56本目 【Vlog】彼女とデートなう。に使っていいよ。
『わぁ……! みてみて! 本物のメンダコだよ!』
沼津市内のラーメン店を全て巡る予定の盛影とは別れ、日が西に傾き始めた頃にダンジョンを出た俺たちは沼津深海水族館に訪れた。
吾妻が興味津々に見ているその水槽には、丸くて平べったい、とてもタコとは思えない深海のタコ、メンダコがいた。
数ヶ月前にハマってからは、メンダコグッズを買い漁るようになった彼女だが、こうして本物を目の当たりにするのは初めてである。
『めーん、めーん♪』
メンダコをはじめとした深海魚を、陸地で深海を再現して飼育するのはかなり難しい。
だが、ヌマヅダンジョンに棲息する魔物から採取される魔晶石には、深海の環境を再現できる力があると最新の研究で判明した。
今では多くの深海魚たちを生きたまま展示できるようになった。
時に一部の宝具や魔晶石は、社会貢献のために適正に利用される。
『ふふーん♪』
アヒル口になった吾妻が振り返る。
撮影中のため、俺は無言で手を差し伸べる。
『ん、ありがとっ!』
吾妻は俺の手を取り立ち上がると、そのまま手を繋いだまま水族館を回る。
「──なるべく毎日更新ができるように、夏休みの間はダンジョン以外の日常回もどんどん撮っていこうか」
そう提案した夏休み初日。
ゲーム配信や食レポなどにも挑戦し、各方面の層にマイマイという存在をアピールしようと試みた。
既存のマイマイファンにも色んな彼女の姿が見られて、喜んでもくれるだろう。
「……っていう、動画を撮ってみようよ!」
そう提案された夏休み最終日。
ヌマヅダンジョン帰り、少しだけ観光できる時間があると知った吾妻は、マイマイと擬似デートをしている気分になれる動画内容を自らプレゼンしてきた。
もうすぐ金の盾が手に入れられるところまで迫ってきた人気者の吾妻にお近付きになりたい人はたくさんいる。
ファンからの需要がかなりあるのは分かるが、まさか本人からこんな提案をしてくるとは思いもしなかった。
彼女だって女子高生。いずれ恋愛もするし、そういったことに憧れを持つ時期だ。
その練習台として、ついでにこの動画を撮ろうと思ったのだろうか。
俺のことを何も思っていない……とは、判断できないほど、緊張が手のひら越しに伝わる。
『……むー、手汗すごいとか思ってるでしょ……』
「いや、俺乾燥肌だから……」
……何言ってるんだ俺は。
こっちもこっちで、変に緊張してるのか。
『そうなんだ。ちょうどいいね』
何を納得したんだ、お前は。
けれども、一層強く手を握り、カメラに顔を向けないことから、この状況が済んだわけではなさそう。
子供と大人の狭間という不安定な立場にいるからこそ、簡単に心は揺れ動く。
だから別に、今いる相手が俺しかいないからそうならざるを得ないだけ。
もしかして、これも小悪魔的な演出なだけで、彼女は人を弄ぶのが上手なのかもしれない。元々、民衆を魅了するような職業であるわけだし。
「コアクマイリ、か」
『ん? 何か言ったー?』
「何も」
人の本心など分かるわけない。
特に俺たち模倣者は、人間を模倣するのが得意なだけだ。
彼女の母である那緒子さんだけは本当に読めるが。
『おぉ、すごい……プラネタリウムみたいだね……』
発光能力のある深海魚がいる水槽。
無数の小さい光が群れをなし、星空の軌道を描いている。
『海の底にも星空が広がっているんだね〜』
「……ダンジョンだけじゃない。不思議な世界は、現実にこそ広がっている」
『ふふっ、そうだよね。わたしも同じ考えだよ! 東くん!』
「……すまん、口を挟んだな。そのまま動画用にもう一度コメントくれ」
『わかってるよ〜。でも、もうちょっとだけ──こっからはオフレコで♪」
吾妻が手から離れ、少し前に躍り出る。
俺に見えないよう鞄から何かを取り出した後、こちらに振り返る。
「はい、これ!」
差し出したのは、彼女の手に収まるほどの黒いケース。
吾妻がパカっと両手で開くと、中にはネックレスが入っていた。
「これは……?」
「ネックレス!」
「それは分かる。どうしてそれを……まさか俺に?」
「うん! プレゼント! ほら、もうすぐ100万人でしょ? いっつも助けてくれるじゃん。編集とか撮影とかでさー」
ツイストが加えられた二つの指輪が交わったものがチェーンに付いているネックレス。
指輪には小さい魔晶石が装飾されている。
「そのネックレスは不思議な力が宿ってるらしいんだって! どんな効果があるかは知らないけど……」
よく見るとそれぞれの指輪にR.A、M.Aと刻まれている。俺たちのイニシャルだ。
『これからもバディとして、強い絆で結ばれますように! って願い込み込みだよ〜。オーダーメイドだから世界で一つしかないからね!』
ケースを見れば三大企業の一つ、天空堂のロゴがあった。
武具以外にも魔晶石から作るアクセサリーもこのように作製・販売をしており、こちらもかなり評判の良い企業だ。
「はっ! 値段調べないでね! 恥ずかしいからっ!!」
「そんな無粋なことするかよ。でも、高かっただろ」
「ふふーん、収益のお陰でお金はたんまりあるからね〜。まぁ、お母さんに管理されてるから、あまり使えないけど、東くんのプレゼントって言ったらちゃんと引き出してくれたよ!」
「……ありがとう」
「お、泣く?」
「泣くわけないだろ」
「そっかー、わたしの計画では東くんが号泣して、それをわたしが励ますつもりだったけどなー」
俺のことを何だと思ってるんだ。
だが、その答えをすぐに言ってくれた。
「東くんってあんまり顔に出さないからさー。クールぶらないで、もっとわたしのこと信用して泣いたり笑ったりもっと自由でいいんだよ! なんたってわたし最強だし」
「ふっ……そうだな」
「なんかその笑いはバカにされてる気がする〜」
してない、と首を振ると、彼女はニヒヒと笑った。
「東くん、これからも一緒にがんばろうね!」
「……あぁ、もちろんだ」
数時間後、チャンネル登録者数が100万人を突破した。
その瞬間はもう吾妻と駅で別れた後のことだったので、RINEで祝福を伝えた……
……が、返信が来ない。
いつもなら遅くとも1時間以内に返ってくるというのに、翌朝になっても既読が付くことはなかった。
夏休みも終わる、8月31日。
──この日を境に、彼女はいなくなった。




