜘蛛型魔獣――現地の言葉で『迷宮の番人』などと呼ばれるらしい化け物を、ハジメの固有能力『失敗の検証・再現(エラーログ・シミュレーター)』によるバグ発見と、陣内蓮(レン)の『緊急蘇生・心肺蘇生(リブート・デバッガー)』という文字通りの命がけのコンビネーションでなんとかハメ殺した二人。

しかし、劇的な逆転劇が終われば、あとに残されたのは、特別な戦闘技術もなければ、現地の常識も持たず、ついでに現代日本での内定も一つとして持っていない、ただの一般人大学生コンビだった。

ハジメの足取りは、まるで100キロの鉄球を引きずっているかのように重い。

蜘蛛を討伐してから、暗い、あまりにも暗い地下遺跡の中を、かれこれ3時間は彷徨い続けている。周囲の壁面を覆う発光苔のぼんやりとした緑色の光だけが、自分たちの輪郭を辛うじて浮かび上がらせていたが、それが逆に不気味さを引き立て、精神的な疲労に拍車をかけていた。空気がひんやりと冷たく、カビと、先ほどの戦闘で飛び散った魔獣の体液が混ざったような、胸がムカムカする嫌な臭いが鼻腔にこびりついて離れない。

「なぁハジメ、お前のその『エラーログ』ってやつでさ、地上の出口までの最短ルートとか、近くにある自動販売機の場所とか検索できないのか? 贅沢は言わないから、冷たいポカリスエットが飲みたい。なんなら水道水でもいい」

レンが、かつて盾代わりに使った、蜘蛛の突進でひび割れてしまった平たい石の板を杖代わりにしながら愚痴をこぼした。

「無理に決まってるだろ。Googleマップじゃないんだから……。俺の能力は、自分が死ぬ寸前の最悪な未来を脳内で強制的に『超高速体験』させられるだけだ。迷子になったくらいじゃ、あの激しい頭痛も鼻血も出ないよ。発動条件が『致命的な不具合の検出』、つまり俺の死だからな。道に迷うのは世界のバグじゃなくて、俺たちの頭のバグだ」

グゥゥゥ……。

静まり返った遺跡の回廊に、二人の腹虫が盛大にハモって響き渡った。

極限状態の戦闘を経て、二人の胃袋は完全に空っぽだった。喉はカラカラで、唾を飲み込もうとしても口の中が干からびていてうまく飲み込めない。

「クソ、101社も面接に落ちて、最後は異世界の地下で餓死なんて笑えねえぞ。ニュースにもならないし、親にも顔向けできん……」

「俺だって嫌だよ。もし死んだら、またレンにお前のHP削ってショックボタン押してもらうことになるんだぞ。あれ、生き返る側も心臓がひっくり返るくらい痛いんだからな。二度とやりたくない」

二人はお互いに文句を言い合いながらも、決して足を止めなかった。小中高とずっと一緒だった。ハジメがプレッシャーに弱く、本番でいつも実力を発揮できない情けない男であることも、レンが頭を使うのは苦手だが、ここぞという時の思い切りの良さとハジメに対する信頼だけは絶対に揺るがない男であることも、互いに骨の髄まで理解していた。だからこそ、こんな絶望的な状況でも、不思議と絶望しきってはいなかった。

その時だった。

「……ん? レン、見ろ。あそこ、光ってないか?」

ハジメが、前方の暗闇を指差した。

うねるように続く崩落した岩肌の遥か上方に、不気味な苔の緑光とは明らかに異なる、どこか暖かみのある、眩しいほどに白い光の筋が差し込んでいた。

「本物の、太陽の光だ……!」

二人は顔を見合わせ、最後の力を振り絞って崩れた石柱の瓦礫を這い上がった。鋭い岩角で手のひらをすりむき、服を泥まみれにしながらも、必死に光の源へと身体を滑り込ませる。狭い岩の隙間をすり抜け、這い出るようにして外の世界へと躍り出た。

その瞬間、ハジメの視界を埋め尽くしたのは、圧倒的な光の洪水と、耳を刺すような喧騒だった。

「すげえ……」

ハジメは思わず、その場に立ち尽くした。

眼下に広がっていたのは、活気あふれる巨大な石造りの街並みだった。中世ヨーロッパを思わせる赤レンガの屋根が地平線の近くまで連なり、細い路地には無数の人々が行き交っている。馬車の車輪が石畳を叩くリズミカルな音、露天商が声を張り上げて客を呼び込む声、どこかの食堂から漂ってくる香ばしい肉の焼ける匂い――。すべてが、自分たちが先ほどまでいた、あの死と静寂に満ちた地下遺跡とは真逆の、「生」のエネルギーに満ち溢れていた。

