第19章 手紙 ~老人の記憶~
こんにちは、伽耶さん
失礼を承知で申し上げますが、僕はあなたの事を存じ上げません。
知らない方へ手紙を書くというのは中々不思議なもので、狐につままれたような気分です。
ですが、ナシア様から未来にとって、とても重要な事だと聞きまして、久方ぶりに筆を執っております。
もし僕の不思議な話があなたにとって有益なものであれば、僕の体験も無駄では無かったのだと、そのように思います。
名乗るほどの者でもございませんので、名前は割愛させて頂きます。
僕は今年で89歳になりました。
こんな老いぼれじいさんにも子供時代というのがありまして、僕がまだ人間だった小学生くらいの頃に奇妙な体験がありました。
僕は子供の頃、いたずら好きでした。
人の驚く表情を見るのが楽しくて楽しくて、いつも友人や親を驚かせていました。
ある時友達と一緒に海へ行く事になりました。
僕は当然のようにある事を思いつきました。
溺れたふりをして驚かせてやろうと。
そこでまず用意したのが医療用シリコンテープです。
僕の父が医者だったので、こういう医療道具には詳しいほうでした。
脈拍が活発な部位にシリコンテープを貼ると、まるで脈が無くなったかのようになります。
海に行く前にそのシリコンテープを首、両手首に貼った状態で、シリコンテープと肌の境界線にはファンデーションを塗って、普通の肌に見えるようにしました。
その後、海に入り溺れたふりをすると友人や監視員が助けにくるのを見計らって、海の中に沈んでいきました。
海の底へ沈んでいく途中で監視員が僕を力強く抱きしめて救助してくれました。
救助にきた監視員の方が僕の脈を確認して「脈がない!」と心配しているところを「ばぁー!」と驚かせようとしたんです。
でも、監視員が脈を確認したあと、思いの外、心臓マッサージまでの行動が早く、驚かせようとする前に
心臓マッサージをされてしまいました。
この心臓マッサージをされた瞬間、胸や肋骨がとても痛かったので少しでも痛みを緩和するため反射的に
強く力んでいると、胸を押される時に気を失ってしまったんです。
そして気を失っている間、僕はとある夢を見ました。
バスに乗っているんですよ。
バスに乗っていて景色が過ぎ去っていきます。
空は青く晴れ渡り、景色は白くかすんでいて、点々と木や人や建物があるだけで、その様子はどこか物寂しい趣を漂わせていました。
そのバスの車内や車窓から見える景色は、どこか淡い色合いをしていて不思議な懐かしさに包まれました。
そんな中で声が聞こえてくるんです。
「次は、蘇生前、次は、蘇生前です
お降りの方は、降車ボタンを
押してください」
頭にエコーがかったような響く声でアナウンスが流れました。
僕は降車ボタンを押さないといけない気がして何気なくボタンを押したらすぐにバスが止まりました。
ただ、誰のいたずらなのか、降車ボタンにガムが張り付いていて僕の指から離れないんです。
するとバスの扉が開いたので、指から取れないガムを気にしながらバスを下車したんです。
バスを降りると赤と白の綺麗な花が咲いておりまして、あとで調べたところアマリリスという花でした。
本当に綺麗な花でしたね。
その後ですが下車した途端、風景が霧がかったように白くなり眩しくて目を瞑ったんです。
気がつけば僕は浜辺で横になっちょりました。
僕は心臓を強く押されて夢を見とったんです。
でも奇妙だったのは、夢の中で指に付いたガムが起きても指に付いていた事です。
気を失う前に僕はガムを噛んだり持ったりしていませんでした。
あれは夢の中のガムと同じものでは無かったのか、自分は夢の中の物を持ってきてしまったのでは、と思っています。
それからは夢の事が気になって仕方なく、夜も眠れなくなってしまいました。
なにせ、あの夢の世界が存在したのであればこの世以外の世界 ”あの世” が存在する事になるのです。
僕は自分の好奇心を抑えることができず7人の友人を呼んで試す事にしました。
