59本目 神様とおともだちになってみたい!
境内に知らない鳥居が勝手に建てられている。
警察に通報が入ったのは、最初のビワダンジョンが見つかってから二週間後のことだった。
17年前より誰にも攻略されることなく最初期から存在する超高難易度ダンジョンの一つ──イズモダンジョン。
内部は無限に無が広がる白い世界だった。
何者にも染まらない、寧ろ来る者を染め返すように支配された純白の世界。
空(あるいは天井)と地(ならば床)の境界線を認識できず、行き止まりがどこかは衝突するまで分からない。
見通しが良くとも、目印がなければ同じ場所に帰って来られず、または同じ場所を延々と回り続ける。
唯一、入口として通って来た紅い鳥居が立っているが、目を離せばそこにまだあるかは不明瞭だ。
辺りを見渡しても、吾妻どころか人影一つ見当たらない。
リノリウムに似た地面を踏みしめて、サイン本が向かおうとする、鳥居から出て4時の方向に走り出す。
このダンジョンのどこかに吾妻は確実にいる。
ただ、それだけを信じて──
永い瞬きを無我夢中に走り抜ける。
そして、きっと正解の道だからこそ魔物が立ちはだかるように現れる。
まず魔物と呼んでもいいのだろうか。
不定形な無機物が重なり絡み合った何か──これが神の御姿と定めざるを得ない、生物としての上位存在が夥しいほどに現れる。
「〈邪魔〉」
だが、そのような畏れなどは持ち合わせていない。
ボソッと呟くと、テロップメガホンから出た漢字二文字が敵の周囲を巡り、いずれ消し飛ばした。
充電切れの際には、殴打と足蹴で対応する。
「はぁ、はぁっ……。……っ、誰だ」
突如として気配を感じた。
吾妻ではない、ならばここにいるのは人ならざる俺と同じ存在。
「ねぇ聞いた!? 急に誰だなんて、失礼な人間じゃない!? ううん、模倣者よ! なんて失礼な模倣者だ!」
……なんだこいつ。
まぁ、自ずと正体は分かる。
こいつはイズモダンジョンの模倣者だ。
中性的な顔立ち、男と女が同時に喋っているかのようなミックスボイス。
二択問題の選択率がちょうど二分されるほどには、区別が付かない。
「あー、ムカつく。ねぇ、こいつイジメよ。神に逆らうとか許せないよね」
と、神を自称するイズモの模倣者は腕を組みながら、地団駄を踏む。
すると、白い地面から何本もの柱がせり上がり、いずれそれは先程まで相手していた魔物へと姿を変えた。
「じゃあ、お前達。ソウシの代わりにあいつやっちゃいな」
奴が俺に向けて指差すと、魔物は一斉に襲いかかって来る。
生物を基としないだけに、行動予測がしづらい。
規格外の攻撃、想像だにしない魔法、未知の能力──だが、案外脆い造形に一発拳をぶち当てれば倒せる。
「えっ、強くない? ねぇ、強くない?」
一度、殲滅した程度のレベルであれば、何体来ようと負けはしな……っ!?
目にも止まらぬ速さで今までと同じ形状の魔物が、俺の頬に切り傷を付けた。
「なんかヤバいからソウシ本気出しちゃうね。この世界はソウシのもの。だってソウシは神だから。全ての我が儘が通じちゃうから。さ、やってやんなー?」
「ならば司令塔であるお前を潰せばいいだけだな」
「神は創始ぞ。途中参加者がしゃしゃり出てくるんじゃねぇ!」
「ぐっ!?」
俺は魔物の隙を突いて模倣者に迫ったものの、腹部に刺さる蹴りに身体が沈む。
「ソウシを傷付けようとしたの……おいおい、許せねぇな、おい!!」
先程から一人会話をしている模倣者だが、突如として話し方を変え、下りていた前髪を上げた奴の表情は男らしいものに早変わりした。
「アンタとソウシが同格ってことぉ? 下々民の真似事が神と並ぶだぁ? イライラするなぁ、おぉい!!」
人格が入れ替わった奴は再び、地団駄を踏む……倒れ込んでから気付いたが、こいつは現代のスニーカーを履いている。
踏みしめる度、眩くなり、地を揺らす轟音が鳴り響き……
「宝具:雷疾仁虞」
「神と名乗るには俗世に染まってんじゃねぇか……」
「神がこの俗世を作ってるんだ。偉そうだぞ、人間擬きが──〈逆雷〉」
地面が白い光に包まれた途端、聴こえてきたのは「おまたせー!」の吾妻の声。
下から立ち昇る雷に直撃すればさすがに身が持たないかもしれないと生み出した、走馬灯からなる幻聴。
「わぁ、マイマイ! えー、とても似合ってるよ! えっ、ソウシよりも可愛いとか、やっぱあんたやるね⭐︎」
「えへへ〜、ありがと〜」
光は落ち着き、攻撃は止んだ。
甲高い声に目をキラキラと輝かせ、また女性みたいになった模倣者が吾妻と仲睦まじげに話す幻覚まで見えてきた……。
「ん? んんっ!? 東くん!? どうしたのこんなとこで!?」
「……吾妻こそ、こんなとこで何してんだ。探したぞ……もう三日も連絡なしで……」
「えー、東くん。心配し過ぎだって〜。ん? そんなに経ったの?」
とぼけている吾妻はなぜか巫女服を着ていた。
ただそれ以外は至って変わらない。五体満足、肌艶健康に問題なし。
「状況はよく分からないが……とりあえず無事で良かったよ……」
「うん! わたし最強だからね! って、東くんの方は大丈夫!?」
誰のせいでこうなっているんだよ。
と、俺は本音を飲み込んでおいた。
「えー、なに? マイマイの知り合いってこと? なんだ、それならもっと早く言いな〜?」
模倣者が指を鳴らすと、魔物は地面に沈む。
敵は目の前のみに減る。しかし警戒度はむしろ跳ね上がった。魔物から感じ取った魔晶石のエネルギーが全て奴の元に集まっていたのだ。
夥しい数と悍ましい種。
人類の願いを集めて煮詰めたような力が漏れ出ていた。
……争いとは同じレベルでしか発生しない。
力が拮抗する場合、白黒決着をつけて、自身の方が上だと序列を決めたがり優越感に浸りたいからだ。
では、圧倒的な戦力差があればどうなるか。
──蹂躙だ。
同族を失った弱者は喚き叫び街を逃げ惑う中、家に帰った強者は家族とピザを囲んでホームパーティーをする。
上が下の悲惨さをわざわざ気に留めることはないのだ。
いや、こいつはその格差すらも傍観し、気分次第でパワーバランスを変えることができる模倣者だ。
結果として、奴は同じ等級の俺を敵として認識するのをやめた。
「ねぇ、ソウシくん! 東くんも連れて行っていいかな!」
「マイマイが言うなら、いいよー」
「わーい! 東くん、あっちにいっぱいモフモフのぬいぐるみとか、美味しい食べ物いっぱいあって楽しいよ!」
まだ身体に怠さが残る俺の手を吾妻が引いていく。
とにかく今、彼女が無事ならばそれでよかった。
もう、繋いだ手を二度と離さぬよう、俺の方からも握り返した。
おそらく9月3日。
吾妻舞梨を無事に発見した。




