第7章 消えた男と14人の少女 ~伽耶の記憶~
ー3001年ー 深淵の屋敷 書庫
「ふざけないでっ!」
私の怒号が空を裂く。
血まみれの私は、再び歴史書から過去に飛び
ナシアの換魂の儀式を見てきたばかりだ。
私は怒り心頭だった。
「自分の子供を犠牲にして自分だけは生きながらえているって事?
なんて身勝手でひどい人なの!」
私は家族の愛を知らない。
私は何のために生まれてきたのか何度考えた事か。
だからこそ世間の子供には幸せであってほしいと願ってしまう。
それなのに、自分の崇拝する相手の為なら、我が子でさえ平然と捧げるあの女の性根が心底醜く感じてしまい吐き気さえ催す。
私の心は黒いモヤに包まれてしまった。
とても嫌な感情だ。
「それに⋯⋯斑鳩⋯⋯鵺⋯⋯
斑鳩なんて名前はそうあるものじゃない
あたしの先祖か何かなの?たまたま?
分からない、家系図みたいなものも無いし⋯⋯
そもそも私が見たあの時代は今から千年も前の話だし
そんな前の事、資料が残っているとは思えない
そもそも、あんな華やかでソナリスがいなかった時代が
過去にあったなんて、今まで知らなかった⋯⋯
なんで何も情報が残っていないのよ⋯⋯」
この本に囲まれた場所で何もできずに
過去にあった光景を見ているだけの自分が無力で嫌だった。
この私が授かった「アーカーシャヴィジョン」という力、まだいまいち使い方が分からない。
過去を見る以外の力はどうしたら?
色々考えていたら頭が回らなくなってきた。
考えすぎるのは体に毒だ。
今日はもう食事にしてから休憩して寝よう。
今日は何を作ろう。
相変わらずこの地下室は謎多き場所だけど助かっているのは事実だ。
この屋敷や地下室が無かったら私の人生はただ外の世界で怯えて生きるだけだった。
今日も感謝を伝え食材を頂く。
「んーーー、どうしよ、今日も簡易的な⋯⋯そうだな⋯⋯あれにしよう!
新鮮卵のピカタとサラダにはアイスプラントの生ハム巻き!」
まずは何よりも大事なお米!それといつものもち麦!
ささっとお米を炊いて⋯⋯次はおかず!
アイスプラントをさっと洗って小分けにしたアイスプラントを
生ハムで巻いて完成!簡単!お手軽!
次はピカタ作るぞ!
フライパンに少し多めの植物油を入れて強火で熱しておく。
植物油を少し多めに入れておくのがコツ。
卵1個を割って皿に入れ、箸で黄身と白身を溶く。
卵に塩と胡椒を「少し多いかな?」と思うくらい入れて、そぎ切りにした鶏むね肉を卵にくぐらせ、たっぷりの卵が絡みついたらフライパンに投入。
肉に絡みついた卵が落ちないように素早くフライパンに入れると、卵がたくさんついたおいしいピカタができあがる。
更に焼き加減の見極めが大事だ。
胸肉は火を通し過ぎるとすぐに硬くなるからピカタの場合は強火で一気に表面の卵を焼いて、肉の色が
肌色とピンク色の中間のような色合いになったらすぐひっくり返す。
これであとは30秒ほど待てばピカタの完成!
完成したサラダとピカタを地下室中央のテーブルの上に置いて、いざ!尋常に!いただきます!
まずはアイスプラントの生ハム巻きから味わう。
ん~~~、このぷちぷち感と生ハムが合う!
でもアイスプラントも少ししょっぱいから生ハムじゃなくて普通のハムでもいいかもね。
アイスプラント⋯⋯こんな見たことの無い食材まで置いてあるなんて地下室⋯⋯おそるべし。
そしてできたてピカタ。
口に入れて噛み締めるとサクジュワッ!
私の作るピカタは卵が少しサクッとなるように火を通す。
程よい歯ごたえが堪らない。
肉も火が通り過ぎていなくて柔らかく肉汁がジュワッと湧き出る!
今日のピカタは抜群の出来だ。
おいしい!おいしすぎるー!
そういえばこの建物や地下室を使い始めて気付いた事がある。
この地下室、食材が勝手に補充されている。
私が冷蔵室の肉を持って行きその6時間後くらいに軽食を食べようと思って冷蔵室を開けるとさっき肉を取ったはずの棚にまた肉が置かれている。
最初は見間違いかと思ったけど何度も何度も様々な場所に置かれた食材を持っていっては補充されていた。
一体だれが補充しているのか。
人為的に補充されているのだったら、私以外の人間がこの建物にいる事になる。
確かにこの建物はほとんど探索していないし初めて屋根の穴から入った時も子供のような声がしたので人がいてもおかしくはない。
しかし未探索エリアが多く、どれほどの規模の建物かも把握できていない。
見た目はそれほど広い屋敷には見えなかったけど、書庫だけでも明らかに屋敷の外観からは想像できない広さだ。
つまり探索をしたい!
