54本目 究極のラーメンをすする。だから究極のラーメンをつくる。
Q.あなたにとって、ラーメンとは……?
A.〝物語〟
麺をすすれば携わった方々の想いが突き刺さり、具を噛み締めれば思い出が蘇り、スープを飲めば器の中に刻まれた歴史が沁み渡る。
これは、一杯に込められた物語である。
と、彼は答えるだろう。
ラーメン系ダンジョンストリーマーSUSURYUTV。
本名、盛影流はチャンネル登録者数180万人を誇る大人気配信者だ。
彼の配信は、ダンジョンに食材を取りに行き料理する調理系ストリーマーに分類されるのだが、そのジャンルをラーメンに限っている。
そして彼の夢こそが、ダンジョン食材のみで作り上げた世界でたったひとつの究極ラーメンを食すこと。
『じゃあ、早速ダンジョンへとまいりましょー!』
今回はそんな盛影とのコラボ動画である。
ダンジョン前に腹ごしらえとして訪れたラーメン屋で偶然居合わせた。
前日に吾妻が観ていた動画こそが彼のチャンネルのものだったので、俺たちは撮影しながら食事をしている盛影にすぐ気付いた。
「今日はヌマヅダンジョンでスープの出汁となる食材を捕獲しに来た」
ダンジョン入口でそのような話をされ、「わたしも行くー!」と、新しい装備にウキウキしていた吾妻が調子に乗って口走る。
ただ盛影が快く引き受けてくれて、共演することとなった。
ヌマヅダンジョン──危険等級はC級。既に攻略されたダンジョンではある。
縦に細長く、潜れば潜るほど暗くなり、酸素も薄く圧迫感を感じるなど、擬似的に深海を体験することになる。
環境的には少し厳しいが、好戦的な魔物が少ないことから死亡率は低く、三年ほどかけてゆっくりと進行していき、半年前に攻略された。
『ラーメンはスープがなければラーメンとは言わない』
『うん。わたしもそう思うよ』
『ああ。ほとんどの人間がそう思っている。でなければ中華そばやつけ麺で代用が効く。だが、改めて問おう。ラーメンのスープを全て飲むか?』
『えっ、わたしは飲むよ』
『………………』
『………………』
『多くの人間がスープを最後まで飲むことはない』
『あれっ、話続けてる!?』
『その行為自体を全否定はしない。お腹いっぱいになったから、カロリーを気にしているから、味に飽きたから。理由は様々あれど、どれも理解だけはできるさ。だが、俺は最後の一滴までラーメンを堪能してほしいのさ』
気温が下がっていくダンジョンを降りながら、盛影の話には熱が入っていく。
『ラーメンは麺料理と思っているかもしれないが、実はスープ料理ではないかという論文も出ている』
『ろん、ぶん……?』
『麺すらも一つの具と捉えるわけさ。全てが調和した究極のスープを作り出すのに何十年もかける匠がいる……いや、未だに完成させた者はいないかもしれないな』
盛影の宝具:結斬り去流。
湯切りザルの形、というより湯切りザルのままの宝具は、捕らえて湯切りした物を脱水させることが可能なかなり強い代物。
ただ、枠内に入らないといけないので、大きい敵であれば先に解体していないと意味がない。
『あぁぁーいぃ!!』
宙を泳ぐ鰯型の魔物を結斬り去流で捕まえて、雄叫びと共に湯切りした。
生み出した出汁をもう片方の手で持つ器に溜め、盛影は口にする。
なるほど、その宝具で素材から直接スープを作ることもできるのか。本来の湯切りザルとは違う用途だが。
ついでに乾物になった魔物の味も直で食べて確かめる。
調理系ストリーマーは毒に強い人が多く、彼もまた毒耐性があるので、物怖じすることなく味見する。
『うむ。美味い。しかし主張が強いな。先程ラーメンはスープ料理だと挙げたが、俺はどちらでもないと思っている。ラーメンはラーメンだ。麺、スープ、具。いや、器や箸、店内の環境や食う人間の心持ち──全てが複雑に絡み合って生まれるハーモニーこそがラーメンなんだ。分かるか?』
『おなかすいたー』
『よし、早く進もう』
平常運転のワガママ吾妻に、気を遣わせてしまった。
編集点によっては、コメディにも失礼な奴にも化けるので、あとで盛影と話し合いながら構成を考えよう。
『うぅ、身体がダルおも〜』
進むにつれて、見えない力が身体に圧をかけてくる。
『ヌマヅダンジョンの一番の脅威がこの圧力だった。最下層は常人では立ってられないほどらしい。しかし、今日はそこまでは潜らない。辿り着いたからな』
『んー? ……わぁ!』
見上げるとそこには、鮮やかなピンク色をしたメンダコがたくさん舞うエリアがあった。
『メンダコだぁ!』
正確にはメンダコに似た魔物なのだが、まぁメンダコでいいだろう。
敵意は一切なさそうで、攻撃することも逃げることもなく、ただ呑気に浮遊している魔物。
吾妻は近くにいるメンダコを人差し指でプニプニしていると、盛影がそいつを攫って湯切りした。
『む、ほとんど水分か。具は残らないな』
『うぇぇっ!? なんてことするの!』
『今回の目的はこれだ。この魔物を出汁にスープを作る』
『こんなに可愛いのに! もしかして、ほんとは悪い奴でしょ! いたっ!』
吾妻が宝具:テロップメガホンを取り出し、いかにも攻撃する気満々でいたのでチョップして止めた。
この辺は丸々カットして、後でくだりを撮り直しになるかな。
「いたた……もう東くん! 何するの!」
「お前こそ何しようとしてるんだ。人に攻撃するなよ」
「だってぇ……」
メンダコは可愛いから食べて欲しくない。
それは彼女の、そして人間のエゴでしかない。
可愛いか、可愛くないか。
美味しいか、美味しくないか。
物事は主観で判断され、人間の都合によって全て調整されている。
──俺たち模倣者も政府の制御下にある。
……管理されている者には反抗させぬよう、半洗脳とも言える情報をとある宝具の力によって上書きされる。
正直、俺には効果が薄かったからあまり価値観の変化はないが、探究省内ですれ違う他の模倣者は皆、覇気がない。
「わたしにはエリナさえいてくれたらいいから」
庭白と話していた時、そのようなことを言っていたが、今ではそれが探究省に仕向けられた感情なのか、本心なのかが曖昧で分からなくなった。
だが、それを確かめる術はない。
……ただ過程ではなく結果が大事でしょ、と野田から強く怒られそうだ。
あの二人ならば、今のままでもきっと大丈夫。
「マイマイの言いたいことは分かる。ただ、俺は食べたいと思った。捕獲したのは一体のみ、それでいいじゃないか」
唇を尖らせて、不満そうな吾妻だったが……
『うーん! メンダコラーメンうまー!』
と、出来上がったラーメンに舌鼓を打つ。
現金な奴だ。
もはや本能に従って動く吾妻だが、もし彼女にとって俺が不必要な存在に、例えば本当に吾妻が最強になって守る必要もなくなった時、彼女は、そして俺はどうするだろうか。
そうか、そのような事態を考えもしなかった。
チャンネル登録者数が100万人に迫るなど、順調過ぎるが故に勘繰って、最近悲観的なことばかり考えてしまう。
考えても仕方ないことではあるが──遠くもない未来で、あのような事件が起こるとは、この時の俺は予想だにしなかった。




