58本目 サイン会に行ってきた!(わたしは行ってません……)
「疑うか疑わないかは君次第! ……はい、ありがとね〜」
駅前にある某書店にて、サイン会に加えてファンと写真撮影をする浦山好奇。
「……サイン、お願いしますっ……」
走ってすぐにバテて倒れ込んでいた金子を担いで来たので、5分ほどで会場に辿り着いた。
頭は良いし、パソコンなどの機械には強いが、こんなにも体力がないとは。
「はぁ、はぁ……後で訴えてやる……」
訴訟宣告されてしまった。
周囲からは奇異の目にさらされたが、こうでもしないと時間内に間に合わなかっただろ。
終了直前だったこともあってか、本さえ購入すれば整理券なしに入れる状態であったのが幸運だ。
「あはは。いやー、嬉しいなー。僕のファンあんまり若い女の子いないからさ」
「うるさい……」
「……えー……。えっと、サインだよねぇー……」
浦山は悲しい顔して金子が購入した『解:都市伝説』にサインをし始める。
「ねぇ、……一個、ききた……ちょ、っはぁ、説明して」
「あ、あぁ……。浦山さん。イズモの神隠しについて、動画内で触れたことがありますよね」
「あぁ、そうだね。はい、サイン書けたよ」
俺は延長料金を支払うのと同じ感覚で、本を10冊追加で出した。
「おぉ、すごい」
「それについて、知っていること全て教えてほしい」
浦山は周囲に目配せすると、近くにいるスタッフはパーテンションの外側へと立ち去る。
「全てって、僕は探求省の人間でもなければダンジョンストリーマーでもない。ましてや島根県出身でもないのさ。それに……模倣者と呼ばれる魔物でもないよ」
「……そうですか」
「君、嘘が下手だね。こっち来てからあまり使ったことないのかな」
やはりこの男は、普通のルートでは手に入らない情報も持っている。
だが、金子がまだ模倣者に対して疑問符でいる以上、あまり話を広げたくない。
「僕はね。自分の知ったことで共有したいことだけを世の中に公開しているんだ。ぜひチャンネル登録して、いつかその話をする動画が更新するのを通知をONにして待ってもらいたいね。これ以上を求めるならメンバーシップになるのもオススメだよ。あとNewTubeなんかでは話せないネタもオンラインサロ──」
「それじゃ遅いんだ。……あいつは目を離すと何しでかすか分からない。一刻も早く見つけたい」
「それこそ世界を壊すほどにはかい?」
「ああ。人類はあいつの虜になる。そうなれば世界は滅んだも同然だろ」
すると、フッと笑った浦山はサインに使用していた万年筆を、傷痕を目印に、自身の左手の甲に突き刺した。
「ひっ!?」
あまりの狂行に金子は思わず悲鳴を上げる。
だが、表情を変えず、浦山は慣れた手つきでグリグリと万年筆を回し、血をインクとして調達する。
「誰を探してるんだっけ?」
「……マイマイ……吾妻舞梨。俺のバディだ」
「あぁ、ダンジョンストリーマーのね。はいはい……宝具:血汐ノ万年筆──捜索文字」
万年筆に血を吸わせ、10冊目の本に山下の血液でサインしたのは〝吾妻舞梨〟だった。
すると、その本は西に向かってモゾモゾと一人でに動き出す。
「その本は君の捜し人の元へ向かう。僕の宝具は使用者の血液で書いた文字が指すものの位置が分かるのさ。ちなみに文字を消せば動きは止まる。いや〜探し物をする時はほんと便利だよね〜。宝具無くしたら意味ないけど」
「あんたも元ダンジョンストリーマーだったのか?」
「いや、これはお世話になった方から貰ったものでさ。まぁ、この話は関係ないか。さて、そろそろサイン会を再開しよっか」
だが、スタッフから並んでいる人はもういないと報告を受けて、浦山はガックシと項垂れた。
「あはは、今日はほんと変わったファンしか来なかったなぁ……。少数精鋭なんだよ、僕のファンは。あ、君たち。僕にできるのはここまでだけど、十分かな?」
「あぁ……十分過ぎるくらいだが……」
「お返しはいつか、君たちを取材させてくれよ。動画のネタとして映えるからさ」
「はぁ? 嫌よ」
パーテンションが倒れない程度にもたれかかり、体力を回復する金子が断った。
「君じゃないよ。吾妻さんって子をね──」
「だから嫌って言ってるのよ。嫌よ」
「……。そ、そう。あ、写真でも撮影する?」
「「いや、いい」」
浦山は首が胸に埋まるくらいには項垂れた。
だが、この男が知っていることの中に、まだ俺の知らないことが隠されている気がする。
また叶うなら再び会ってみたいものだ。
サインも写真もいらないが。
**
「行くのね。島根のイズモダンジョンに」
「ああ。金子さんは東京で待っていてくれ。吾妻がふいに戻って来るかもしれないし」
「分かってるわよ。私じゃダンジョンで役に立たないことくらい。……私には待つことしかできない」
いざという時、自分は何もできない。
だからこそ少しでもできることはしたい。
浦山のサイン会で情報が得られそうな確証がなくてもすぐに行動できる。
その辺は吾妻の親友らしい。
金子のお陰で、イズモダンジョンにいる可能性を得られたわけだし。
「今日はありがとう。金子さん」
「はぁ? 別にあんたのためじゃない。舞梨のためだもの、当然でしょ。……けど、大丈夫、よね。あんたが行くところはSS級ダンジョンなのよ。舞梨も、東も無事で帰って来るわよね」
「……当たり前だ。俺はあの最強探索者のバディだ。スタッフも最強でないと、吾妻についていけないからな」
「そう……頼んだわよ。舞梨と、ついでにあんたが帰って来るのを待ってるから」
こうして俺は、都市伝説の噂と動く本を頼りに、寝台特急で島根県まで移動した。
鞄の中には吾妻の宝具、ファイヤーフランタンとテロップメガホンを入れている。フランちゃんに関しては、所有者に自動追尾する機能がある。
この二つが置いてあったことからも、彼女が自らダンジョンに行ったとは考えられない。
「──ここが、イズモダンジョンか」
翌朝、ダンジョン入口近くの茂みからそっと様子を窺う。
入口は出雲大社の参道から外れた場所に、ひっそりと立つ鳥居。
だが、周囲は喧しいほどに警備員が配置されていた。
SS級ダンジョンともなれば、警備はこのように厳重となる。すんなり入ることは当然できない。
「頼んだぞ」
俺は指示を出すと、フランちゃんは了承したように上下に移動する。
指定したポイントまではバレずに飛び、そしてタイミング合わせて強烈に発光してもらった。
「なんだ!?」「眩しっ……!」と警備たちの視線誘導と視覚を奪っている最中に、速やかにダンジョンに侵入する。
フランちゃんも発光したまま俺を追いかけて入る。
何か分からずじまいの警備たちの間では、神様による悪戯ではないかと、新たな都市伝説が作られることとなった。
SS級──イズモダンジョン。
あの血のサイン本もここに向かって移動していた。
吾妻はきっとここにいるはず。
迎えに行くその時まで、どうか……無事でいてくれ。