「生き残ったんだな、俺たち。本当に、元の世界とは違うみたいだけどよ」

レンが、かつて駅のホームで缶コーヒーを差し出してくれた時と同じように、ハジメの肩をバシッと力強く叩いた。その手の温もりが、ここが現実であることを教えてくれる。

だが、感動に浸る時間など、この理不尽極まりない異世界というシステムは、最初から一秒たりとも用意していなかった。


2. 不運の限界突破と、2回目の心停止


大通りへと繋がる緩やかな坂道を下り、異世界の街並みにキョロキョロと首を動かしていた、まさにその時だった。

前方の大通り、角を曲がった先から、地響きのような凄まじい足音と、一人の男の悲痛な絶叫が近づいてきた。

「どけ、どけぇーーーっ!! 誰か止めてくれ、マジで死ぬ! 誰でもいいから助けてくれーーーっ!!」

ハジメとレンが身構えるより早く、その男は姿を現した。

革の胸当てに大剣を背負った、いかにも「冒険者」といった風貌の青年剣士だった。なかなかの美形であり、整った顔立ちをしているのだが、今はその顔が恐怖と絶望で完全に引き攣り、白目を剥きかけている。

そして、何よりも異常だったのは、彼の背後だった。

彼の後ろには、通常のイノシシの倍はあろうかという巨体に、血のように真っ赤な目を爛々と輝かせた、凶暴な野生のイノシシ(ワイルドボア)の群れが、なんと5頭も鼻息を荒くして、猛スピードで突進してきていたのだ。石畳がその爪で削られ、火花が散っている。

「おいおいおい、なんだあいつ!? 闘牛士の失敗作か!? なんで街の中でイノシシのパレード先導してんだよ!」

レンが驚愕の声を上げ、バックステップを踏む。

この青年剣士――ガロンは、決して実力がないわけではなかった。むしろ、現地の同年代の中ではトップクラスの剣技を持つ男である。だが、彼は生まれつき、神に見放されたとしか思えない圧倒的な「不運属性(バグ)」を背負っていた。彼は午前中、街の外の安全な草原で、普通に薬草を採取していただけなのだ。しかし、彼の持つ不運のせいで、確率0.1%以下で発生する「野生の魔獣の突然の暴走イベント」のヘイトを完璧に買ってしまい、街の中まで命からがら逃げてきたのだった。

「こっちに来るぞ、ハジメ! 脇の路地に逃げ――」

レンがハジメの服の袖を引こうとした、その瞬間。

ハジメの身体が、ビクッと奇妙に硬直した。心臓が跳ね上がり、視界の端にノイズが走る。

(クソッ……またこの、頭が内側から爆発しそうな感覚……! 来る、エラーログだ……!)

ドクン。

世界の色彩が完全に失われ、時間が100分の1の速度へと超スローモーションになる。静寂に包まれた精神の世界。ハジメの脳内に、無機質なシステムメッセージと共に、本日2回目の『失敗の検証・再現(エラーログ・シミュレーター)』の凄惨な未来映像が流れ込んできた。

【シミュレーション・ルートA】

ハジメとレンが、右側の果物露店の陰に飛び退いて難を逃れようとした場合。突進してきたイノシシの巨体が露店の木樽を跳ね飛ばし、その破片と鉄輪が時速100キロを超える速度でハジメの側頭部を直撃。頭蓋骨粉砕および首の骨が折れて即死。レンは巻き込まれて重傷。

【シミュレーション・ルートB】

逃げてきた青年剣士(ガロン)が、必死に走るあまり足元を見誤り、石畳の「昨日までは存在しなかった謎の小さな不自然なくぼみ」に左足のスパイクを引っかけて前方に派手に転倒。その凄まじい前傾の勢いの拍子に、彼が手放してしまった鋭利な大剣が、空中を回転しながらハジメの胸の真ん中を正確に貫通。心臓破裂により即死。

(おいおいおい! 街に入ってまだ1分も経ってねえんだぞ!? なんで即死ルートが綺麗に2つも用意されてるんだよ! この世界、俺の耐久力(ステータス)を一般人以下、いや、ただの豆腐か何かと思ってないか!?)