最近やる事が多く探索できていないのだ。
だからこそもしかしたら別の部屋などに誰かがいるかもしれない。
試しに大きな声で呼びかけてみた事もあるけれど、誰も反応してこなかった。
ただ、この建物に入ってからおかしな事ばかりだし人智を超越した出来事が起きても不思議ではない。
そこで、食材の補充は「人以外の仕業」であると想定して色々と実験してみた。
まずいつも通りに冷蔵室の肉と保管室の干物を持って行く。
この時、全ての部屋には扉が付いているのでこの扉を全て開けたままにして地下室を出る。
2時間くらい経過して地下室に行くと、さきほど持っていった肉と干物が補充されていなかった。
そこで今度は肉も干物も持ち出した状態で冷蔵室と保管室の扉を閉めて10秒ほどしたら開けてみる。
するとさっきまで無くなっていた食材が補充されていたのだ。
どうやらこの扉を閉める事がトリガーになって補充されるようで、「どうやって補充されるのか」までは確認できなかった。
悔しい。
そこで冷蔵室の肉を1つ持って冷蔵室を出て扉を閉めると見せかけて、1ミリだけ開けた状態にしたあと隙間から部屋の中を覗きこむ。
暫く肉を見つめていたが、いくら待っても補充される事は無かった。
そこでとっておきの作戦だ。
自分が冷蔵室の中に入ったまま扉を閉めると補充されるのか。
少し危ないかなと思ったけど好奇心には勝てなかったのでいざ試す。
私が肉を一つ持っていった後なので、棚には肉が一つ欠品した状態になっている。
その空いている棚を見つめながら背中側にある扉を静かに閉めると「トン」という音と共に肉がいつの間にか補充されていた。
一瞬の出来事で肉が置かれた瞬間を見逃してしまった。
改めて肉を持ち出し冷蔵室の中から扉をゆっくり閉め、瞬きをしないで棚を見つめていると棚の奥の暗い部分から干からびた手がソッと現れ肉を補充する瞬間をついに目撃してしまった。
扉を閉めると補充されるのは分かったけど「え⋯⋯こっわ⋯⋯」と身震いしながら思ってしまった。
食材の補充の仕方は分かったけど結局干からびた手はなんなのか分からず頭の中はモヤモヤしたままだった。
ただ、食材を補充してくれているのだから悪い存在では無いのだろうと割り切る事にして、今は気にせず地下室を使用させてもらっている。
冷蔵室や保管庫に入るのは少し怖いけど。
大丈夫、悪い存在では無いさ。
◇◇◇
ピカタとサラダに夢中になっていると視界の端に影が動いたように見えた。
書庫に続く階段の方だ。
「え⋯⋯何?」
私はゆっくりと席を立ち釜の横に置いてある火かき棒を握りしめて構えながら階段に近づいていく。
摺り足で徐々に階段との間合いを詰めていくと、階段の上に銀髪ロングヘアの10歳ほどの女の子が膝を抱えて座り、腕で口元を隠していた。
容姿はなんと私と同じで、目が付いている。
首からは手が生えていない、私の同類だ!
私はコンタクトを試みる。
「こんにちは!どうしたの?
もしかして、この建物ってあなたのおうち?」
女の子は顔をふるふると左右に振る。
「もしかしてここには迷い込んだの?」
女の子が小刻みに頷く。
「元々はあなたのおうちじゃないけど
今はここで暮らしている感じかな?」
女の子は首を何度も縦に振る。
「あの、お姉ちゃんね
行く場所が無くて、お姉ちゃんもこの建物にいてもいいかな?」
女の子は一生懸命に声を出す。
「いいよ」
とんでもなくかわいい声をしている。
しかもなんだこの胸の高鳴りは!
落ち着けー!私落ち着けー!収まれ母性!
すると女の子が階段上から話しかけてきた。
「あのね、お姉ちゃん
お姉ちゃんが作ったの、あたしも食べていい?」
ふむ⋯⋯落・ち・着・け!私!
きゅんきゅんしてないで誠実に!
良いお姉ちゃんで居続けるのよ!
こんな純粋無垢そうなかわいい幼女に悪影響をもたらしたら駄目!
我慢よ!私!
「いいよ!一緒に食べよう!」
女の子は照れくさそうにしながらおしとやかに階段を降りてくる。
手を差し出して、手を繋ぎながら一緒に机まで移動する。
「あ、ご飯食べる時に食べたら体が痒くなったり
呼吸ができなくなるような事って今までに一度でもあった?」
女の子は私を見ながら顔を左右に振る。
「じゃあ、ご飯大丈夫そうだね
もし、食べ進める内に少しでも体調がおかしいなとか
思う事があったらすぐ教えてね」
「うん」
女の子は静かに返事をした後、席について一緒にいただきますをする。
女の子は無言だが美味しそうに食事をしている。
「こっちの黄色いのが胸肉を卵でコーティングしたピカタで
こっちの野菜はアイスプラントと生ハム
味は大丈夫?おいしいかな?」
女の子は口をハムスターみたいにして美味しそうに食べてくれるから私も嬉しくなる。
そうこうしていると階段の上でギシッと床が軋むような音が聞こえた。
私はハッとして、また火かき棒を持って階段の方へ近づく。
すると階段の上から男性の声が聞こえてきた。
「すみません、下に誰かいますか?」
私は警戒しながら反応する。
「はい⋯⋯いますけど⋯⋯」
「あああ、やはりいるんですね
少しびっくりしましたが
この建物に迷い込んで困っていたりしますか?」
私は無言で様子を伺う。
「あ、もしかして警戒されてますか?
それとも、さっきの返事、僕の幻聴だったり⋯⋯
幻聴は怖いな⋯⋯
⋯⋯もしかして⋯⋯伽耶ちゃんだったりしないよね?」
普通、自分の名前を呼ばれたら自分の知り合いかもしれないと安心する事もあるだろう。
でも、この世界で私を伽耶ちゃんなんて呼ぶ人は、私を攻撃する人以外知らない。
だからこそ警戒心がより強まった。
私は後ろのテーブルで食事をしている女の子を見て、思考を巡らせる。
いざという時はこの子だけでも助けないと⋯⋯。
相手が悪意ある存在だったらどうすればいい?
この火かき棒じゃ心もとないし⋯⋯正直、そこの出入り口からこんな小さな子を1人で外に逃がすのは不安だ⋯⋯。
どうする⋯⋯食料庫の中にタルがあったからその裏に隠れてもらうべきか?
思考を巡らせていると階段の上の男が続けて話し始める。
「伽耶ちゃん、ちょっとそっち行くからね」
「え!あの!ちょっと待ってください!困ります!