ビデオカメラを設置しておけばもしかしたら向こうの世界の物をこちらの現実世界に持ってきた時、僕の手に突然、瞬間的にあの世の物が握られるシーンを撮影できるかもしれない⋯⋯そう考えたのです。
僕は友人の家でご家族のいない時を見計らって計画を実行しました。
まず部屋に定点でビデオカメラを設置しました。
その後、僕は壁を背にし床に座り、5人の友人が僕の胸に手を重ねるように添えてもらい、僕は思い切り息を吸い呼吸を止めます。
合図と同時に一気に力強く押してもらいました。
それと同時に僕は体中に力を入れて踏ん張るんです。
顔中に血液が集中しているのか、顔中が熱くなりました。
すると数秒後にはまた、あの動くバスの中にいました。
しかし、今回は降車ボタンを押してもいないのにすぐ目覚めてしまいました。
僕は友人に言いました。
「やっぱり動くバスの中にいる夢を見た!」
友人たちは僕の言う事を信じませんでした。
でも友人の1人が自分もやってみると志願したんです。
そこで僕と全く同じやり方で試してもらったのですが、夢の中で何か手に持てる物があれば持ち帰ってきてほしいとお願いしました。
友人の胸にみんなの手を重ねるように添えて一気に力強く押すと、友人の顔が真っ赤に染まり、こめかみ付近に血管が浮かびました。
10秒位経った頃合いに押していた手を離すと友人の顔から急激に血の気が引き、本来の顔色に戻りました。
確かに失神はしていました。
自分以外の人が試している様を見るのは初めてだった事もあり、じっくりと観察したのです。
友人を見た感じでは、寝ているだけのように思えました。
ですが、近くで観察していると明らかに皮膚と髪の動きがおかしいのです。
部屋には風も無いのに髪の毛が勝手に動いたり腕などの皮膚が所々へこんだりするのです。
特に足の裏に起こる変化は顕著でした。
現実世界で座っている友人の足の裏には何も無い状態なのに、まるでガラスの上を歩いているかのように
足の裏に定期的に圧がかかるのです。
この時の友人の身体の変化は、バスの中で歩き、椅子に触れ、何かにぶつかるーー
そうした動きが、そのまま現実世界の肉体に伝わっているかのようでした。
そのまま観察を続けるといつの間にか友人の手に、一輪の花が握られていました。
僕がバスを下車した時に見たアマリリスが握られていたんです。
すぐに友人は目を開くと、朦朧としながら覚えている事を語り始めました。
「俺も動くバスの夢を見たよ!
おりるにはボタンを押してとか
アナウンスで言われたから
押したら目が覚めたぜ!」
友人が得意げに話を続けました。
「あ、そうそう、何か持ってきてって
言ってたじゃん?
バスの中に持ち出せそうなもの無くてさ
これ、バス降りた時に咲いてた花!」
僕は興奮しました。
本当に向こうの物を持ち帰ってきたのです。
僕が前に持ってきたガムも明らかにあのバスにあった物ですが、如何せん暫くは夢だったのではと自身の体験を疑う部分も多く、友人が花を持ってきた事によってあの世の存在が確信に近づきつつありました。
ビデオにもしっかりと映っていてあの世の存在を証明する決定打となったのは間違いありません。
友人を捉えた映像には、何も持っていなかったはずの手の中に、突然アマリリスが現れ握られる様子が収められていました。
このような衝撃的な映像が撮れた事に大喜びした記憶がございます。
そして他の友人3人も興味を持ち、同じ事を試したところ、皆同じ結果になりました。
そして、5人がアマリリスを、1人が吊り革を持ち帰り、リボンの女の子は何も持ち帰りませんでした。
吊り革は、ぶら下がっていたら千切れたそうです。
この話題で盛り上がった僕たちは連日色んな事を試そうとなりました。
そこで吊り革を拾ってきた友人が疑問を持ちます。
「降りなかったらどうなるんだろ?」
僕もみんなも気になり始めました。
あのバスに乗り続けたらどうなるのか?
