84本目 息止めチャレンジ!みんなは何秒止められる?
「──〈|宵暁の境界線《トワイライト=ホライゾン》〉
弾丸を胸に撃ち込み、続けて横一撃に斬った。
もう、何度もこの手応えを繰り返した。しかし……
「〈シュレディンガー〉……保護者が教師に斬り込むとは、これがモンスターペアレントですか。私は初めて対応しますよ」
その度に何度も起き上がる。
模倣者の生命力は並外れたものだが、それでも何かがおかしい。
0に何を掛けても0であるように、攻撃がなかったことにされているみたいだ。ただ彼の服に汚れや傷はある、当たってはいるはずだが……。
「一応、俺は現役高校生だ」
「模倣者の年齢は信用なりませんよ。人として死んだ時と模倣者として生まれた時は必ずしも等しいわけではないですから」
「……人として、死んだ時……?」
「おや、模倣者には義務教育かと。我々は、二度目を与えられた稀有な元人間ですよ」
そして、戦闘を繰り広げながら俺は全て教わった。
模倣者とは、宝具とは、そして迷宮とは……彼の授業はとても分かりやすく、そして丁寧であった。
藤岡の見た目は20代後半と若く、ベテラン教師の貫禄もありつつも、どこか生徒に寄り添える子供の気持ちも持っているように感じた。
「では、ここで応用問題。日本ではこの一年で150万人が亡くなっている。高齢化に伴い、近年は横ばいであるものの増加傾向にあるため17年間の平均死亡者数を一年当たり120万人とすると、ダンジョンが誕生してからの死亡者数は約どれくらいだろうか」
「約二千万人」
「優秀だ。では模倣者の数はいくつだろうか。ささやかながらヒントを与えると、一つのダンジョンに二体以上は確認されていない」
宝具:記録石碑には、攻略未攻略に関わらず全国314箇所のダンジョン名が記載されている。
しかし全てのダンジョンで模倣者が確認されたわけではない。
ならば答えは……
「最大で314」
「素晴らしい。そう、模倣者の席は限られた数しか用意されていない」
「……席?」
「ああ、そうだ。模倣者が死んだ人間の転生先だとすれば、他の死者は何に生まれ変わっているだろうか」
「教科は哲学か? 何言って……」
『スライムじゃないよ! ……いや、今はスライムの姿なんだけどさ……ワタシは立派なにんげんだ!』
シブヤダンジョンで出会ったオーデュイこと、大出結衣。
彼女は10年前に亡くなっており、前世の記憶を持ったままスライムとして転生した。
──もしかして、いや、そんな馬鹿な……!?
「模倣者は魔物と同じ括りなのだろう? 人型の魔物として」
「ダンジョンの魔物は、死んだ人間の転生した姿……!?」
「ああ。ところで君たちは今まで何人を葬った」
俺は藤岡に斬りかかるも、答えは依然として変わらない。
「君が大事にしている吾妻さんも、見方を変えれば大量殺戮者だ」
「違う!!」
たとえ効かずとも、攻撃の手は緩めない。
次は弾丸を撃ち込むが、感触はない。
藤岡の宝具は風を操る……いや、待て。水の弾丸に結晶が……凍っている……。
そうか、能力の正体は──
「空……!」
空気を空にするから、流れ込む風を扱える。
ダメージを空にするから、体が元に戻る。
それに記憶も一度空にするから、洗脳もしやすい。紫草の名で伝えられた時に聞いた能力の暗示との相性も良い。
「さすがの推察力だ。私の宝具:ラベリアマイクは有を無に変える。私の死して得た能力──死来能力:〝影響〟ととても相性が良い」
「死来能力……くっ……!?」
そして、辺り一体を真空にすることで俺から呼吸を奪い、動きが止まった俺を豪快にも蹴り飛ばしてくれた。
最初から使わなかったのは自身も巻き込まれるから。ただ不意打ちには最適だ。
……今は呼吸ができる。止められるのは数秒か。
「死来能力を持ち得ないか。しかしそう悲観することはない。成長の余地を残しているわけだからね」
「はぁ、はぁ……なぜお前は、そこまで色々知っている……」