誰かは知りませんけど来られても⋯⋯」
すると10秒も経たないうちに、階段からゆっくり様子見しながら一人の男性が降りてくる。
男は薄く笑みを浮かべて現れた。
私は男性を見た途端、余りの衝撃で超音波のような絶叫を放つ。
「い⋯⋯い⋯⋯いい⋯⋯斑鳩ヌエェェェェエエエ!」
「あ⋯⋯ああ、よく分かったね
君の随分前の先祖にあたる斑鳩鵺だ
こうやって対面するのは初めまして⋯⋯だね」
「お⋯⋯おおお⋯⋯お前ぇぇぇえ!ナシアの側近!
先祖?やはり先祖なのか!
ふ⋯⋯ふざけるな!なんで笑っていられる!」
私は明らかに動揺していた。
この能力を使って約千年前の過去に向かい、そこで神さま信者のナシアを見た。
しかもおそらくあのナシアという女は世界が変貌した原因の1人だ。
そんな人物の側近だったこの男。
斑鳩鵺。
過去で見た鵺よりも若く見える。
しかもこの男は膝から下だけを残して消えたはずが、今は健康そうな足でしっかりと大地を踏みしめている。
「凄い反応だね、そんなにびっくりしたかい?
別に先祖だから敬ってほしいみたいな事は
少しも思ってないけどさ
いきなりお前呼ばわりは寂しいかな」
私は微塵も無礼な対応をしているつもりは無い。
あのナシアの側近が相手であれば容赦してはいけない。
自分の子供たちを犠牲にして、かつ平然とした表情の冷酷なあの女を私は認める訳にはいかない。
その女の仲間であれば問答無用で敵として認識する、決しておかしな話ではない。
「おいおいおい、少しは警戒を緩めてよ」
「ナシアの仲間のくせに!何を緩めろって言うんだ!
敵を前にして警戒以外の選択肢があるか!」
私が力んで攻撃的に当たり散らしていると鵺は静かに語り始めた。
「分かっている、敵だと疑われても仕方がない
ただ、このまま敵視されているのも嫌だからね
少しお話をさせてもらいたいんだ、時間をくれるかい?」
「なに?⋯⋯なにか時間稼ぎ?」
「違うよ、話を聞いてほしい、それだけなんだ
僕を敵かどうか判断するのは話を聞いてからでも遅くないだろう?」
私は戸惑った。
この人の話を聞く事が良い選択なのだろうか?
正直怖い。
話を聞いているうちに何かされないだろうか?
でも話を聞くだけなら大丈夫だろうか?
私は戸惑いながらも火かき棒を握りしめたまま頷いた。
「まず最初に、どこまで知っているかは分からないけど
ナシアと僕を知っているという事は
シェルフドッグという団体の事も知っているね?」
私はゆっくりと頷く。
「うん、僕は当初あの組織に潜入していた捜査官だったんだよ」
「え?つまり⋯⋯警察だったんですか?」
「ああ、そうだよ、シェルフドッグという団体が
裏で危険な事をしているのは
警察関係者の中では有名な話だったからね」
「それならなんであんな女の側近なんてやっていたんですか!」
「ナシアが神さまから授かった力は3つあったよね
一つは魂を移す力、もう一つは生物の探知、
そして最後は軽度の洗脳⋯⋯
その洗脳がさ、普通だったらそこまで効かないらしいんだけど
ナシアには洗脳の才能があったらしくて
自分の意志も、信念も、すっかり彼女に奪われてしまった」
私はなんと言えばいいのか分からず、無言になってしまった。
「僕がね、ナシアの側近だった事は言い逃れするつもりはないよ
洗脳にかかってしまった僕が悪い
しかもナシア自身も洗脳したつもりが無く
僕の洗脳状態が信者ゆえの狂信ぶりのように見られていた
だからこそ神さまのスキャンにも
僕が洗脳で従っているような状態とはばれず
一信者として信頼できると誤解されていたみたいだった
まあ、憶測な部分もあるけど、大体そんな感じかな」
「そ⋯⋯そうなんですね⋯⋯あの⋯⋯
洗脳ってどういう感じなんですか?
洗脳されていた時期の事は覚えてますか?」
「ああ、覚えているよ
意識があるんだよ⋯⋯
意識があるのに体が言う事を聞かないんだ
夢の中にいるような⋯⋯最悪だったよ⋯⋯今思い出しても⋯⋯」
鵺の様子がおかしいので事情を聞く。
「僕はね、主にシェルフドッグの運用資金を日々賄っていたんだ
パッシブインカムと言ってね
何もしなくても金銭を稼げるシステムの事なんだけど
その手の構築をして随分と稼いでいたんだよ
でもね組織の規模が大きくなりすぎて
資金を賄えきれなくなってしまったんだ
そこで人身売買、臓器売買⋯⋯
そのような事に警察の僕が加担していたんだよ
⋯⋯息子に誇れなかった
でも夢の中にいた僕は
ナシアの「資金をどうにかしなければ」の発言に
心が揺れ動いてしまい、最低な事を繰り返した。
臓器を摘出する相手が自分の息子と
同じくらいの年代の子たちもいた
僕は⋯⋯僕はあんな事⋯⋯
僕はあんなひどい事を⋯⋯僕の責任だ
どれだけ抗っても洗脳を解く事ができず
結局ナシアとの付き合いも10年以上の長いものとなってしまい
さも信頼のおける右腕みたいになって
僕の潜入捜査は早い段階から破綻していた」
鵺の無念の想いがヒシヒシと伝わってくる。
「その⋯⋯状況は分かりました⋯⋯
洗脳に関して、
私があなたに何も言うべきでは無いと思いますが
あなたを軽蔑もしていませんし
あなた自身が一番つらい事だと思うので
何かあれば話してください⋯⋯
聞くことくらいはできますので⋯⋯」
「ああ⋯⋯ありがとう⋯⋯
今も毎日のようにあの子たちの顔が頭から離れないんだ⋯⋯
あの子たちには、なんの罪もなかった
なのに僕は、朦朧とした夢の中で⋯⋯
ただ、あの子たちの顔を眺めていた
夢の中では分かっていたんだ
あの子たちが苦しんでいることも
僕が何もできずにいることも
それでも、何もできなかった
洗脳されていた。
そんなことは、もう分かっている
でも⋯⋯それで、あの子たちが救われるわけじゃない
僕はただ一人、抗うこともできず、
洗脳と戦い抜くこともできず⋯⋯何もできなかった
間抜けの極みだ⋯⋯
こんな僕に⋯⋯償えることがあるのか
そんなことを、今でも日々考えてしまうんだ」
私は穏やかな笑みを浮かべて応える。
「償いという荷を背負った気持ちでは無く
もっと未来に向けた明るい目標でもいいんじゃないですか?
