11本目 【宝具紹介】わびさびを感じとれる女にわたしはなる。
吾妻が新作武具を失って絶望していた頃、来海たちは予定よりも早く進んだところで休憩をしていた。
「葵お嬢様。予想よりも魔物が少ないようです。この調子ですと15分後には最深部に到着かと」
襲いかかる小猿に似た姿に角と牙が発達した魔物を猪俣は殴打し、この場から排除する。
腕に装着するは、武具製造三大企業の一つ〝天空堂〟のオーダーメイド製品。
軽いながらも耐久性は高く、威力は岩をも破壊する。
「そう、分かりましたわ。白湯華まであと少しですわね」
「葵お嬢様。失礼ながらその宝具は噂にしか過ぎません。過度な期待はされない方がよいかと」
「そう、ですわね。大丈夫ですわ、なかったとしてもまた別のところを探せばいいのですから。さて、ゆとりもあるようですし、一旦この辺りで、マイマイさんたちが来られるまでティータイムといたしましょう。蝶野、何か作ってくださる?」
蝶野はコクリと頷き、自身が持って来た荷物を広げる。調理機材に調味料、加熱料理ができるよう火を起こせるものまで。
彼の手にかかれば、どこであっても美味しい料理が出てくる。食材は魔物やダンジョン内に植生する植物、産地直送だ。
「……しかし、ここまで魔物が少ないとは。もしかして他の探索者に先越されているのかしら」
「葵お嬢様。大変差し出がましいのですが、私めの耳には聞いたことのない不協和音が届いております」
「不協和音……? わたくしには聴こえませんが──」
「かしこまりました。不協和音などありません」
「肯定されなくても!? 優見が言うのですもの。その言葉は信じていますわ」
「大変感激にございます」
鈴鹿はずっと抱えている来海を、猪俣が準備したガーデンテーブルセットに座らせてあげる。
来海は皆に感謝を述べ、それから告げる。
「この先、気を引き締めましょう。何か嫌な予感がいたしますわ」
「「かしこまりました」」
シェフの蝶野も頷こうとしたその時、何かに気付く。
「…………! ……、……!!」
「どうした蝶野、っ、腐卵臭……!?」
何か黒いものがいくつも飛んできたので、猪俣はそれを殴り返し、残りは蝶野が自慢の戦闘用包丁で捌き下ろした。
飛んできた黒い物体の正体は……猿型の魔物の亡骸。
「葵お嬢様、何か来ます」
立ち上がる温泉の蒸気から現れる、黄土色に染まりし長く太い体躯。
その全ては硬い鱗で覆われており、大きく鋭い蛇眼が来海たちを捉えていた。
「……おかしいですわ。ハコネダンジョンのボスは猿型と聞いておりました……ですが、この姿はまるで──龍、ですわ……」
すると次の瞬間、龍型の魔物が口から火球を吐いてきた。
三人は素早く反応し、跳んで避ける。来海もすぐさま鈴鹿に抱えられたので無事だ。
だが、直撃したガーデンセットは粉々に破壊され、破片は燃え上がった。
「葵お嬢様! ご無事ですか!」
「えぇ、優見のおかげで無事ですわ! これは想定外の事態です。一旦、退きましょう!」
しかし、猪俣からの返事がない。
本来は、唇の動きで内容をやり取りするが、龍が現れたと同時に湯気が濃くなったせいで、相手の姿が視認できない。
さらには龍が猪俣に狙いを定めているため、こちらに来れる余裕がないようだ。
そこにシェフの蝶野が来る。
「…………! ……!!」
ハンドサインを使い、来海に伝える。
「硫化水素……!? 今すぐ爺やを連れ戻さないと!」
「いけませんお嬢様。お嬢様の身が第一です」
「ダメよ優見。わたくしは四人でいなければ退きません。わたくしが道を作ります。二人がすぐさま爺やを連れ戻しなさい」
「かしこまりました」
