第11章 ようこそディスペアパレードへ ~伽耶の記憶~
ー2730年7月13日ー 東京都 新宿某所
シェルフドッグは巨大な政治団体の土台を支える超巨大組織となっていた。
そこの党首であるナシアが歓喜の声をあげ世界に呼びかける。
「世界の皆様!本日は世界共通の祝日です!
記念すべき第1回、目隠しの日です!
寝られている方はそのままで構いませんわ
起きていられる方は今おこなっている事を一時中断して
目を閉じ、祈りを捧げる準備をしてください!」
「わぁぁぁあああああ!」
歓声が沸き起こる。
引き続きナシアが語り続ける。
「世界には様々な苦境がありました!
謎の病原菌によって世界中の生物⋯⋯
そう、人間以外の生物が
絶滅するという悲劇を経験しました!
それでも人類は負けません!
それでも地球は負けません!
それは我々人類ひとりひとりが真に強く
誰にも負けない精神を持っているからです!
そして、我々人類のアイデンティティーの礎となり、
人類をより強い存在へと導いてくださるお方がいます!
皆さん!分かりますよね?
そのお名前はー?」
「神さまぁぁぁああ!」
民衆が口を揃えて神を称えている。
私からすれば異様な光景だ。
「そう!人類にとっての至高の存在!
そのお名前はー?」
「神さまぁぁぁあああ!
わぁぁあああああ!」
常軌を逸した盛り上がりを見せている。
恐ろしさと気持ち悪さが混在した空間だ。
「そう!我々には神さまがいてくださる!
何よりも信頼できる神さまがいるから
人類は負ける事が無いのです!
神に感謝を!
神に献身を!
神に賛美を送りましょう!」
世界中から歓声と拍手が響き渡る。
「皆様、この日、この時だけは
宗教も年齢も立場も性別も人種も立場も
何も関係ありません!
本日はただただ神さまへの感謝と
更なる人類の安寧を願う為、皆で祈るのです!
祈り開始の時間帯ですが、東京は19時
ニューヨーク 同日6時、ロサンゼルス 同日3時、
シドニー 同日20時、北京 同日18時
ドバイ 同日14時、ロンドン 同日11時
パリ 同日12時
他の国に関しましても事前に通知している通りです
皆様、時間まで暫くお待ち願いますわ!」
世界中から歓声が鳴り止まない。
すると神さまがナシアに語りかけてくる。
私は驚いた、この鵺さんの記憶の中だと神さまの声も聞こえるのだ。
鵺さんの力、ワールドヴィジョンの影響だろうか?
しかし、改めて感じるけどなんて不快な声なのだろう。
『じゃーはははは!ナシア、ついにここまできたな』
「はい、神さま、やっとです!
やっと神さまへの想いが成就される時です」
『いやいや、ナシアよ、良くぞここまで辿り着いたな
途中、冷や汗をかくところもあったが
時間をかけてでも生まれ変わってでも
お主はここまでやり遂げてくれたのだ
お主の働き、無に帰すことはない
我が名において、汝を讃えよう』
「神さま!あたし如きには勿体ないお言葉です!
感激の涙で前が見えません!」
『おいおい、
これから一大イベントの吾輩の降臨があるのだから
涙は拭ってしっかりと吾輩の姿を
その目に焼き付けてくれよ』
「はい!もちろんです!
涙を流している場合ではありませんね!
それと神さま⋯⋯お言葉ですが、
”我が名において” とおっしゃっておりましたが
あたしはまだ神さまの名を
”神さま” としか把握しておりません
失礼でなければ
あたしに神さまのお名前を教えて頂けませんか?」
『じゃーははははー!
随分と長い付き合いなのに名前を教えていなかったよな
そうだな、あと数分後には教えてやる』
「嬉しいです!感動しています!
神さまとの長い道程において
名を教えていただけるなんて
最高の名誉であり、ご褒美でございます!」
『喜んでもらえて何よりだ、ところでナシア
もう少しで時間だから
演説したほうがいいのではないのか?』
「はい!すぐに準備します!