それが少なからず
子供たちへの手向けになるんじゃないかと私は信じています」
鵺さんはうつむき加減で静かに頷いた。
その頬には一筋の雫が伝っていた。
◇◇◇
少しの沈黙が続く中、私は鵺さんに改めて謝罪をした。
「あの⋯⋯さっきは警戒してすみません
でも千年も前の人がどうしてここに?
今、3001年ですよ?」
「⋯⋯⋯⋯」
鵺さんはハンカチで涙を拭う。
「今は⋯⋯正確には3001年ではないよ、伽耶ちゃん」
「え、3001年ですって⋯⋯」
「違うよ、この建物には、時間の概念が無いんだ
だからこの屋敷内で、時間や日付なんてものは意味が無いんだよ」
屋敷の話になった。
私は屋敷の事で聞きたい事が山程ある。
「時間の概念が無い?
この屋敷はなんなんですか!おかしな事がありすぎます!」
「この屋敷はね、意思をもった呪物のような物なんだよ
その名はーー深淵の底アガルタ」
「深淵の底?」
「ああ、伽耶ちゃんは僕やナシアを知っているという事は
少なからず魂を移す過去の映像を見たって解釈でいいかな?」
「はい、見ました
あの恐ろしい箱を使って魂を移していましたよね」
「うん、そうだね」
「でも鵺さん、あなたは儀式の途中に亡くなったはずです⋯⋯
それが何故無事でいるんですか?」
「⋯⋯このアガルタという場所はね、
あの儀式に使われた箱の中にあるんだよ」
「え⋯⋯ええええええ?
じゃあ⋯⋯えっと⋯⋯鵺さんは何かしらの影響があって
あの儀式の最中に足だけを残して
体のほとんどが箱の中に入ったって事ですか?」
「そうだね、大体そんな解釈でいいと思う
僕は足を残して箱の中に吸い込まれ、
深淵の底に辿り着き、この屋敷に招かれた⋯⋯
伽耶ちゃん、きみのおかげでね」
「ん?私?なんでそこで私が?」
「ああ、きみが動いてくれたから
今、僕はここにいるんだよ」
「いやいやいや、意味分からないし!」
「まだ今の伽耶ちゃんは何も知らないけどだろうけどさ、
これからしてくれるんだよ」
「ぜんっぜん分かりません!」
私は考えても分からない事を考え続けるのは
無駄だと思ってしまうので鵺さんに率直に聞く。
「つまりどういう事なんですか?」
「言える部分と言えない部分があるから
言える部分の説明をするね
順を追って話したいなぁ、
まず僕はね⋯⋯伽耶ちゃんと同じ力を持っているんだよ」
「え!え!私と同じ力ですか?
過去を見たりできる、あの力ですか?」
「そうだね、僕も本を読んでしまってね、そこで力を得たんだ
それを知ってもらった上で話を進めるけど
まずここアガルタの書庫には
世界の全ての時間軸から集められた
一般的なものから禁書と呼ばれる本まで
様々な本が収められているんだ」
「そこの書庫に禁書⋯⋯危ない本なんですかね?」
「禁書って言われると読んではいけない
みたいな印象があるよね
でも一概にそうでは無いんだよ
禁書たる所以は様々だから、
禁書だからといって危険とは限らないよ
まあ、警戒するに越したことはないけどね」
私は後ろで食事をしている女の子を気にしつつ鵺さんと語らい続ける。
「私、いろんな本を読み漁ってしまって大丈夫ですかね?」
「あー、大丈夫じゃないかな?
本当に危険な本は、
少し見つけづらい場所に所蔵されているから大丈夫だと思うよ」
「なるほど、本当に危険な本⋯⋯
もしかして特殊な装丁の本がありましたけど
あれの事ですか?黒い色した⋯⋯」
鵺さんは爽やかな笑顔を見せる。
「ああ、あれは危険な類いではないから安心して平気だよ
むしろあの本は希望を与えてくれる本だ
本当に危険な本は
見た瞬間に体の一部が別次元に飛ばされたり、
体の皮膚だけを剥ぎ取られたり、
体内の臓器が蛇になったり⋯⋯そういう本の事だよ」
「あっぶなー⋯⋯えっと、書庫の本、
もう読む勇気がでないんですけど⋯⋯」
「あっあー、大丈夫!
本当に危険な本は彼女が教えてくれる⋯⋯
なあ、アガルタさん?」
すると鵺さんの呼びかけに呼応するかのように、
どこからともなく鈴の音がカラーンと鳴る。
「え、アガルタってこの屋敷ですよね、対話できるんですか?」
鵺さんはケタケタと笑いながら語る。
「あるある!意思があるんだ、この屋敷は!
