103本目 夏休みはまだまだ終わらない!in冬!!
「──結衣。勉強は? 今のうちからしないといい大学行けないよ」
「……分かってるって」
あの日──母と別れた日。
それは、どこの家庭にもあるような些細な言い合いからだった。
「しっかり勉強して、いい大学入って、大手の会社に入って。それからいい人と結婚するのよ。私みたいに苦労して欲しくないから……」
「はぁ、だからいいって」
「……今度、結衣に紹介する方は素晴らしい男性なのよ。新しいお父さんとして絶対結衣も気に入ってくれるはず」
「いいってそういうの……」
「何でそういうことをお母さんに言うの? 私は結衣のことを想って──」
あの日は少ししつこかった。
母が仕事から帰ってきて、またすぐ別の仕事に行く間、ずっと小言を言われていた。
彼女本人も母の苦労は分かったつもりでいた。
「……もううるさいって! お母さんは、ワタシの存在が邪魔なんでしょ! 本当はもっと遊びたいくせに!!」
苛立ってしまった彼女は、つい思ってもないことを口にした。
言ってすぐ後悔したが、その場にいるのが耐えきれず走って家を出て行った。
「結衣っ!?」
自分のことは自分で決める。母親であっても言われる筋合いはない。
だが、肝心の自分はふにゃふにゃと何となく生きてきた。
自分を押し殺して、娘のためにと一人で育ててくれた母に言い返す筋合いこそなかった。
「お母さんに悪いこと言っちゃったな……。帰って来たら……ううん、今から謝りに行こう。えっと、確か次は……渋谷だったよね」
渋谷には、学校帰りに制服姿のままの高校生たちがたくさんいた。
放課後に友達とお出かけ。
自分も友達がいないわけではないが、お金がないから遊びに行けなかった。
今は自分も制服を着たままだから、一人でいるところを見られるのが年頃に恥ずかしかった。
だから、裏道で母の仕事先に向かおうとした。
「──どうしたの。悲しい顔して」
「うわっ、びっくりした! ……えっと、誰?」
人気がない裏道。そんなのこの時間帯の渋谷に存在するだろうか。
日差しが歪み、気分が悪い。熱中症だろうか、けれど寒気もする。
「もし、悩みがあるなら私に話してみて。きっと、楽になるから」
「楽に、なれる……?」
「うん♪ 心の底から希望に満ち溢れるよ……! ……ね? さぁ、話して──」
◇ ◇ ◇
結局、セブダンジョンで宝具を見つけられず。
それどころか終始、魔物を見かけることもなかった。
加賀遺は去り際「未完成」と言ったが、その通りなのだろう。
セブダンジョンはトラップが少しあるだけの空箱に過ぎなかった。
つまり攻略しようにも、するものがまだない。
上が厳冬、下が常夏となったこのダンジョンを攻略できるのはもう少し先……と探求省に報告せざるを得ないな。
俺たちがさっきまでいた、氷に包まれた天空神殿は大きな雲と共にまたどこかへと消えてしまった。
そして、オーデュイのお陰で地上に降りてきた俺たちは、海にプカプカと浮かんでいたところを猪俣たちによって救助された。
「ふぅ、楽しかったね〜」
「……そうだな」
吾妻は玉響相手に戦えた時もそうだったが、今回もまた強さがインフレしている。
原因は天原による力の譲渡や、両親の遺伝など様々だが……本当にそれだけか?
まだまだ人気急上昇中のJK配信者はチート級に強くなってしまった。裏方の俺は本当に裏方に徹していいかもしれない。
いや、裏方すら俺でなくても良くなってきた。
「──マイマーイ! みんなぁ!!」
高所の恐怖で叫び散らした人はパラソルの下で横になり暖を取って休み、その他がそばで看病していた時、海の方からオーデュイの声が聞こえた。
……いや、オーデュイか?
海辺に立つ白髪のミディアムカットの女性。
水色の瞳を目に宿した彼女は、水色のセーラー服を着ていた。
「もしかして……オーデュイ!?」
「うん! なんか、一回凍っちゃったから固まるコツみたいなの掴んで、ニンゲンになれたー!」
「おぉー! オーデュイおめでとー!!」
「なんか白髪になっちゃったけどね〜どわっ!?」
さっそく吾妻がオーデュイに抱きつきに行って、そのまま海にダイブした。
「えへへー、ごめん。濡れちゃったねぇ〜」
「大丈夫だよ〜、なんと! 服装も自由自在!!」
「すごー!!」
次に起き上がった時には、青色のセーラー水着へと早変わりしていた。
「この姿ならお母さんに謝りに行けるかな……!」
彼女の目標は最初からそれだ。
だが、オーデュイはもう10年前に亡くなっており、彼女の母はそれを受け入れて新しい家族を作るまでの時間が経ってしまった。
その事実をまず伝えなきゃならない──
「うん、一緒に行こう! あ、でもその格好はダメだよ? ちゃんと服着なきゃ〜」
「これでは行かないよ!?」
「でもでも〜会いに行くその前に〜」
「その前に?」
「水着に着替えたのならば! まずは海でとことん遊び尽くそー! オーデュイとしたいこといっぱいあるんだから!!」
「わぁ……! うん!!」
「ワタシもワタシも〜!」と、松實もダイブしてきた。
……今、伝えるのは野暮か。
徐々に動けるようになった者たちから、次々と加わって行き、偽物の太陽が沈むその時まで彼女たちは色んなことをして遊んだ。
──あ、撮影の尺が足りない気が……まぁ、こんな時もあっていいだろう。緊急依頼の結果報告はできるんだ。
時にはカメラを気にせず、羽を伸ばしたっていい。
彼女たちのバカンスはまだ終わらない。