ハジメは脳内で血の涙を流しながら、ルートBの映像をコンマ数秒単位でデバッグ(分析)し始めた。

青年が転倒する原因となる、石畳のくぼみの正確な位置。彼がバランスを崩して吹っ飛んでくる放物線の軌道、そして大剣が手放される角度。すべての「データの不具合」を、持ち前の観察眼でハッキングしていく。

「レン!!」

ハジメは両目の端から、精神的過負荷による血をタラリと流しながら、現実世界へと意識をリブート(復帰)させ、大声を張り上げた。

「あいつ、あと3秒後に、その先にある石畳の隙間に左足を引っかけて、こっちに頭から吹っ飛んでくる! お前はその拾った石板を盾にして胸の前に構えろ! あいつを肉体(タンク)で完璧に受け止める準備をしろ、衝撃に備えろ!」

「おう! 101社落とされてメンタルが狂ったお前の予言だ、100%信じるぜ!」

レンは理由を一切問うことなく、ボロボロで今にも割れそうな石板をチェストプレスのポーズで構え、野球の捕手のようにグッと腰を深く落とした。

「3、2、1……今だ!!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」

ガロンがハジメの予言したまさにその瞬間、何もない平坦に見える石畳のくぼみに足をとられ、盛大に前方にスライディングするように吹っ飛んできた。そこへ、レンが「ぬんッ!!」とアメフトのブロックさながらの凄まじい気迫でガロンの身体をキャッチする。

ドグシャァッ!!

鈍い肉体同士の衝突音が響く。レンの鉄壁のホールドにより、ガロンの身体は地面に叩きつけられるのを免れたが、その凄まじい遠心力のせいで、ガロンの手から大剣が離れ、空中を風切り音を立てて回転した。

ビシッ、とハジメのメガネのフレームをかすめるようにして通り過ぎた大剣は、そのまま直進。背後から目と鼻の先まで突進してきていた、先頭のイノシシの眉間へとドスッと深く、根元まで突き刺さった。先頭の巨体が、悲鳴を上げる間もなくドサリと崩れ落ちる。

「ぶはっ! 助かった……のか!?」ガロンが目を丸くし、自分を受け止めているレンの顔を見上げる。

しかし、不運の連鎖はそれだけでは終わらなかった。後続のイノシシ4頭のうち、2頭は先頭の巨体に乗り上げて転倒したが、残りの2頭の突進の勢いは全く衰えていなかった。レンとガロンは衝突の衝撃で互いに絡み合っており、一歩も動けない。

「しまっ――」

ハジメが自分の足元に視線を落とした時には、すべてが遅かった。

イノシシの硬い突進が、ハジメの無防備な脇腹を容赦なく跳ね飛ばした。

バキッ、ボキッ。

肋骨が何本も折れる嫌な音が響き、ハジメの身体はまるでゴミ袋のように宙を舞い、近くの民家の石壁へと猛スピードで激突した。背中と頭を強く打ちつけられ、ハジメの視界は一瞬で真っ暗になった。

呼吸が止まる。心臓が、その衝撃で完全に停止する。

本日2回目。黒野創、完全なる死亡(フリーズ状態)。

「ハジメェェェェェェェェェェッッ!! お前、第2話の序盤から早速死んでんじゃねえよ、バカ野郎!!」

レンの引き裂くような絶叫が、異世界の街の大通りにこだました。

同時に、レンの脳内には、待ってましたと言わんばかりに、あの不気味に発光するAEDの光の魔法陣が強制展開される。

『対象:黒野創。心停止状態を確認。制限時間(ロスト・リミット):240秒(04:00)』

デジタルタイマーが、非情にカウントダウンを刻み始める。

【03:59】

【03:58】

「おい、そこのあんた(ガロン)! 動けるならその残りのイノシシを死ぬ気で足止めしろ! 俺は今からこいつを生き返らせるんだよ!」

「はあ!? 生き返らせるって、そいつ完全に壁に激突して心臓が止まって……って、おい、なんだそのお前の周りで回ってる光る文字は!?」

ガロンは人生で一度も見たことのない、医療機器のインターフェースのような魔法陣に目を剥きながらも、プロの冒険者としての本能が彼を動かした。大剣を先頭の死体から引き抜き、残りのイノシシへと果敢に斬りかかっていく。不運ではあるが、その剣技自体は一級品だ。