僕はさ、禁書を探り当ててしまったんだ
その時、この禍々しい本はなんだろうと
興味が出てしまって見ようとした事があるんだ
そうしたら本棚の両脇から
大量のミイラみたいな手が出てきて
その中の一本の手が
僕に向かって手のひらをかざすんだよ
まるで止めろと静止するかのようにね」
ミイラみたいな手⋯⋯
その話を聞いてすぐに食料庫の手を思い出した。
「あ!食料庫の食材が
いつも勝手に補充されてるから観察したんですけど
その時に手が出てきて補充してました!
あれ、この屋敷だったんですね」
「おー、もうアガルタさんの事を目にしたんだね
なら話が早い
まあ、そういう事もあったからさ
意思の疎通が可能か試してみたんだ」
「へぇ⋯⋯」
「アガルタさんはね、
さっきの鈴の音で会話ができるんだよ
そこでお互いに分かりやすい
合図を使ってもらうようお願いしたんだ
【はい】は鈴を1度、
【いいえ】は鈴を2度、
【緊急事態】は鈴を3度、2セット鳴らす
ってね!」
「端的で分かりやすくていいですね!」
「こういう打ち合わせは早めにね」
この際だからお世話になっているアガルタさんに挨拶する事にした。
「あの、アガルタさん、斑鳩伽耶です
今更ですが、いつも食事や生活できる空間を
貸していただいてありがとうございます!
とても助かっていますし、
食材も新鮮でとてもおいしいです!」
するとどこからともなく鈴の音が鳴り響く。
カラ~ン
「ふふふ、今のはよろしく~みたいな意味なんですかね」
「ああ、大体そんなところだろうな
それでなアガルタさんと随分と語り合ってね⋯⋯
いや、質問攻めにしたってところかな」
「何を質問したんですか?」
「何から何まで質問したさ、聞きたい事は山程あったからね」
「それは私も鵺さんと同じ気持ちです」
「ああ、悪いね、少しずつ話すからちょっと待ってくれ
話が長くなりそうだしみんなを呼んでもいいかい?」
「みんな?他に誰かいるんですか?」
「うん、みんな、おいで、大丈夫だよ」
すると書庫から地下室に繋がる階段の上からたくさんの女の子たちがおずおずと降りてきた。
その光景を見た瞬間、私はとてもでは無いけど我慢する事ができなかった。
「ぎゃぁぁああああ!がわいいぃぃぃいいいい!
この子たち、どこの子ですか!鵺さんのお子さんですか?
もしかして私の妹たちですか?
そうよ!私がお姉ちゃんよ!きゃああぁぁぁぁああ!」
「みんな逃げろ!大丈夫じゃなかった!
逃げるんだ!このお姉さんは危険だ!」
すると女の子たちはトテテテと、小さな足取りで逃げていった。
「ああああ、待って!違うの!
お姉ちゃんちょっと興奮しちゃって!
ごめんなさい!戻ってきてー!」
「興奮ー?本当にー?大丈夫ー?」
鵺さんが口角と片眉を上げながら私を細目で見つめている。
「大丈夫です!なんてったってお姉ちゃんですから!
⋯⋯落ち着け!わたし!」
階段付近に避難していた女の子たちがファーストエンカウンターを図ってくる。
「ねえ、お姉ちゃん」
なんっっってかわいい声なのか!
この子たちは天使か!妖精か!女神か!
「な⋯⋯なーに?どうしたの?」
「あのね、あたしたちも
おねえちゃんの作ったおご飯、食べていい?」
お・ご・飯!
美化語が重複しちゃってるよ!
胸が⋯⋯胸がくるしくて、死ぬ!耐えろ!私!
「いいよ~、みんな座って!」
耐えた!私!
「あの鵺さん、とりあえず食事にしませんか?
この人数だし、さっき作った量では足りないから
追加で食事作りますよ」
鵺さんは静かに頷く。
「伽耶ちゃんありがとう、頂こうかな」
テーブルや椅子も多めに配置して追加の食事も作る。
女の子が1、2、4⋯⋯14人と鵺さんとアガルタさん、んで私含めて18人。
「あ!アガルタさんも食事食べられますよね?」
カラ~ン、鈴の音が一度鳴る。
「え?食べられるの!」
鵺さんは目を丸くして驚愕している。
「鵺さん、アガルタさんに色々と質問したのに
知らない事あるじゃないですかー」
「いやー、そういうの勝手な偏見で
食事はしないと思っていたわ、アガルタさん、すまん!」
カラ~ン、カラ~ン
鈴の音が二度鳴った。
「うふふふ、鵺さーん、アガルタさんが許さないってさ」
「くっ!いや、本当にすまない
もう少し日常的な質問とかすべきだった」
私はニタニタしながら料理に取り掛かろうと準備を始める。
さて、18人なら一度にたくさん作れるアレだ!
「みんな、少しだけ待っててね」
「はーい」
かわいい女の子の黄色い返事14人分が私の鼓膜をエルドラドへと導く。
耐えられるか!私!昇天するな!私!
さて、ここは腕の見せどころ。
「ねぇ、アガルタさん
突然だけど、もしかして料理の手伝いとかしてもらえたりしますか?」
すると間髪入れずに鈴の音が一度鳴る。
カラ~ン
調理の時ってサポートしてくれる人がいると効率的になって助かるよね。感謝。
アガルタさんが次々と食材を用意してくれたおかげで調理台が食材の山になった。
「アガルタさんありがとうございます!
そうしたらまずこの真ん中の鍋のお湯が沸騰したら
乾燥パスタを入れて欲しいんですけど⋯⋯
どれくらい用意すればいいかな
そういえばアガルタさんってどれくらい食べられます?」
そう、アガルタさんは十中八九、人では無い。
それ故に食事をするにしてもこの屋敷自体であるアガルタさんがどれほど食べられるのか、全く想像もつかないのだ。
「一応重量で聞くからね、一般男性が食べそうな200グラム?」
カラ~ンカラ~ン
「違うか、もしかして200グラム以下?」
カラ~ンカラ~ン
「違うわね、300グラム?」
カラ~ンカラ~ン
「ええ?500グラム以上?」
カラ~ン
「アガルタさん、もしかしてさ⋯⋯
いくらでも食べられる?」
カラ~ン
「あ~~~~なるほど!じゃあ質問内容変えますね!
