第1話:エラーログから蘇生(リブート)を。
黒野創と陣内蓮の物語
1. 101回目の絶望
「誠に遺憾ながら、貴殿のこれまでのご経歴や熱意は十分に拝察いたしましたものの、慎重に選考を重ねました結果、大変残念ではございますが、今回は採用を見送らせていただくこととなりました。末筆ではございますが、貴殿の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます」
スマホの液晶画面に映し出された、定型文の見本のような不採用通知。通称「お祈りメール」。
黒野創は、東京の地下鉄ホームに設置されたベンチで、深いため息とともに頭を抱えた。
これで、101社目だ。
大学4年の秋。周囲の友人たちが次々と内定を獲得し、卒業旅行の計画や社会人生活の準備に浮き足立つ中、ハジメだけが取り残されていた。特別不真面目に生きてきたわけではない。ただ、要領が悪く、自己アピールが苦手で、本番のプレッシャーに極端に弱い。現代の就職活動というシステムは、ハジメのような「普通の凡人」を容赦なく摩り下ろしていく。
「101回目のお祈りか。いっそ『お祈り魔法の使い手』としてギネスにでも申請するかよ……」
自嘲気味に呟いたハジメの視界に、冷たい缶コーヒーが差し出された。
「ほら、お疲れ。糖分補給しろ、101連敗の戦士」
声をかけてきたのは、高校時代のジャージを未だに部屋着にしているような、ガタイの良い男だった。
陣内蓮。小学校の泥遊びから始まり、中学校の黒歴史、高校の部活、そして大学の今まで、ずっとハジメの隣にいる、文字通りの「腐れ縁」であり、唯一の相棒だ。
「レン……。お前、なんでここにいんだよ。内定持ちの余裕か?」
「バカ言え。お前が面接行ってから3時間も既読つかねえから、ホームのベンチで干からびてんじゃねえかと思って様子見に来てやったんだよ。小中高とずっと一緒の俺の勘を舐めるな」
レンはベンチの隣にドカリと腰掛け、自身の分のコーヒーを開けた。
ハジメは受け取った缶の冷たさに救われながら、一口すする。
「ありがと。でもさ、もう本当に次がない気がするんだ。俺の人生、どこでプログラムを書き間違えたんだろうな。どこかに致命的なバグ(不具合)があるんだよ、きっと」
「バグねえ。お前、昔から製品の安全テストとか、ゲームのバグ探し(デバッグ)のバイトの時だけは異常に優秀だったもんな。他人の失敗とか、システムの穴を見つけるのは天才的なくせに、自分の人生の仕様書は読めねえのな」
レンはハハハと笑いながら、ハジメの背中をバシバシと叩いた。
その時だった。
地下鉄のトンネルの奥から、轟音とともに電車が滑り込んできた。
いつも通りの日常。いつも通りの帰路。
はずだった。
「――ッ!?」
突如、ホームに滑り込んできた電車のヘッドライトが、異常なまでの輝きを放った。
視界が白に染まる。ただの眩しさではない。網膜を焼き切るような、絶対的な光の暴力。
キィィィィィィィィン!! という、鼓膜が破れんばかりの激しいブレーキの轟音が響き渡り、世界が激しくシェイクされる。
「おい、ハジメ!? なんだこれ――」
レンの焦った声が遠ざかっていく。
ハジメは地面が消失するような強烈な浮遊感に襲われ、そのまま深い意識の底へと墜落していった。
2. 最悪の仕様書
頭が割れるように痛い。
コンクリートの冷たさとは違う、ゴツゴツとした岩の感触が頬に伝わっていた。
「……う、ぐ……」
ハジメはうめき声を上げながら、ゆっくりと上体を起こした。
視界がひどく霞んでいる。メガネをかけ直そうと顔に手を伸ばしたが、メガネは割れることもなく無事だった。しかし、周囲の景色が、先ほどまでいた地下鉄のホームとは一変していた。
天井は遥か高く、不気味に発光する苔が壁面を伝っている。空気はひんやりと冷たく、カビと硝石の混ざったような、嗅いだことのない嫌な臭いが鼻を突いた。あちこちに巨大な石柱が乱立し、崩落した瓦礫が散乱している。