来た道を戻ろうとした鈴鹿だったが、主として仕える来海の言葉には絶対遵守。
比較的安全なところに来海を避難させた鈴鹿は、メイド服であるワンピースとエプロンの膝下部分を剥がした。いつでも下半分が着脱可能となっている。
両脚に装着した、膝まで覆われた鉄靴。猪俣と同じ天空堂製のギアである。
そして、包丁を構えた蝶野と共に、二人は龍の元へと駆け出す。
その頃、来海は扇子を取り出し──大粒の涙を流していた。
「ぐすっ、昔は泣いてばかりのわたくしも、今は誰かのために涙を流せるようになりましたわね──宝具:侘び寂び──〈静寂之涙〉」
宝具:侘び寂び
流した涙を増幅させ、自在に操ることができる扇子。
発動条件のために、涙を自力で出さないといけない懸念点はあるが、来海はそれを克服している。
ティーカップ一杯分まで大きくなった来海の涙は、モンスターまで一直線に細く貫き、龍の気だけは引けた。
涙の通り道だけ一瞬湯気が晴れ、猪俣の場所を確認する。
暴れる魔物が飛ばす岩石は鈴鹿が蹴り飛ばし、吐く火球を蝶野が切り伏せて、猪俣と無事に合流する。
「うまく行きましたわね。それでは急いで退避、を……カハッ!?」
呼吸困難、息ができずに来海は倒れてしまった。
鈴鹿たちも主人の元まで間に合わず、同じく呼吸困難や痙攣を起こしていた。
(もう硫化水素が……体にまわって……!? 思ったより早い……! まずいですわ、このままだとみんな……。三人の怨呪を治したいのに……!)
「──本日からよろしくお願いします。葵お嬢様」
──鈴鹿優見、猪俣凌聞、蝶野拓味の三名は、来海葵が6才の頃にお屋敷へとやって来た。
それぞれ与えられた仕事をすぐ完璧にこなせるほど優秀な人材。
それもそのはず、全員がダンジョンストリーマー市場成長期に名を馳せていた実力者であり、料理や掃除(魔物駆除)は得意分野だった。
だが、彼らは動画の世界から忽然と姿を消した。
ダンジョンの呪い〝怨呪〟
ダンジョン内で引き起こされる不思議な力によって、彼らは五感を奪われた。
それでもなお、生まれた時から足が不自由で歩けなかった来海を、事業で忙しかった両親の代わりに娘のように世話してくれた三人。
優見に世界を再び見せたい。
爺やに感謝の言葉を直接伝えたい。
蝶野と美味しいものを食べてお話がしたい。
だからこそ、来海はどんな病気や怪我でも治せると噂の宝具:白湯華を求めて、温泉地を巡っていた。
三人の呪いが解ける可能性を信じて……。
(わたくしが不甲斐ないばかりに、ここまで連れて来てはこのような目に遭わせるなんて……)
「だれ、かっ……みんな、を、たす、けっ……」
何もできず、涙が無情にも流れ落ちる──
『──マイマイパンチー!!』
明るく照らす元気な声と共に、巻き起こる風圧が湯気と龍を吹き飛ばす。
『葵ちゃん! だいじょぶ!?』
声からして、現れたのは吾妻舞梨……おそらく。
フルフェイスのガスマスクを付けており、ガス対策は万全。
一緒にやって来た東によって、来海たちにもガスマスクが装着される。
『……マイマイ、さん、ここは危険っ、です。ボスが、報告と変わってます……。あれは、〝レイドボス〟……早く、三人を連れて逃げて……』
突然現れる、ダンジョンの危険等級を遥かに超えた魔物の存在──〝レイドボス〟
たった一体のみで、大勢の探索者を跳ね除けるほどの圧倒的な力を持ち、恐怖の象徴として畏怖される存在に『だいじょぶだよ。龍くらいわたしが簡単に倒しちゃうから!!』
『へっ!?』
吾妻が臆することはなかった。
なぜなら、その危険性をよく知らないから。
『ふっふっふっ、足を洗って待ってろ龍ー! どこが足かわかんないけど! それじゃあー、倒してまいります!!』