食事の味って分かります?」
カラ~ン
良かった、味は分かるみたいだ。それならばっ!
「アガルタさん、食事ってどれくらい食べれば満足できます?
500グラムくらいで満足できますか?」
カラ~ン
「きっと妥協してくれたんですよね!
ありがとうございます!任せてください!
そうしたらアガルタさん500グラム、鵺さんは200、私は100、
女の子たちは⋯⋯食べ盛りだろうし
1人100グラム計算でいいか⋯⋯全部で2.2キロ!」
すると鵺さんがひょっとこみたいな顔で疑問を投げかけてきた。
「なあ、伽耶ちゃん、ひとついいかい?
さっき人数を数えた時にさ、アガルタさんを含めて
18人って言っていたけど17人が正しいと思うよ」
「あれ?そういえば私18人って⋯⋯言ってましたね!」
「ああ、数え間違いだろうけどね」
「1⋯⋯2⋯⋯4⋯⋯17!17人です!間違えちゃった!」
人数を改めて把握して調理を進める。
「そうそう、アガルタさん!
今から調理始めるから私がお願いする食材を
この調理台の上に置いてほしいです!」
カラ~ン
鈴が一度鳴り、アガルタさんのサポートを受けながら、調理を始めた。
私は2つのコンロに鍋を置き、両方の鍋にお湯を満たし塩を入れて沸かす。
「アガルタさん、たまねぎ10個と冷凍エビ10袋、白ワイン1本、
ホールトマトの缶詰10個、それとそこのはじにある
粉末のフュメ・ド・クリュスタッセを1袋、
それぞれ用意してほしいです!」
カラ~ン
アガルタさんが食材の準備をしてくれている間に、私は保管庫に移動してパスタ麺を選ぶ。
「このロングパスタは⋯⋯
1.4ミリだからこっちの1.7ミリの方がトマトに合うよね」
パスタを計量器の上のお皿の上に置いて、パスタの準備は完了!
茹ではアガルタさんに託そう。
「アガルタさーん
食材の準備が終わってからで大丈夫なので⋯⋯って
もう食材が用意されているぅぅうう!」
なんという事でしょう。
アガルタさんはほんの一瞬で食材を用意してしまったのであった。
おそるべき対応力!
色々と最強では?
「し⋯⋯失礼、
アガルタさんの準備が余りにも早くてびっくりしてしまった
あとで合図だしますけど、真ん中のお湯が沸騰したら
その中にこの乾燥パスタを全部入れてほしいです!
少しだけ待ってくださいね!」
カラ~ン
「ありがとうございます!
その間にソース作らないと!」
私はアガルタさんが用意してくれた食材を手際よく炒め始めた。
パスタ用のお湯を沸かしている隣のコンロでテフロンパンにオリーブオイルを入れて、包丁の腹で潰したにんにくを弱火でじっくりと炒め始めた。
「殻付きの冷凍エビをそのまま炒めて
一旦別皿に取り出しておいて⋯⋯
玉ねぎ炒めて⋯⋯炒めきらない内に白ワインを入れて
テフロンパンを少し斜めにしてフランベしてっと⋯⋯」
鍋の上で白ワインに火が付き女の子たちが「わぁ!」と黄色い声援を上げているのが聞こえる。
「お姉ちゃん大好き!」とまで聞こえる気がする。
いや、きっと言ってる。
「おーい、伽耶さんや
何考えているか知らないけど顔がニタついて怖いですぞー」
ちっ、勘のいい先祖様め。
妄想くらい許していただきたいものだ。
「よし、トマト缶10個の中身を潰しながら入れて
フツフツしてきたらフュメを小さじ6ほど入れたら、
取り出しておいたエビを入れて⋯⋯
少しだけ煮込んで、塩で調整したら完成!」
ソースをまとめて全員分作り、完成したソースは全てボールにまとめておく。
「よーし!ここからはみんな手伝って!
アガルタさん!
一番端の沸騰した湯にこの卵、全部いれてほしいです!
それが終わったら10分後に
真ん中の鍋にパスタ麺を入れてほしいです!
色々助けてくださってありがとうございます!」
アガルタさんが親指を立ててジェスチャーで返した。
「さて、あと女の子たち!
みんなにはこの野菜をお皿に盛ってもらいます!
私が水にさらしておいた大量のレタスとクレソンを程よくちぎって
お皿の上にのっけてくださーい」
女の子たちはきゃっきゃっとはしゃぎながら
お皿にはみるみるうちにサラダの山ができていった。
鵺さんも自主的に手伝ってくれた。
「おいおい、この子たちにクレソンは大丈夫なのかい?
少し大人の味すぎないか?」
「ふふふふ、鵺さん!少し口を開けてください」
「ん?なんで?」
「いいから!ほい!」
「もがっ!」
私はクレソンの切れ端を鵺さんの口に押し込んだ。
「こっ⋯⋯これは!この味はぁぁぁぁ!!」
「はい!」
「なんてマイルドなんだ!
辛すぎないし、
これなら子供の味覚でもおいしく食べれるぞ!」
「そうなんですよ!
私もクレソンって食べた事無かったんですけど
書庫の本を見ている中でミモザサラダのレシピが
本格的なものから伝統的なもの、
家庭的なものとかいくつかあって
その中でクレソンを使っていたんです
クレソンは辛くて大人の味ってイメージしか無かったから
ここに置いてあるクレソンを食べてみたら
辛味が濃すぎないし青臭さも抑えめで食べやすくて⋯⋯
良い意味で裏切られましたね」
「ああ、こんなクレソンは初めてだよ!