「お前、まだ就活終わってねえだろ! 102回目の面接行くぞ、勝手に内定辞退してんじゃねえ!」

レンはハジメのボロボロになった身体の前に膝をつき、その胸の真ん中に両手を強く押し当てた。

「1、2、3、4――!」

アンパンマンのマーチのテンポ。1分間に100回から120回の正確なリズムで、レンは魔力をハジメの心臓へと直接叩き込んでいく。

【01:30】

ガロンが「おりゃぁぁ!」と叫びながら2頭目のイノシシの首をはね飛ばす。だが、最後の1頭が、ハジメの蘇生に集中しているレンの背中を目掛けて突進の構えを見せた。

「充電完了……ショックが必要です、対象から離れてください……って、離れられるかよ!」

レンは脳内のAEDパネルを見つめた。現在のハジメの損傷状態による蘇生成功確率は【50%】。五分五分のギャンブル。

『警告。術者の生命エネルギーを前借りすることで、成功確率を引き上げることが可能です』

「あぁ、そうかよ! だったら俺の筋肉でも寿命でも、好きなだけ前借りしていけクソシステム!!」

レンの身体から、青白い魔力の光が溢れ出し、ハジメの胸へと吸い込まれていく。レンの全身の繊維が引きちぎられるような激痛が走り、視界がチカチカと明滅する。

パーセンテージが、50%から、70%、90%へと跳ね上がる。

【00:10】

残り10秒。イノシシの牙がレンの背中に届く、その寸前。

「生き返れ、ハジメェェェッ!! ボタン、オンッッ!!」

レンは脳内のショックボタンを全力で叩きつけ、同時にハジメの身体を抱きかかえて横へと転がった。

バチィィィンッッ!!

強烈な電撃の光が、大通りを白く染め上げた。

「カハッッッッ!!!!」

激しい電気ショックと共に、ハジメが激しく上体を起こし、拒絶するように息を吹き返した。脇腹の複雑骨折も、内臓の破裂も、光の粒子とともに完全に修復されている。

「……っつ。毎回、この生き返る瞬間だけは、心臓がひっくり返るくらい痛いんだよ……」

鼻血を袖で拭いながら起き上がるハジメを見て、最後のイノシシを仕留めたガロンは、大剣を握ったまま、石像のように硬直していた。

「お前ら……一体何なんだ? 片方は『一瞬先の未来』を予知して俺の転倒を完璧に言い当てて、もう片方は『死んだ人間』を数分で傷一つなく生き返らせやがった……。どんな高位のチート大魔導士の血を引いてるんだ、お前ら?」

ハジメはフラフラと立ち上がり、メガネの位置を直して、どこか据わった目で不敵に笑った。

「いや、俺たちはただの『内定ゼロ』の一般人だ。それよりあんた、強いくせに信じられないくらい運が悪いな?」

「……よく分かったな。俺はガロン。実力はあるんだが、なぜか昔から信じられない不運(バグ)に巻き込まれ続けて、万年食い詰めてるソロ冒険者だ」

ハジメはレンと顔を見合わせ、ガロンに手を差し出した。

「ガロン、俺たちと組まないか? 俺の『エラーログ』なら、お前の不運(バグ)が起きる前に原因を教えてやれる。その代わり、俺たちの護衛と、この世界の常識を教えてくれ」

ガロンは驚き、それからニカッと笑ってその手を握り返した。

「俺の呪いみたいな不運を予知する軍師に、死んでも生き返らせてくれるタンクか。おもしれえ、乗った! お前ら無能(一般人)を、この街でいっぱしの冒険者に育ててやるよ!」

こうして、異世界の最初の仲間(男)が加わった。


3. 居酒屋の古代語トーク


「おいおい、本当に美味そうに食うな、お前ら。まるで数日、地獄の底で拷問でも受けてきたみたいな食いっぷりだぞ」

街の裏路地にひっそりと佇む、冒険者御用達の安居酒屋『酔いどれ猪の牙亭』。

ガロンは、テーブルの上に並んだ異世界の謎の肉の串焼きや、ゴツゴツとした黒パンを猛烈な勢いで胃袋に放り込んでいくハジメとレンを、呆れ半分、感心半分で見つめていた。店内の喧騒、木製のジョッキがぶつかり合う音、タバコの煙と安酒の匂いが、不思議とハジメの荒んだ精神を落ち着かせていく。

「ゴフッ……ゲホッ! だってガロン、マジで死ぬかと思ったんだよ。丸一日何も食ってないし、地下遺跡の中は暗いしぬるぬるしてるし、挙句の果てに地上に出た瞬間イノシシに跳ね飛ばされるし、俺の人生の仕様書(スケジュール)はどうなってんだ」