では神さま、またあとでお会いできる事
心底楽しみにしております!」
『ああ、また後でな⋯⋯
んー、ナシア、1つだけいいか?
そういえば吾輩が顕現する事は
シェルフドッグの関係者以外
世界中、誰も知らんのだろう?大丈夫なのか?』
「ええ、確かにシェルフドッグの
マミーランク、ダディーランクの者しか
神さまの顕現の事を知りませんわ
でもそれで良いのです、サプライズですわ!」
『サプライズねぇ
じゃはは⋯⋯
とんだサプライズになりそうだなぁ』
「え?何かおっしゃいましたか?」
『いや、楽しいサプライズになりそうだと
関心していたんだよ』
「神さま、ありがとうございます!」
『引き止めて悪かったな、
時間ギリギリだから向かってくれ』
「はい!神さま!行ってまいります!」
ナシアは鼻の穴を広げ興奮している様子だ。
ナシアはすぐにマイクの前に立ち、一度咳払いをしてから語り始める。
「皆様、お待たせしました、
そろそろ祈りの時間ですね
まず撮影可能な電子危機は
我々シェルフドッグの開発した
一括操作可能な遮断器を使用し
祈りの最中だけ
撮影ができないように対処させて頂きます
これは全世界の撮影機器に対して機能します
一時撮影不可となりますのでご理解のほどを
尚、これも事前に通知しておりますが
この遮断器は国連などに申請をしており
祈りの時だけ使用を許可されております
その他の場面では使用しない事、ここに誓います」
ナシアが一定の説明を終えると、ついに神さまの顕現へのカウントが始まった。
「それでは全世界の皆様!
いよいよ時間となります!
カウントを10から数え始めますので、
カウントが0になりましたら皆で目を閉じましょう
目を開けるタイミングはあたしのほうで合図を出します!」
ナシアが高揚した表情を浮かべている。
「それでは!目を閉じるまで!
10!」
「9!」
「8!」
世界中の人間がナシアのカウントに合わせて声を張り上げる。
「7!」
「6!」
世界中の空気感が張り詰めてくる。
「5!」
『ナシア⋯⋯』
「4!」
『吾輩の名は⋯⋯』
「3!」
『▢▢▢▢▢▢▢⋯⋯だ』
痛っ!耳の奥が痛い!
耳を劈く雑音で、名前が聞こえなかった。
「2!」
『吾輩の名前は
吾輩を滅する唯一の弱点なのだよ』
「1!」
『今、生きている人間の中で
吾輩の名を知っているのはお主だけだ』
「0!
皆様!
目を閉じて、神への祈りを捧げましょう!」
『なあ、ナシア⋯⋯
何故、吾輩の真名を
役立たずのお主に教えたか分かるか?』
1
『約束?
違うなぁ、吾輩はいたずらやスリルが好きなんだ
下等なお前に一瞬とはいえ吾輩の命を握られる
じゃはははは!愉快だとは思わんか?』
2
『まあ、どうせこれから起きる事で
お主は特別な存在になるんだ
だから冥土の土産に吾輩の名前を受け取れ
じゃーはははははははは!』
3
世界中が静寂に包まれる。
4
文明的な物が全て停止し誰一人として声も発さず、車や飛行機なども全てが停止している。
今、この日この時間、この世にいるのは祈りを捧げる人間のみ。
5
不思議な事に風も一切吹かなくなり、さきほどまで雨の降っていた地域は嘘のように止んでいる。
そして少しずつ何かの音が聞こえてくる。
6
足元から何かしらが這い出てくるような音だ。
その音もすぐに鳴り止むと今度は上空から重低音が聞こえてくる。
ウ”オォォオオオオオオオオオオオオオン!!