筋張ってもいないし、これなら納得だよ!
ええ?本当においしいな!
普段のクレソンもいいけどこれはこれで⋯⋯」
鵺さんも納得したところでサラダ作りを続ける。
「そこに~~~このツナ缶!
これを上から散らしてくださ~い!」
女の子たちにお願いしている間にゆで卵ができたので、水にさらし女の子たちに見せる。
「この卵の殻、剥ける人!だーれ!」
私の声に呼応してみんなが返事をする。
「はい!」
「あい!」
「できなーい!」
「あのね、お姉ちゃん、お腹かゆいの」
反応は様々だが、結局殻剥きを手伝ってくれた。
うん、かわいい。
天使!降臨!
お腹はお姉さんがかいてあげる。
「殻の剥けた卵は、こっちの水に入れてねー」
剥けた卵が続々と山積みとなり、山積みの卵を細かくしてサラダの上に散らす。
「はーい!そうしたらみんな熱いから少し離れてねー」
私はカリカリになるまで焼いたパンチェッタをサラダの上にのせた。
最後にマヨネーズを網目状にかけ塩コショウ少々とレモンをしぼり完成。
「はい!簡易的なミモザサラダができましたー!
本格的なミモザサラダは
ロシアの料理人さんに習ってください!」
「わぁぁぁあああああ!」
女の子の黄色い声、心が癒やされます、
「わぁぁぁああああお!」
鵺さん、すっごいはしゃいでる、そのキラキラした目、面白いからやめて。
「え、でもミモザサラダってこういうものじゃないの?」
「鵺さん、違うよ、
私の作るミモザサラダは本場とは違うのですよ
お寿司とカリフォルニアロールくらい違う」
「カリフォルニアロール、伽耶ちゃん知ってるんだ!
凄いな!
あれ、海外で生まれた独自の素敵な寿司だよね!」
「私は知識しかないですけどね!」
「西暦3000年を生きる伽耶ちゃんが
カリフォルニアロールの話題を出す⋯⋯
なんかエモいな」
「私はお寿司すら食べた事ないですけどね!」
「今度おじさんが作ってあげよう」
こういう他愛もない会話が楽しくて仕方ない。
家族とのコミュニケーションや思い出が何一つとして無かった私からすると、この時この場が幸せの絶頂なのは間違いない。
料理を作って良かった、生きてきて良かった
そういう想いが今この瞬間に詰まっている。
みんなには感謝しかないです。
これからみんなと幸せを更新していきたいな。
余韻に浸っているとアガルタさんが肩をトントンと叩いてパスタの茹で加減を教えてくれた。
「あ!ありがとうございます!
おー!丁度いいですね!
うん、茹で上がる1分前くらいの硬さでばっちりです!
アガルタさん素敵!」
大量のパスタを湯切りする為、一度ザルに移した後、大量のトマトソースの入ったボールにパスタを入れてトングを使って豪快にソースと絡める。
これだけのパスタを一度に作ったのは初めてだけど、不思議と重労働感は無い。
程よく混ざったらそれぞれのお皿にとりわけて、最後に軽くE∨オリーブオイルを回しかけて完成。
大味になっていなければいいけど⋯⋯。
「みんな、できたから食べよ~!」
「いただきまーす!」
みんな凄い勢いで食べる。
「おいし~~~~」
「そんな焦って食べなくても誰も取らないからねー」
すかさず鵺さんが発狂する。
「なんだこれ!うっま!この風味はなんだ?
エビしか入れてないのにここまで芳醇な味がでるもんなの?
おじさん、舌がびっくりしてるよ!」
「あー、それはこの
フュメ・ド・クリュスタッセのおかげだと思いますよ」
「ええー、おじさん見たことも聞いた事も無いよ?」
「エビとかカニとか甲殻類の殻や頭から
旨味を抽出した調味料ですね」
「へー、珍しい調味料なの?」
「まあ、私自身が本でしか見た事無い調味料なので、
私としては珍しいです!
私のいた3001年には
まずこの調味料は存在しないですね
元々フランス料理発祥の調味ベースで
日本の一般家庭ではそこそこ入手困難だったとか」
「あらー?伽耶ちゃん、詳しいね!
書庫で本の虫にでもなっていたみたいだから
なんでも知っているね」
「はい!だって本ですよ!
私の時代には本当に本は貴重品なんですから!
それがこんなに!
こんなに色々な本があるなんて⋯⋯
暇さえあれば、書庫に籠もりっきりです!
特に料理関連は優先的に見ているんです
この特殊な力のおかげで物覚えも良くなったので」
「へぇえ!書庫の本、だいぶお気に入りだね、
そりゃ色々と詳しくもなるか」
「はい、でも過去の人間の歴史は見ていて不愉快でした
自国も他国も殺し合ってばかり⋯⋯
どこかの国が嘘の歴史を正史としたり、
侵略した国が何故か正義を主張したり⋯⋯
なによりも環境汚染が進んでいるのに
世界が団結して解決に向かおうともしない⋯⋯
それにどこの国も一度はひどい事をしている
なのに自国の非道な歴史は棚に上げて
他国や敵視している国を粘着質に責め立てる
私、政治とか戦争とか良く分かりませんけど、
ここの本を読んでいると
人間の事を心底醜いものだと思ってしまいました」
「うん、そうだね、
いつの時代もロクな事をしないのが人間だからね
それを美化した発言をする国も多くてね⋯⋯
多くは語りたくないけど人は醜いよね
でもね、それでも人間は
素敵な一面も多く持ち合わせていてね
一方からの視点だけで判断して嫌う事はできなかったな
ただ結局地球の汚染も人間のせいだし、
徐々に悪化していずれ人類は滅んでいたと思うよ」
「汚染⋯⋯そんなにひどかったんですね」
「まあ、食事の席で話す内容でも無いから
また今度こういう話をしよう
今はこんなにおいしい食事があるんだから
食事の話でもしようよ
っていうか本当においしいな!このパスタ!」
シュッシュッシュッ
鵺さんがすっごい勢いで私に向かって親指を立てたサムズアップを繰り返す。
釣られてアガルタさんもサムズアップを何度も繰り返す。
私はこの状況がなんだか面白くなってしまい暫くの間大笑いしていた。
こんなにも楽しい時間は人生で初めてだ。
誰ともまともに会話をした事が無かった私には奇跡のような時間。
ここには温度がある。
なんて幸せな空間だろう。
それにしてもアガルタさんの食事シーン⋯⋯
壁のレンガが口みたいに開いてそこにパスタ入れてる!