「私もまた別の先生から教わったのですよ。迷宮にまつわる全てをです」
「その先生ってのは誰だ」
「直接お会いしてないので、私も分かりません。紹介してもらっただけなので。ただ、私達よりも先に生き返った者です」
すると突然、大きな揺れが襲った。
天井が崩壊し、空が現れる。
東京の街、広い道路に出た……あれは国会議事堂か。秋葉原からこんなところにまで移動していたのか、いつの間に……。
「終業の時は近い。このトウキョウダンジョンから、世界を迷宮に沈める。そのためには少女の協力が不可欠だった」
「東京中をダンジョンに……!? そうか。ずっと目的だけが謎だった……。けれど、それだけじゃないんだろ。その先に何をするつもりだ!」
「至極簡単な答えですよ。ダンジョンの数が増えれば、私が攻略される確率が減るじゃないですか」
「だが、探索者の数も世界中で増えるはずだろう」
「そうですね。同時に争いも増えますが」
くっ……そうか、世界中に宝具という常識外れの能力が渡れば、利権争いで国や組織、個人間ですら争いが指数的に増加するに違いない。
ハザマなどが関与しているディープウェブには転売ヤーが宝具を売り飛ばすこともあるが、それも戦争の火種となっていた。
現実での死者も増えれば、生まれた世界中のダンジョンに桁違いの数の魔物や模倣者が現れる。
「っ、そういうことか……! ダンジョンは魔物に転生する人の受け皿。それをトウキョウダンジョンに取り残された人間をまとめて皆殺しにすることで、受け皿を世界中に増やすつもりか……!」
さらに先述したように世界で戦争が起これば、その数はさらに増えていく。死の生産が加速してしまう……!
「本当に我々を止めますか?」
「……なに?」
「人という形に囚われているだけで、人間は既に死から解き放たれているのですよ?」
「そんなの、よしとする人間がいるわけないだろ」
「だが、あなたは模倣者として選ばれた側だ。大切な吾妻さんだけを守ればいいし、それでいいと思っているはずだ」
「……っ」
「肉体がしぶとい我々ですが、完全攻略されるだけで存在は消滅してしまう。あなたも吾妻さんと別れたくはないでしょう。ダンジョンが増えることに消失の可能性は減る。また遊び場が増えて、吾妻さんも喜んでくれるでしょう」
「……あぁ、なるほど、そういうことか。分かったよ」
「ええ。では──」
藤岡が差し伸べた手を、俺は叩き斬った。
「それで吾妻が笑ってくれるとは微塵も思わないさ」
吾妻はただ楽しくて稼げて人気になれるからだけで活動しているわけじゃない。
視聴者を楽しませたい。それが彼女のモットーだ。
自分がワクワクする前に、ワクワクさせる相手がいなくなったら本末転倒じゃないか。
「私たちは分かり合えないようですね。残念だ」
また空気を奪われる前に俺は首元に弾丸を撃ち込む。
「無駄なことを……っ!? くそっ……!」
水は気圧が下がると、沸点も下がりすぐに沸騰するが、不思議にも真空までなると凍る。宇宙にある水は凍っているようにだ。
藤岡の宝具はピンマイクに命じて発出する。ならば凍らせてマイクの機能を壊せばいい。
不死身の体に胡座をかいて、道具の管理を怠ったな。
死来能力と呼ぶ力を俺に使わないということは、模倣者《俺たち》には効かないのだろう。
「お前らの目的が何だろうと関係ない。ただ、あいつが楽しんでくれるなら何だっていいさ。だから反するお前を倒す。それが俺の教育方針だ」
「……っ!?」
「──〈黄昏の終止符〉」
真上から剣を振り下ろし、追って腹に弾丸を三発撃ち込む。
こいつを殺すことは不可能だが、今は気を失っているならそれでいい。
アキハバラダンジョンが拡大され、東京がめちゃくちゃなことになっている。
でも、あいつなら大丈夫だ。俺は信じてる。
だから守りに行くのではなく、ただ彼女に会いたくて、大切な人がいる場所を目指した。