7
これは空だ、空から発する地響きのような音が鼓膜を刺激する。
世界があからさまに変貌していく。
8
この変貌の様は鵺さんの記憶として第三者視点で見れている私だからこそ見れている光景なのだろう。
この時、この状況を見れているのは私だけだ。
9
そんな中、ナシアの顔色があからさまに悪い。
途端に空からどす黒い雄叫びが聞こえ始めた。
10
『じゃぁぁぁぁぁはははははははははー!』
ナシアが血色の悪い顔で皆へ合図を出す。
「皆様⋯⋯目を開けてください
祈りの時間は⋯⋯終わりました
もう、目を⋯⋯開けられて大丈夫⋯⋯です」
ナシアの合図を皮切りに民衆が次々と瞼を開き始める。
瞼を開く人類はその眼で変貌の時を⋯⋯歴史的な事件を、目にする事となる。
所々でざわつき始め、ある人は歓喜、ある人は悲鳴、ある人は無反応と様々な反応を見せた。
ナシアは血色の悪い顔で問う。
「神さま?
さっき⋯⋯カウントダウンの最中に
何をおっしゃられていました?」
ナシアに生気を感じられない。
「ねぇ、神さま、さっきあたしになんて言ったんですか?
冥土の土産?無能?下等?
それってどういう意味ですか?
今までそんな事一度も言わなかったじゃないですか!
神さま、あたし、これからもパートナーですよね?
ねぇ、神さま、聞いていますか?
なんでそんな事言うんですか!」
困惑しているナシアの声は雑踏の喧騒にかき消される。
そんな中で世界の変貌に人類が困惑し、ほとんどの人間は夢でも見ているかのように他人事かのような反応を示している。
人類が10秒の間、目を閉じている間に世界は変貌した。
現実を受け入れられないのも納得がいく。
でも、私からしたらこの風景は見慣れている光景だ。
黒と橙の空、極彩色の花で埋め尽くされた地面⋯⋯うん、これが私の知っている世界。
しっくりくる。
でも青い空や極彩色の花の無い地面が普通だった時代の人たちにはこの状況に戸惑って当たり前だと思う。
私もこの普通だった時代の人間だったらと思うと胸が苦しい。
こうやって私の当たり前の世界は形作られたんだ。
あの綺麗だった世界を見てしまった今、ただただ悔しい気持ちに包まれた。
世界中に咲き乱れる極彩色の花、いつもの吐きそうな匂いがするのだろう。
その匂いの影響か民衆は今にも心が壊れそうな表情をしている。
空はまるで、ビターチョコに沈められたオレンジピールのように黒と橙が溶け合っていた。
私は辺りを見渡していると少し横の方に気になる男性がいた。
混乱する民衆の中に包丁を持って暴れている男がいる。
「これは夢だ!こんなのおかしいだろ!
おかしい!なんだこの世界!
俺はデーモンハンターで天牙集めていたいだけなんだよ!
なんなんだよ!こんなの求めてねーよ!」
携帯ゲームを手にしている男は、どこから持ってきたのか包丁を振り回し当たり散らしている。
しかし民衆はそれどころでは無い。
男の包丁など些細な事件なのだ。
今、目の前で起きている人類の見知った風景の瞬間的な変貌。
この一大事に皆、考えが追いつかない様子だ。
すると途端に包丁を持った男が突然暴れるのを止め、静止する。
「これは夢なんだ、そうだ、夢だ
それか俺はなんか変なガスでも吸っちまったか?」
そう言いながら男は包丁を掲げ自分の右足内股付近目掛けて振り下ろす。
ズブッ!
「いでぇぇっぇぇえ!いでぇええよぉぉ!
足がいてぇぇえええ!」
男はのたうち回りながら血を吹き出す。
刺しどころが悪かったのか男の血が止まらない。
「す⋯⋯すんません!
