130本目 電車でゴー!ごーごー!!
元四皇
武壱葉
他の元四皇とは違い、彼女は唯一配信活動をしたことがない。
それでも彼女が四皇の名を冠していたのは、他のダンジョンストリーマーの口コミや噂による。最初は都市伝説ではないかと言われるほど実力は他と一線を画していた。
それと四皇の理由はもう一つ──圧倒的美貌。
直視すれば言葉を失う。華憐に舞い、戦う彼女の姿を直接見た者は息を呑む。
彼女が手にする傘型の宝具:天夜執。
フィジカルのみなら武崎に軍配が上がるが、宝具を手にした彼女を止めることは史実上、一人もいない。
魔物は細切れに、慈悲を与えない。
明確な目的はなく、誰とも交流することなく、ただダンジョンに潜って己を研鑽し続けた彼女は──心臓の病気というどうしようもないことでこの世を去った。まだ25歳だった。
彼女に家族はおらず引き取り人はいない。
出自も何もかもが不明な武の身元は武崎が入省する前、前身の探求省によって極秘に引き取られた。
彼らにとっては、まだ解明の進まないダンジョンを10個も即攻略した、探索者にとって捨てがたい人材だったためだ。
そして調査を終え、火葬時……そこで奇妙な現場に遭遇したと当時を知る職員は語る。
──彼女の遺体は燃えなかった。
何度火葬を繰り返しても、遺品として入れた宝具諸共傷一つなく、綺麗な顔のまま彼女は目を閉じていた。
多くの死を浴びた者はダンジョンに呪われる。
時は止まり、生まれ変わることなくこのままを永劫に過ごす。
これが初めて確認された怨呪であった。
そして幾年もの時が経ち……探求省遥か地下に冷凍保存されていた武を、遣わされたイラミィとミッチーがアキハバラダンジョンの事件に乗じて奪い去る。
天原の〝編集〟により、生命エネルギーが注入された彼女は……十数年の時を経て動き出した。
主人であり宗主である天原の命により、東を殺すだけのただの殺戮人形へと成れ果てた。彼女に自意識が芽生える可能性はない。
これらの過程を東亮が知ることもない。
◇ ◇ ◇
「──ぐっ!?」
……間一髪で彼女の持ち手を足で止めることで、刃が体を裂くことは防いだ。
しかし、巻き込まれた乗客が何人もいる。ギリギリ息をしているものもいれば、既に手遅れな人間も……。
時間差で一人の女性が悲鳴をあげて、それに釣られて他の人も後続車両へと押し合いになりながら逃げて行く。
運転手や車掌に知らせる非常ベルが押されるも、走行は止まらない。
「……」
女は何も喋らず、逆時計に回転し次は右からと刀を振るう。
俺は吊り革を掴み、上の荷物棚に逃げ込む。
すかさず女は下から振るい上げて、金属棒を次々と細切れにするのを俺は横へと移りながら避ける。端まで追い詰められれば、別の吊り革に体重を任せて、体操選手が如く勢いのまま女の顔面に蹴りを入れる。
一瞬怯むも、すぐに刀を強く握りしめるとそのまま縦に振り下ろす。
軌道上に俺はいない。
だが、隣の車両からスマホを掲げて撮影していた男ら数人が縦に二分された。また阿鼻叫喚とする乗客たちは、遠くに逃げていく……あぁ、それでいい。
斬撃を雨粒を払うように飛ばせる、これがあの宝具の能力……と、考える時間を与えられず、女は横一線に斬ると、背後のガラスが全て飛び散った。
しゃがんで避けるがそれも織り込み済みなのか、足蹴りを喰らい電車の外へと飛ばされた。
走り去るさっきまで乗っていた電車……最後尾に乗っているのは……
『ご乗車ありがとうございました〜、無賃乗車はナシだぜ〜』
なしおやじ……!?
車掌の服を着ている。運転士も同じならば、電車が停車しないことにも頷ける。ならば、あの電車はどうなる……。
『おっ、ナシを切って食べるのはアリだぜ』
あの女が電車内を走り、なしおやじごと窓ガラスを叩き斬って飛び出してきた。
刃に付着する血の量……こいつ、通行に邪魔だからと今の間でどれだけ殺してきた!?
「ぐっ……!?」
空中で女は俺の右胸に刃を突き刺すと、すれ違う別の電車に轢かれて、二人で運転席から最前車両までなだれ込む。
「…………」
阿鼻叫喚とする車内、再び別の場所で地獄が生まれる。
女はいまだに無言でこちらに狙いを定めている。
素手でこいつと戦うのは無理だ。何か武具か宝具がなければ……!
「──りょう、いいか? 生き抜くためにはよ、周りにある全てを武器にしろ」
自分の呼吸音だけ聴こえる車内で……甦るは、共に過ごした父との記憶──