ハジメが、木のジョッキに入った薄いエール(ビールのような酒)で無理やり喉を潤し、ふぅ、と長い息を吐き出した。

「生き返った直後の飯は格別だな。ただ、ハジメ、お前次からもうちょっとマシな避け方しろよ。俺のHP(体力)が前借りのせいで、今もふくらはぎの筋肉がピクピク笑ってんだからな」

レンも不敵に笑いながら、肉汁の滴る串焼きを豪快に噛みちぎる。

「お前ら、サラッと恐ろしいこと言うなよ……。死んだとか生き返ったとか、普通は一生に一度あるかないかの大事件だぞ」

ガロンはエールを一口すすり、真面目な目で二人を見つめた。

「で、改めて聞くが、お前らのその能力は何なんだ? 特にハジメ、俺が石畳のくぼみに足を引っかけるなんて、現地のベテラン斥候でも予知できないぞ。お前、どこの秘密組織の暗殺部隊とか、予言の神殿の出身だ?」

ハジメは串を置き、真面目な顔で答えた。

「いや、だから俺たちはただの『シュウカツセイ』だって。前世で101回連続で『オイノリ』されて、メンタルがバグった結果、あの地下鉄のホームからこの世界に転移したんだよ。組織なんてないし、神殿なんてお祈りメールの送り主くらいしか心当たりがない」

「だから! その『シュウカツセイ』とか『オイノリ』ってのは何なんだ! どこの古代魔法の儀式だよ! 普通に話せ!」

ガロンがテーブルを叩いてツッコミを入れる。現地の常識人である彼にとって、二人の使う現代社会のビジネス用語や就活の専門用語はすべて「高度な暗号」か「未知の呪文」にしか聞こえないのだ。

「ハハハ! ガロン、気にすんな。こいつの言うことはいつも半分くらい意味不明だから」

レンが笑いながらガロンの背中をバシバシと叩く。

「こいつは小学校の時、通知表に『落ち着きがない』って12回連続で書かれた男だからな。折れにくさ(往生際の悪さ)だけは世界一なんだよ。101社に落とされた履歴書の厚みはお前の大剣より重いし、そのメンタルの強さだけが、異世界でこの変な能力になったんだろ」

「リレキショ……タイジュウ……? ああ、もうダメだ、頭が痛くなってきた。どこの世界の言語だそれは」

ガロンは頭を抱えた。しかし、二人の間に流れる、互いを100%信頼しきっている空気感は、ソロで孤独に戦ってきたガロンにとって、どこか心地よく、羨ましいものだった。

「まぁいい。お前らが訳ありなのはわかった。だが、その能力があれば、この『迷宮都市・アレスタ』なら一攫千金も夢じゃない。明日、俺が所属してる冒険者ギルドに案内してやるよ。お前らのステータスを測れば、少しは謎が解けるかもしれないしな」

「アレスタ……。それがこの街の名前か」

ハジメはジョッキを見つめ、これからの生存戦略(デバッグ)に思考を巡らせていた。この世界は、どうやら地球の常識が通じない、理不尽で、バグだらけの欠陥世界のようだ。だが、隣には信頼できる相棒がいて、前には気の良い現地のプロがいる。

「よし、まずは明日から本格始動だな、レン」

「おう。しっかり稼いで、その泥まみれの就活スーツから着替えようぜ」


4. 深夜の地鳴りと、朝の絶望


ガロンが紹介してくれた一泊銅貨3枚の安宿『跳ね馬の足跡亭』。

一つの部屋に、簡素な木製のベッドが2つ。ハジメとレンは、久々の柔らかい布団の感触に身体を委ねていた。地下遺跡の岩肌とは違い、干し草の匂いがする布団は、二人の疲弊した心身を優しく包み込んでいく。

「レン、起きてるか?」

「起きてる。……っていうか、全身がダルすぎて眠れねえレベルだわ。お前のAED魔法、やっぱり身体への負担がエグいわ。成功確率を90%まで上げるために魔力を前借りしたせいだな。明日は絶対に死ぬなよ、ハジメ」

「悪いな。でも、お前がいないと俺は本当に1秒でロスト(消滅)するからな。明日からも頼むぞ、相棒」

「おう。4分以内なら、何回でも地獄の底から引っ張って戻してやるよ。まずは明日、ギルドで稼いで、マシな服と装備を買おうぜ。お前、メガネ変えた方がいいんじゃないか? さっきイノシシに跳ねられた時、よく割れなかったな」