救急車呼んでもらえませんか?まじいてぇっす」
男は助けを求めるも、周りの反応は冷たく冷静そのものだった。
「こんな状況で何やってるんだよ」
「そもそも電波が無いから救急車なんて呼べないわよ」
「錯乱してないで状況を把握する努力をしろよ」
辛辣な反応も多かったが、中には駆け寄る女性もいた。
しかし男性の出血は止まらず辺りの極彩色の花が鮮血に染まっていく。
暫くすると男は全身の力が抜けるように横たわり、静かにゆっくりと目から生気を失い、絶命した。
亡くなった男を、周りの人間は最初だけ見ていた。
しかし、状況も状況なので、そのまま放置されていたが、先程、錯乱していた男に駆け寄った女性が周りの人間を説得しようと試みる。
「あの皆さん、せめてそちらの端⋯⋯
壁の辺りに運ぶだけでもしませんか?」
周りの人間は少し考えた後、同意した。
皆で死んだ男を持ち上げ、端まで運んだ。
皆で運び終わった後、女性は死んだ男に手を合わせて目を閉じ祈りを行う。
その最中、周りの人間は去っていき、慈悲深き女性は祈りを続けていた。
数秒が経ち女性は祈りを終え、目を開けると先程まで倒れていた男の遺体が消えたのだ。
忽然と消えた男のいた場所には極彩色の花に染み渡った血溜まりだけが残されていた。
女性は消えた男を探そうと辺りを見回すも、男は見当たらなかった。
でも私は見た。
女性が目を瞑り祈り始め、周りの人間が去り始めた瞬間、男は微弱な風と共にストッと消えたのだ。
私のいた西暦3000年の世界では、亡くなった人が消えるというのは、当たり前であり経験上知っていた。
でも誰も消える瞬間を目撃した事が無い。
私自身も遺体が消える瞬間を初めて見た。
遺体が消える事が当たり前の世の中で育ち生きてきた私からすれば消えない遺体のほうが不自然である。
例えば⋯⋯人は食事をする。
それが「実は人は食事をせずに光合成をするのが正しい」などと説明を受けた場合、納得できるだろうか?
まさに今の私がそれだ。遺体は消える。
そういう世界で生活してきたのだ。
それが突然「遺体は普通は消えません」「遺体は火葬か土葬をするものです」というような説明を受けてもすぐに納得できる訳では無い。
ただ、不思議と全否定する気にもなれない。
今、私が見ている鵺さんの記憶である西暦2000年頃の映像は、あきらかに過去の映像だ。
だからこそ、私が育った3000年頃と様々な概念が違うのは理解している。
それでも私は驚きと動揺を隠せないでいる。
そのような事を考えていると神さまがどす黒い声で語り始める。
『吾!輩!降!臨!じゃーははははー!』
すると黒と橙の空の一部が徐々に盛り上がり始め、天を覆うかのような極大の目玉が一つ現れ、地上にいる人間たちを見下ろしている。
目玉が現れると同時に空の至る所で黒に近い紫色⋯⋯つまり至極色のような色をした巨大な触手が現れ、不穏な静寂の中で佇んでいた。
民衆が空を見上げ呆気にとられている中、途端にひときわ大きな声が聞こえてくる。
「神さまぁぁぁああ!聞こえているんですか!
何故、冥途の土産なんて言ったのですか!
答えてください!神さま!
あたしは!そんなに!無能でしたか!」
ナシアだ。
盲信していた神さまに無能や下等と告げられる。
ナシアはおそらく神さまがずっと自分のパートナーでいてくれるとでも思っていたのだろう。
しかし、神さまの先程の口ぶりはナシアを見放したように見えた。
ナシアもこれだけ怪しい神を良く信じ続けたものだ。
するとナシアの声をかき消すかのように神さまが語り始める。
『やあやあやあ!