「どこだ、ここ……。地下鉄の脱線事故か?」
「いや、違うっぽいぞ、ハジメ」
すぐ近くで、低い声がした。
振り返ると、レンがすでに立ち上がり、周囲を警戒するように見回していた。その手には、なぜか崩落した石柱の破片である、手頃な大きさの平たい石の板が握られている。
「レン、無事か!? 一体何が起きたんだよ」
「分からん。だが、あそこを見てみろ」
レンが指差した先――少し開けた広場のような場所を見て、ハジメは息を呑んだ。
そこには、数人の男女が倒れていた。
いや、「倒れている」という生易しい状態ではなかった。革の鎧や鉄の胸当てを着た彼らは、身体を不自然な方向に曲げられ、あるいは真っ二つに引き裂かれ、周囲の床を赤黒い液体で染め上げていた。
中世の騎士や冒険者のような格好。そして、その中央に鎮座している「それ」が、血溜まりの中でボリボリと音を立てて何かを貪っていた。
それは、巨大な蜘蛛だった。
しかし、ただの蜘蛛ではない。軽自動車ほどもある巨体に、鋼鉄のように鋭く尖った8本の脚。背中には不気味な人間の顔のような模様が浮かび上がり、複数の複眼が血のように赤く爛々と輝いている。
「ひっ……!」
ハジメの喉から、情けない悲鳴が漏れた。
就活で101回落とされた絶望など、一瞬で吹き飛ぶほどの、本能的な「死」の恐怖。
カリ、カリ、カリ。
人間の悲鳴に反応したのか、巨大な蜘蛛がゆっくりとこちらを振り向いた。その口元からは、先ほどまで貪っていたであろう人間の腕がポロリとこぼれ落ちる。赤く輝く複眼が、明確にハジメとレンを捉えた。
「おいおいおい、嘘だろ……。これ、RPGのモンスターじゃねえか。俺たち、まさか異世界転移ってやつをしたのか?」
レンが冷や汗を流しながら、手に持った石の板を構える。小中高と野球部で鍛え上げたレンの身体は、一般人よりは遥かに動く。だが、相手は人間を紙切れのように引き裂く化け物だ。
「逃げるぞ、レン! 構ったって勝てるわけねえ!」
ハジメは叫び、直感的に背後の通路へと走り出した。レンもすぐにその後を追う。
背後から、ガチガチガチガチ!! と、硬い脚が岩の床を叩く凄まじい足音が追いかけてくる。
「ギシャァァァァァッ!!」
耳を聾するような怪物の咆哮が、地下遺跡に響き渡った。
3. エラーログの発生
「ハジメ、右だ! 行き止まりっぽい空間がある、あそこの石柱の陰に隠れるぞ!」
レンが叫ぶ。
二人は必死に走り、入り組んだ遺跡の奥へと逃げ込んだ。しかし、辿り着いたのは、四方を高い壁に囲まれた、完全に逃げ場のないドーム状の空洞だった。
「クソッ、しまっ――」
振り返った瞬間、すでに蜘蛛の魔獣が空洞の入り口を塞ぐように這い出てきていた。
逃げ場はない。
魔獣の複眼が、獲物を追い詰めた愉悦に歪んだように見えた。
最も近くにいたのはハジメだった。魔獣の太く鋭い前脚が、目にも留まらぬ速さで突き出される。
「危ねえ、ハジメッ!!」
レンの叫び声が聞こえた。
しかし、運動神経が一般人以下のハジメの身体は、避ける動作に移行することすらできなかった。
ドスッ。
鈍い音がして、ハジメの視界が急激に上方を向いた。
遅れて、圧倒的な衝撃と、胸の奥が焼き切れるような激痛が襲ってきた。
見下ろすと、自分の胸の真ん中に、黒く尖った魔獣の脚が深く突き刺さっていた。
「あ……、が……」
口から大量の血が溢れ出る。視界が急速に赤く染まり、そして、光を失っていく。
心臓が破壊された。人間なら、即座に死に至る致命傷。
(ああ、俺、死ぬんだな。内定も貰えないまま、こんなわけのわからない場所で……)
その瞬間だった。
ドクン、とハジメの脳内で、世界が完全に静止した。
痛みすらも消え去った精神の世界。ハジメの意識の前に、現代のパソコンの画面でよく見るような、無機質な【エラーダイアログ】が浮かび上がった。
『致命的な不具合を検出。個体名:黒野創の生命活動が停止しました』
『固有能力:【失敗の検証・再現】を強制起動します』
(エラーログ……シミュレーター……?)