するとその友人が
「気になるから行けるとこまで
行ってみようぜ!」
と意気込みまして⋯⋯。
何人かはやめたほうがいいと説得しましたが、その顔には興味の笑みが溢れていました。
なので、先に僕が行くと提案しました。
吊り革の友人は無謀なところがあり少々不安もあったので、降りないなら降りないなりに段階的に試すべきだと思ったのです。
その為、僕だけでバスの中へ行きました。
今回はすぐに目覚める事も無くバスの中に滞在できました。
まずは”蘇生前”の停留所の次で降りてみようと思いました。
そう思いバス前方を見ていると後ろから話しかけられます。
吊り革の友人と、リボンの女の子です。
2人は僕についてきてしまったのです。
呆気にとられました。
つまり現実の世界では3人が気を失っている状態。
意識があるのは5人でしっかり僕たちの体を見守ってくれているのか⋯⋯多少不安が残りました。
2人の友人と会話をしていると ”蘇生前” の停留所につき、2人に帰るよう促したのですが2人はムキになり帰らないと暴れ始めたので諌めておりました。
しかしその間に僕が降りる予定だった ”蘇生前” の次の停留所 ”死亡前” も過ぎてしまい次々と停留所を過ぎ去っていきました。
僕は2人に少し嫌気が差してしまったのです。
こんな無謀な実験は本意では無かった為、僕は次の停留所で一旦降りようとします。
「次は、スモーキングミラー前、
次は、スモーキングミラー前です
お降りの方は、本当にお間違いないか
再度ご確認の上、お降りくださいませ」
いつもとアナウンスが少し違うけど降りないとまずいと思って降車ボタンを押しておりました。
2人も一緒に引きずり下ろして停留所 ”蘇生前” を目指して歩こうとしたのですが、吊り革の友人が勢い良くバスに戻ってしまい、そのまま行ってしまいました。
バスに乗っていかれてはどうしようもありませんでした。
追う事もできない為、僕とリボンの女の子は2人だけで停留所 ”蘇生前” を目指そうとした時、ふと気がついたのです。
僕たちが今、下車した ”スモーキングミラー前” という停留所が気味の悪い花で埋め尽くされていました。
花が全て猿の顔をしているのです。
まるで花にじっと見られている気分でした。
僕はリボンの女の子の手を握りその場を去ろうとした時、リボンの女の子が猿の花の奥を
見つめていました。
そこには猿の花が辺り一面に咲いた広場があり、中央には黒い物体があるのです。
球体であったりフグのようにトゲトゲになったりと形状を変える物体でした。
リボンの女の子はあろう事かその球体に引っ張られるように近づいたのです。
僕は慌てて抑えたのですがリボンの女の子は足を動かしてもいないのにその黒い球体に近づいていくので、僕は抑えきれず一緒に黒い球体の目の前まで引きづられてしまったのです。
僕は黒い球体を睨んでいると、黒い球体が少し大きくなり真ん中に大きな目玉が一つ現れました。
その目玉はリボンの女の子を見ると女の子が少しずつ浮いてくるのです。
女の子はずっと泣き続けていました。
女の子の体を目を凝らして見るとうっすらとした触手が何本も女の子の体に巻き付いているのが見えました。
僕は触手を取り外そうとすると触手に叩かれてしまいました。
身動きの取れないリボンの女の子は急に静かになったんです。
女の子の体中が痙攣して、何か液体のようなものが溢れ出て地面に咲いた猿の花に垂れていました。
それは複数の触手で養分を吸い取られているかのような姿でした。
その姿に、僕は抗えない恐怖を覚え、情けない事に逃げ出したのです。
僕は逃げ去る途中、触手に左腕を刺されました。
それでも触手を振り払って無我夢中で逃げたのです。
走って走って何とか停留所”蘇生前”まで帰ってくる事ができました。
停留所前で倒れ込むと辺りの景色が霧がかったように白くなり、眩しくて目を瞑るといつも通り現実世界に戻っていました。
その後の事ですが、吊り革の友人は心停止しており死亡していました。
リボンの女の子も死亡していたのですが死因は失血死だったようです。
外傷も無く、失血死となった為、一時世間で騒がれました。
新聞やニュースでは大々的に取り上げられましてね。
”オカルトから生まれた都市伝説検証実験で小学生ら死亡か
問われる親の責任、広がる波紋”
このように取り沙汰され、オカルトブームが再燃するきっかけにもなっておりました。
尚、僕もあの時から左腕が動かなくなってしまいましたが、89歳になった今でも元気に生きてはおります。
僕の体験談はここまでとなります。
この話が少しでも伽耶さんのお力になれば、僕の人生にも多少の意味があったのだと、そう思える気がします。
長文駄文にて失礼いたしました。
あなたの行く先に、幸運が寄り添いますように。
追伸
吊り革の子とリボンの子は残念ながら亡くなりましたが、アマリリスを持ち帰った5人は今も元気に生きております。
当時の姿のまま、老いる事も無く。
持ち帰ったアマリリスが影響しているのでしょうか?
世の中には不思議な事が多々あるものです。
※この事はナシア様には話しておりません。
お久しぶりです。
今年で100歳になりました。
僕はまだ生きております。
この手紙は、本当に伽耶さんに届くのでしょうか?
僕もあの時、アマリリスを持ち帰るべきでした。
あの5人が羨ましく思います。
読んで頂きありがとうございました。