食べてる?レンガが開閉の度に「ガコン!バタン!」って凄い音がなる!
なんか見てて楽しい!
「あ、アガルタさん、味は大丈夫ですか?
美味しいですか?」
指でOKサインを出してくれた。
この時、当たり前の事を思った。
「アガルタさん!手話を覚えたら
もっと意思を明確に伝えられるんじゃないですか!」
「それだぁ!⋯⋯っていうか3001年に手話あるの!?」
「知識としてはありますよ、ただ、使う人はいませんね
何せほとんどの人が目⋯⋯見えてないので⋯⋯
なので手話を使うなら共有くらいできます!」
鵺さんも驚愕の表情で勢い良く立ち上がった。
アガルタさんも賛同しているようだ。
「ただ、ちょっと待った」
鵺さんは神妙な面持ちで語り始める。
「手話もいいが、筆談でも良くないか?」
私は苦虫を噛み潰したような顔で鵺さんを見つめる。
「な⋯⋯どうしたのさ⋯⋯」
鵺さんは、明らかにたじろいでいた。
「その考え、思いつかなかったのが悔しくて⋯⋯」
「ははは、当たり前のような事こそ
案外忘れがちだったりするものさ」
「そういうものですかね?」
「そういうものさ」
私は頷きつつもアガルタさんに話しかける。
「アガルタさん、
手話や文字の件、また明日とかに詳しくお話させてください」
カラ~ン
アガルタさんの鈴の音を聞いた後、食事をしながら私は鵺さんに問いかける。
「それで鵺さん、食事前の話に戻るんですけど
アガルタさんを質問攻めにしたんですよね?
どんな事を教えてもらったんですか?」
鵺さんは少し間をおいて口を開く。
「アガルタさん、伽耶ちゃんにだったら色々話してもいいかな?」
鈴の音が一度聞こえ、壁から生えたアガルタさんの手から
弾んだ様子でOKサインが返ってきた。
「許可ももらったし色々と話そうか
アガルタさんが妙に協力的だとは思わないかい?」
「あ、はい、確か過去に破滅の箱とか
物騒な名前で呼ばれていましたよね?
この場所がその破滅の箱の中みたいですが
その割にアガルタさんは協力的だと思っています
破滅とはほど遠いというか⋯⋯」
「作った者の意図と作られた者の意思は別だからな」
「作られた者はアガルタさんの事で、作った者?
確か神の道具ですよね?
神が作ったんですか?」
「ああ、アガルタさんは作られたけれど、
少し事情があるみたいで
詳しい事は教えてもらえていない」
「そうなんですね」
「まあ、破滅の箱なんて言われても
我々にとっては愉快な仲間のアガルタさんって事だ」
「はい、とても頼りになる癒やしのアガルタさんです!」
アガルタさんがウキウキしている。
「それと鵺さん、ずっと気になっているんですけど⋯⋯
このかわいい女の子たちは誰ですか!」
「ふっ⋯⋯かわいいだろ?」
「ええ!そりゃ!もう!」
「お持ち帰りしないって誓えるかい?」
「誓えません!」
「じゃあ駄目だ、教えられない!
みんなご飯を持って逃げるんだ!」
「あああああ!待って!冗談だから!」
「本当の本当に~?」
「はい!鵺さん!女の子たち!信じて!」
「信じてって言う人に限って悪者だったりするよねぇ⋯⋯」
「あああ⋯⋯言えば言うほど泥沼にはまってゆく⋯⋯」
「分かってるよ、まあ冗談はさておき、
この子たちはみんなナシアの子だよ」
「んん?⋯⋯はぁああああ?」
「ナシアは人生を費やして神さまのために換魂をし続けた
自分が命を繋いでいく事により
神さまの顕現までを見守る信念で
何度も出産し、何度も破滅の箱を使って
我が子に自分の魂を移していった
2003年に天啓を受けナシアが誕生し、
2730年の神さまの顕現までの約727年の間に
ナシアは14人の我が子を犠牲にして
生まれ変わり
生まれ変わり
生まれ変わり続けたんだよ」
「うん、でも鵺さんちょっと待って⋯⋯
ナシアが我が子を犠牲にして、というのは
最初の箱の映像も見ているし大体予想はできるけど
ここにいる子⋯⋯
みんな犠牲になったあの赤ちゃんたちなの!?」
鵺さんは優しい笑みを浮かべながらそっと頷いた。
「や⋯⋯⋯⋯やったぁぁぁああああ!」
私は嬉しさのあまり、両手を広げて女の子たちに飛び込んだ。
「良かったよぉぉぉお!
みんな死んじゃったのかと思ってたぁぁぁ
生きてるなら生きてるって言ってよぉぉ、
みんなのいじわるぅぅぅぅ!」
わんわん泣きながら女の子たちに抱きつく私。
女の子たちは少し戸惑いながらも私の頭を優しく撫でたり、ぽんぽんと叩いたり、両頬を手でむにっと押さえられ、上下の唇が突き出て、まるでタコのような顔にされてしまった。
本物のタコ、見た事無いから見てみたいな。
読んで頂きありがとうございました。