次の瞬間、ハジメの脳内に、恐ろしいほどの濁流となって「映像」が流れ込んできた。それは、現実のハジメが死ぬ直前、あるいは死んだ後の「もしこうしていたら」という別の可能性の未来だった。
【シミュレーション・ルートA】
ハジメが左に避けた場合。魔獣の脚は胸を逸れるが、代わりに右肩を根元から引きちぎられ、大量出血により45秒後に死亡。
【シミュレーション・ルートB】
ハジメが地面に伏せた場合。魔獣の脚は頭部を直撃。頭蓋骨が粉砕され、即死。
【シミュレーション・ルートC】
死の直前、魔獣が前脚を引き抜いた後の映像。魔獣はハジメを放り投げ、次にレンへと襲いかかる。レンは持っていた石の板で防御しようとするが、石板ごと身体を両断され、3秒後に死亡。その際、魔獣の右側の関節が一瞬だけ不自然に引っかかる描写。
「う、あ、あああああああッ!!」
ハジメの精神が、恐怖で絶叫した。
実際に肉体は死んでいるのに、脳内では「自分が様々なパターンで無残に殺されるリアルな映像」と「親友のレンが惨殺される映像」を、何十回、何百回と超高速で体験させられているのだ。精神がゴリゴリと摩り下ろされていく。
(待て……。ルートCの映像……。あの蜘蛛、右の脚を動かす時だけ、重心が左にブレて、一瞬だけ動きが止まってる……!?)
デバッガーのバイトで培った、不具合を見つけ出す異常な観察眼。それが、凄惨な死の映像の中から、一つの「システムの穴」を見つけ出した。
しかし、見つけたところでどうなる。ハジメの現実の肉体は、すでに心臓を貫かれ、完全に活動を停止しているのだ。
『警告。これ以上のシミュレーションは精神の崩壊を招きます。思考をフリーズします』
ハジメの意識は、完全に暗黒のエラー画面へと突き落とされ、静止した。
4. 4分間のタイムリミット
「ハジメェェェェェェェェェェェッッ!!!!」
遺跡の空洞に、レンの裂傷のような絶叫が響き渡った。
魔獣の脚が引き抜かれ、ハジメの身体が糸の切れた人形のように床へ転がった。胸からは大量の血が流れ出し、その目は虚空を見つめたまま、ピクリとも動かない。呼吸も、心音も、完全に停止していた。
「嘘だろ……、おい、ハジメ! 目を開けろよ!」
レンがハジメの元へ駆け寄ろうとしたその時、レンの視界にもまた、異常な光景が広がった。
世界の動きがスローモーションになり、レンの脳内に、現代の医療現場や駅のホームで見かける【AED(自動体外式除細動器)】の操作パネルに酷似した、巨大な光の魔法陣が展開されたのだ。
『固有能力:【緊急蘇生・心肺蘇生】が発動しました』
『対象:黒野創。心停止状態を確認。蘇生シーケンスを開始します』
『制限時間:240秒(04:00)』
脳内に、非常階段の非常灯のような、不気味に明滅するデジタルタイマーが出現した。
【03:59】
【03:58】
秒刻みで削られていく時間。
「蘇生……? ハジメを生き返らせられるのか!?」
レンの目が、絶望から一転して鋭い光を宿した。
だが、状況は最悪だ。ハジメの死体(フリーズ状態)のすぐ目の前には、未だに血に飢えた巨大な蜘蛛の魔獣が立ちはだかっている。
「ギシャァッ!」
魔獣が次の標的であるレンに向けて、鋭い脚を振り上げる。
「舐めるなよ、化け物!!」
レンは小中高とずっとハジメの隣で、ハジメの「打たれ強さ」を見てきた。100社落ちても諦めなかったハジメが、こんなシステムもわからないクソみたいな異世界でドロップアウトしていいわけがない。
レンは野球部で鍛えた反射神経をフルに使い、魔獣の突進を間一髪で右に転がって避けた。
【03:30】
「ハジメの身体に触れなきゃ、蘇生 magic(魔法)は使えねえんだろ!」
レンは地面を這い、ハジメの遺体の元へと滑り込む。魔獣の脚が床を穿ち、岩の破片がレンの顔をかすめて血がにじむが、そんな痛みは無視だ。
ハジメの動かない胸に、レンは両手を強く押し当てた。
その瞬間、脳内のAEDパネルが激しく発光する。
『第一フェーズ:胸骨圧迫(魔力注入)を開始してください。一定のテンポ(1分間に100〜120回)を維持してください』
「テンポ……! アンパンマンのマーチのテンポか、それなら知ってる!」
レンはハジメの胸に向けて、全力で魔力を込めた圧迫を開始した。
「1、2、3、4――!」
ズシッ、ズシッと、魔力がハジメの壊れた心臓へと送り込まれていく。しかし、魔獣がそれを黙って見ているはずがない。
「ギルゥゥァァッ!」
背後から迫る圧倒的な殺気。レンは圧迫の手を片手だけ離し、拾っていた石の板を背後に掲げた。
ガキィィィィィン!!