「本当にそれ。このメガネだけは前世の耐久性を持ってるらしい。……じゃあ、おやすみ」

二人は泥のように深い眠りに落ちていった。

――そして、深夜12時。日付が変わるその瞬間。

ぐっすりと眠る二人の耳には届かなかったが、街の地下深く、あの古代遺跡のさらに奥底から、ゴゴゴゴゴゴゴ……という、不気味で重厚な地鳴りのような音が響き渡っていた。

街全体の石畳が、建物が、路地が、まるで目に見えない巨大なプログラマーの手によってチェスの駒を動かすように、静かに、しかしダイナミックにスライドしていく。それは、このアレスタの街が抱える、世界のシステム側の致命的な「不具合(仕様)」だった。建物と建物が噛み合い、路地が組み替わり、昨日までの地図が完全に無価値な紙切れへと変わっていく。

翌朝。

窓から差し込む爽やかな小鳥のさえずりと、清々しい朝の光で、ハジメは目を覚ました。

「ん……、よく寝た。頭痛も治まってるな。鼻血も止まったし、体調は万全だ」

ハジメはベッドから下り、メガネをかけてパチリと目を瞬かせた。隣のベッドでは、レンもようやく起き上がり、身体の節々をバキバキと鳴らしているところだった。

「よし、レン。ガロンが下で待ってるはずだ。ギルドとやらに行くぞ。今日から俺たちの異世界就職活動(冒険者生活)のスタートだ」

ハジメは身支度を整え、部屋の木製のドアへと歩み寄る。ノブを掴み、小気味よい音を立ててドアを勢いよく内側に開けた。

――しかし、そこにあるはずの「宿屋の廊下」は存在しなかった。

ドアの向こうにあったのは、完全に目の前をぴったりと塞ぐ、冷たくて頑丈な石造りの「壁」だった。

「……は?」

ハジメはドアを開けた姿勢のまま、完全にフリーズした。

「どうしたハジメ、早く行こうぜ。ガロンを待たせると、またあいつの不運で宿の前に隕石でも落ちてくるかもしれないぞ」

後ろから歩いてきたレンが、ハジメの肩越しにドアの向こうを見て、同じように目を見開いた。

「おい、宿のババア、夜の間にどんなスピードリフォームしたんだよ。廊下が消えて、ただの岩壁になってんだけど。隠し扉かこれ?」

ハジメがパニックになりながら「おい! 廊下! どこ行った!」と壁をコンコンと叩いていると、背後の窓の外から「おーーーい! お前ら起きてるかーー!?」と、聞き覚えのある大声が響いた。

ハジメが慌てて窓を開け、下を見下ろす。

そこは大通り……ではなく、昨日まではなかったはずの、見知らぬ狭い路地裏だった。そしてそこには、呆れた顔で腕を組んでこちらを見上げているガロンの姿があった。ガロンは片手に、何やら新しく刷られたような羊皮紙の紙切れを持っている。

「ガロン!? これ、一体どういう状況だ!? ドアを開けたら廊下が消えて壁になってるんだけど! 俺たち閉じ込められたのか!?」

ハジメが窓から身を乗り出して叫ぶと、ガロンはハハハと乾いた笑い声を上げ、持っていた羊皮紙をひらひらと振った。

「あー、やっぱりか! お前らの部屋、今日の配置換え(バグ)で『完全に外に面した孤立部屋』になっちまったな! 運が悪い奴らだ、俺の不運が一日でうつったか?」

「配置換え……? 孤立部屋ってなんだよ、意味がわからないぞ!」

ハジメがオウム返しにする。

「言い忘れてたが、この『迷宮都市・アレスタ』はな、地下迷宮の魔力の不具合のせいで、夜中の12時になると街の路地や建物の配置がランダムに入れ替わる仕様(バグ)なんだよ! だから、今俺が持ってる『今日のギルド公式マップ』を毎朝買わないと、現地人でも自分の家に帰れなくなるんだ。お前らの部屋は、運悪く宿の本体から切り離されて、路地裏に面した独立したハコになっちまった。ほら、ギルドに行くから、そこから大通り側の屋根に飛び降りてこい! レンなら受け止められるだろ!」

「はあああああ!? 街の配置が毎日変わるって、どんな欠陥住宅(クソゲー)だよこの街!! 開発者の顔が見てみたいわ!!」

ハジメとレンの絶叫が、朝のアレスタの街にこだました。

就活で101回落とされた男たちが、異世界の「理不尽な仕様(バグ)」に本格的に立ち向かう生存戦略(デバッグ)。その波乱に満ちた幕開けである。


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