12本目 素手で巨大な龍と戦っていくよ!
──来海たちの元に駆けつける5分前。
俺たちマイマイチャンネルは、先行してる来海たちが魔物を排除してるお陰で、何の問題も撮れ高もなくダンジョンの奥へと進んでいた。
『はぁ……わたしのハイパーソード……』
いや、問題はあったか。
げんなりした演者をこのまま配信するわけにはいかないので、励ますことにした。
「元気出しなよ。失くしたのは惜しいけど、あれもハプニングとして面白くなるに違いないよ」
『あっ、たしかに。みんなに楽しんでもらえるなら、尊い犠牲だね。じゃあ、いっか!』
チョロいなこいつ。
あんな安い武具ならば、無くてもさほど変わらない。
何が来ても俺が守ればいいだけだし……それに運動神経は良くても、こいつに武具を持たせた方がうっかり自分を傷付けそうで怖い。
彼女に持たせるならば、良質な防具や回復・支援系の宝具がいいか。
『あ! みんな見てみてー! たっくさん湯気が出てますよー! ここは温泉地だからダンジョンの中も温泉なんです。ん? スンスン……うぇぇ、なんか腐った卵みたいな臭いが強れちゅんっ!?』
俺はすぐさま吾妻を背後から抱き寄せて、彼女の鼻と口を手で塞いだ。
「んぐごぐん!? んぐんーんぐんんん、んんんんんんぐんー!」
(東くん!? 撮影中なのに大胆すぎるよー!)
「待て、暴れるな」
目の前から流れてくる大量の湯気。
共に流れてくるこの臭いは──硫化水素か。
温泉地特有で珍しくはないが、ハコネダンジョンでここまで高く観測されたことは今までない。だからB級に下げられるという噂もあったというのに……。
硫化水素は本来無色、臭うその時までは気付かない。
空気よりは重いため、近くの岩の上に吾妻を連れて飛び乗った。
「ぷはー! あ、東くん、いきなり後ろから抱き付くのはちょっと反則だよっ……それに、東くんの手のひらにキ、キ──」
「硫化水素だ。いいからこれ付けろ」
「りゅうかすいそ? って、これってガスマスク? ガチもののガスマスクだ……!」
「今からおそらくボスとの戦いになる。顔出しができなくなるが……記録石碑に名前、載せるんだろ」
「わぁ……! うん! もっちろん!!」
**
『マイマイパンチー!!』と、吾妻がその場で殴る素振りをするので、俺は適当な石を龍に向かって投げ付けた。
意識が朦朧としている来海たち。この硫化水素ガスから逃げ遅れてしまっていたか。
しかし、彼らが食い止めていなければこの魔物は入口に向かって進行し、吾妻や他の探索者を危険に晒していたかもしれない。
『──それじゃあ、マイリます!』
「ちょっと待て。まずは来海たちの救出からだ。だから吾妻さんはカメラを持って、先に現場を実況してほしい。ここから動かずにだぞ」
「動画素材集めってやつだね、おっけー! 任せといて! でもとりあえず何から始めたらいい?」
「もう一回マイマイパンチ出しといて」
「マイマイパンチー!!」
また適当な石を投げつけて、散弾銃を打ち込んだごとく攻撃する。
けたたましい叫び声を上げ、宙に浮いていた龍型の魔物は地面へと落ちる。
「パ、パンチが遠くまで届いた……やっぱりわたしって最強!」
龍が再び動き出す前に。吾妻が調子に乗って近付く前に。
俺は四人にマスクを順に付けさせて、少し離れた場所に素早く避難させる。
「あ、貴方、は一体……それに、貴方のガスマスク、は……」
温泉地のダンジョンだしと思い、念の為ガスマスクを持って来ていた。吾妻用、俺用、吾妻が壊した時の予備用、吾妻が無くした時の予備用、吾妻が俺のを壊した時用と5つ。
吾妻と来海たちに渡せば俺のは無くなるが、これくらいの濃度ならば特に問題はない。
「ただの裏方です。裏方は着飾る必要はありませんから。息を殺して、輝く彼女をただ撮影するだけなので」
「ふふっ……そう……素晴らしい、心掛けですわ……。ねぇ、これを……」
来海は懐から扇子を取り出し、俺に手渡す。
「宝具:侘び寂び──貴方なら、きっと使いこなせますわ」
「……分かりました。では、ゆっくりと休みながら、是非とも動画更新をお待ちください。底辺ストリーマーが龍を倒す、バズる瞬間が観られますよ」
「ふふ、楽しみ、ですわ……」
来海は目を閉じて、呼吸をすることに集中し始めた。他の三人も意識はあるものの、このまま放ってはおけない。
早く片付けて、四人をダンジョンから連れ出さねば。
さて、吾妻のところにすぐ戻ろう。
**
「マイマイ史上、最大の敵……でも、だいじょぶ! わたしがバシッ! っと倒してあげます!! あ、東くん! 葵ちゃんたちはだいじょぶだった!?」
「あぁ。大丈夫だから、俺の名前を呼ぶなよ」
「ごめん! 忘れてた!」
「撮影できたか?」
「もっちろん!」
俺は吾妻からカメラを受け取る。
「……録画ボタン押し忘れてるぞ」
「えっ、忘れてた」
「まぁいい。今から撮れ高を作れば」
「おっけー!!」
しかし、温泉の湯気と魔物が出す硫化水素ガスのせいで画面が白いな。ホワイトバランスとかで調整できるものではないし。
これだと、ボスを倒したところで決定的な証拠を見せつけられない。
この湯気を消すにはどうしようもないから、何かメソトスコーラの時同様に、派手なことができればいいが……。
「ねぇねぇ、東くん。わたしさ、すっごいカッコいい倒し方思いついたんだけどさ」
「何?」
「爆発しちゃおうよ。そしたらヒーローみたいでカッコよくない!? 温泉もあるから火が広がる心配もないし!」
吾妻も理由は違えど、同じようにどう倒すかを考えてくれたみたいだが、さすがにそれは却下だ。
硫化水素には引火性がある。ダンジョンという密室空間においては大爆発を起こしてしまう。
だからハコネダンジョンは火気厳禁──ではないな。
入口に注意喚起の立て看板もなければ、腐卵臭もここに来るまで臭うことはなかった。
「こっちだ」
「おぉっ!?」
龍が火球をこちらに吐いてくる。
この魔物が炎を扱える時点で実は爆発しない硫化水素に似た気体──もしくは気体の流れに仕組みがあるはず──
「なるほど……そうか。いいアイディアだな、採用だ」
「ふふーん! でっしょ〜?」
「よし、撮影するぞ」
「うん!」
再び浮かび上がる魔物を背景に、吾妻はカメラの前のファンに向けて語りかける。
『このモンスター、なかなか手強いよ! 名前……確か龍火水祖? だっけ。これからマイマイが倒してみせます! みんな、見ててね!!』
吾妻はカメラに向かってウィンク。
ファンサービスは十分だ。あとはレイドボスを、彼女の手柄にして倒すぞ。