魔獣の鋭い脚が石板を直撃する。凄まじい衝撃がレンの腕を襲い、骨が軋む音がした。石板には深い亀裂が入る。
「がはっ……! クソ、重てえな……!」
それでもレンは、ハジメの胸を押す手を止めない。「1、2、3、4――」
【02:15】
半分以上の時間が経過した。ハジメの傷口からは未だに血が溢れているが、パネルのインジケーターが徐々に溜まっていく。
『魔力充電完了。電気ショックが必要です。対象から離れてください』
「離れる……? 離れたらハジメが潰されるだろ!」
レンは迫り来る魔獣の次の攻撃を睨みつけた。魔獣は大きく身体をのけぞらせ、最大の突き出しの構えを取っている。
「ショックの成功確率は、現在の対象の損傷状態により【30%】です」
「30%だと……!? 低すぎんだろ!」
レンの顔が歪む。就活の倍率に比べれば高いかもしれないが、親友の命を賭けたギャンブルとしては、あまりにも絶望的な数字だ。
『警告。術者の生命エネルギー(魔力容量)を前借りすることで、成功確率を上昇させることが可能です。代償として、術者の身体に強い負荷がかかります』
「あぁ、そうかよ! だったら全部持ってけクソシステム!!」
レンが咆哮した。
レンの身体から、青白い魔力が津波のように溢れ出し、ハジメの身体へと流れ込んでいく。レンの視界が急速に狭くなり、全身の筋肉が断裂するような激痛が走る。
パーセンテージの表示が、30%から、50%、70%、90%へと跳ね上がっていく。
【00:15】
タイマーは残り15秒。
魔獣の突きが、レンとハジメ目掛けて放たれた。
「死ねぇぇぇぇぇぇッ!! ボタン、オンッッ!!」
レンは脳内のショックボタンを全力で叩きつけ、同時にハジメの身体を抱きかかえて横へと転がった。
バチィィィィィィィィィィンッッッッ!!!!
遺跡全体が白昼堂々のごとき電撃の光に包まれた。
5. 仕様変更
【00:01】
タイマーが消滅する。
「カハッッッッ!!!!」
激しい咳とともに、ハジメの細い身体が大きく跳ね上がった。
その胸の穴は、光の粒子によって完全に塞がり、新しい皮膚が再生していた。停止していた心臓が、現代のAEDの強制起動によって、信じられないほどの力強さで脈打ち始める。
「は、ハジメ……!」
満身創痍で床に倒れ込んでいたレンが、顔を上げる。
ハジメはゆっくりと立ち上がった。その目は、脳内で何百回もの凄惨な死を体験したせいで、どこか据わっており、寝不足のような狂気を孕んでいた。鼻からはタラリと血が流れている。脳への過負荷の代償だ。
だが、その口元は、不敵に歪んでいた。
「……最悪の面接官だったな、レン」
「お前、生き返りやがったな……!」
「ああ。101社落とされて、102回目にこの世界そのものにお祈りされかけたが……。面接官の『癖』は全部見切った」
ハジメの脳内には、死ぬ直前に見た【エラーログ】――魔獣の行動シミュレーションのデータが完全に残っていた。
ガチガチガチ! と、電撃の直撃を食らってなお健在な魔獣が、怒り狂ってこちらを睨んでいる。
しかし、ハジメにはもう、その姿が恐ろしい化け物には見えなかった。ただの、「決まったプログラム(不具合持ち)でしか動けない欠陥システム」にしか見えない。
「レン、動けるか?」
「腕の一本や二本、動かなくなっても野球に比べりゃマシだ。指示をくれ、ハジメ!」
「よし。あいつが次に突進してくるとき、右側の関節を動かす瞬間、重心が左にブレる。そこが『バグ』だ。お前は俺が合図したら、あいつの左側に回り込んで、持ってる石板を全力で叩きつけろ」
「了解だ。お前のデバッグ(バグ探し)を信じる!」
魔獣が激しく咆哮し、床を削りながら凄まじい勢いで突進してきた。
ハジメは一歩も動かない。脳内でエラーログの映像を現実の動きと完全に同期させる。
3、2、1……ここだ!
「今だ、レン! 左へ跳べ!」
「おおおおおッ!!」
レンは理由を聞くことなく、ハジメの指示通りに全力で左へと跳躍した。
その瞬間、魔獣は右脚を大きく踏み出そうとしたが、ハジメの予言通り、右関節の不自然な引っかかりにより、勢い余って重心がガクリと左へと大きく傾いた。完全にバランスを崩した無防備な状態。
「そこだ、叩き込め!!」
「これで、内定一社目じゃボケェェェェッッ!!」
レンはひび割れた石の板を両手で強く握り直し、渾身の力で魔獣の傾いた頭部、その複眼に向けて振り下ろした。
バギィィィィン!!
鈍い音が響き渡り、石板が粉々に砕け散ると同時に、魔獣の巨大な巨体が横転し、激しく地面に叩きつけられた。複眼から青緑色の体液が吹き出し、のたうち回る。
ハジメはその隙を逃さず、近くに転がっていた現地の死んだ冒険者の鉄の剣を、細い腕で必死に拾い上げた。重い。重くてまともに振るうこともできない。だが、自滅して動けない相手の急所に突き立てるくらいなら、文句を言いながら落とされた面接の履歴書を書くより簡単だ。
「俺たちの人生の仕様書は、俺たちで書き換える!」
ハジメは剣の柄に体重を全て乗せ、魔獣の剥き出しになった首の関節の隙間へと、深く、深く突き立てた。
「ギ、シャ……、ァ……」
魔獣は一瞬だけ大きく痙攣し、やがて、完全に動きを止めた。
6. リブート・サバイバル
静寂が遺跡を支配する。
ハジメは剣を突き立てたまま、その場にへたり込んだ。鼻血がさらに垂れてくる。頭痛がひどい。だが、確かに生きている。
「……勝った、のか?」
レンがボロボロになった身体を引きずりながら、ハジメの隣に座り込んだ。
「ああ。デバッグ完了だ」
ハジメは袖で鼻血を拭い、フッと笑った。
二人はお互いの顔を見合わせ、それから、どちらからともなく大笑いし始めた。地下鉄のホームで缶コーヒーを飲んでいた時と同じ、いつもの、小中高一緒の笑い声だ。
「おいハジメ。お前のその能力、何なんだよ。死ぬ直前に、急にあいつの動きが読めたろ」
「まあな。俺の能力は、要するに『失敗のシミュレーション』だ。死ぬほど凄惨なバグの映像を脳内で見せられる、超ブラックな仕様だけどな。レン、お前のは?」
「俺のは多分、お前専用のAEDだ。お前が死んでから4分以内なら、確率のギャンブルで無理やり生き返らせられる。ただし、俺のHP(体力)をゴリゴリに削られるから、何度もやらせるなよ」
ハジメは立ち上がり、壊れた魔獣の死体を見下ろした。
この異世界というシステムは、おそらく地球の常識が通じない、理不尽で、バグだらけの欠陥世界だ。戦闘力のないハジメは、これからも何度も、簡単に死ぬことになるだろう。
だが、ハジメには、脳内で何百回も失敗を検証できる頭脳がある。
そして何より、自分が死んでも、制限時間4分以内に命がけでシステムをハッキングし、泥臭く自分をこの世に引き戻してくれる、世界最高の相棒が隣にいる。
「レン。俺たちの内定、ここでもぎ取るぞ。このバグだらけの世界を、裏から全部ハッキングして、俺たちにとって最高に居心地のいい完全スローライフの『内定』を出させてやる」
「ハッ、いいじゃねえか。102回目のリトライ、付き合ってやるよ、相棒」
二人は拳を力強く突き合わせ、薄暗い遺跡の奥、微かに光が見える地上への出口へと、泥臭く歩き出し始めた。
『内定ゼロで異世界転移した俺たちの、4分間蘇生逆転劇』――彼らのバグまみれの生存戦略は、今、始まったばかりだ。
お読みいただきありがとうございます
ぜひ次の話も、楽しみにしていただくと幸いです