地上界の諸君、吾輩の為に祈りを捧げてくれて感謝するぞ
君たちの安寧を求める想いが
吾輩に届いたからこうして顕現したのだよ』
もう何を驚けば良いのか分からない。
世界中の人間が神さまの降臨に様々な反応を示している。
ある人は嘆き、ある人は呆然とし、ある人は号泣し、ある人は笑い壊れる。
神さまを狂信する者まで現れた。
神さまは引き続き、どこにあるかも分からない口で言葉を紡ぐ。
『落ち着け、人間たちよ
吾輩が降臨したからには
この世界には祝福を授けようぞ!』
人間たちは神さまを見上げる。
神さまは目を細め嘲笑しているかのような表情を浮かべた。
『そして、世界に祝福を授ける前に
まずは感謝を述べねばなるまい!
吾輩という宇宙の悪を復活させる為に
快く手を貸してくれたナシアよ!
お主の助けが無ければ吾輩復活の条件である
”地球上の生物が全て目を閉じる” 事など
1%たりとも成し得なかった!』
周りにいる民衆がざわつき始めた。
か細い声でナシアの声が聞こえる。
「やめて⋯⋯」
『そして、実の子を殺してまで己の魂を我が子へ移し、
700年もの間、
生き長らえてきたお主には心底、脱帽する!
人とは欲深いものだな!
じゃーっははは!』
「お願い⋯⋯やめて⋯⋯壊さないで⋯⋯」
ナシアが両手で顔を隠し、膝から崩れ落ちる。
『民衆よ!既に存じているやもしれぬが
そちらで座り込んでいる女性
そう、月のブローチを襟に付けている
その銀髪の女だ
その女が邪神である吾輩を復活させてくれたのだ!
700年かけてな!
皆で喝采しようではないか!
おお!ナシア!ありがとう!ハレルヤァァ!
世界を終焉に導く邪神を復活させてくれてありがとう!
じゃぁぁああははははははははぁ!』
民衆の目がこぞってナシアへと向けられた。
「やめてやめてやめてやめて、
神さまとあたしを壊さないで
神さまとあたしの絆を壊さないで
やめてやめてやめてやめてやめて」
『そして、吾輩復活の条件の為に
世界中の人間以外の生物を絶滅させ、
世界中の人間が
”目を閉じる祝日” まで制定してくれるとは!
おおー!愛すべき我が傀儡よ!』
民衆がナシアに対して次々と罵声を浴びせ始める。
「おい!動物や虫の絶滅は悲劇だと言っていたよな?
お前が意図的に殺したのか!」
「なんで邪神復活させてんだよ!ふざけんな!
お前!なにやらかしてんだ!」
「謎の病原菌が動物を死滅させたんじゃないのか!?」
「何がシェルフドッグだ!
代表がこの調子じゃ
シェルフドッグも怪しい連中の集まりじゃねーのか?」
民衆のざわつきが止まらない。
そこで神さまは不要な言葉を発する。
『シェルフドッグは動物保護や慈善団体⋯⋯
支援団体や何でも屋のような印象があるだろう?
だが!だーがー!皆に教えてやろう!
シェルフドッグの名を考え!
シェルフドッグ自体を設立したのは
全てそこにいるナシアだ!700年前にな!』
神さまは愉快に話を重ねる。
『更に!更にだ!
皆に!愉快な秘密を教えてやろう!
シェルフドッグのスペルは
SHELF DOGで "棚の上の犬" って意味だが、
この文字をアナグラムで入れ替えると⋯⋯
GOD FLESH⋯⋯で
”神の血肉”って意味なんだよ!
じゃーっは!じゃーっは!
じゃはははははははぁぁぁあああ!
ナシアは始めから吾輩の為に
尽くす事だけを目的にこの団体を作ったのだよ!
この吾輩をこの世に解き放つ為だけにな!
じゃーっは!じゃーっはっはっはっはー!』
民衆が一斉に怒りに満ちた顔でナシアへの罵詈雑言を放ち始める。
「ナシア⋯⋯ナシアは人類の敵だ!
なんて事しやがったんだ!」
「こいつ!700年前から生きてきたのか?
それが事実なら化け物じゃねーか!」
「みんな!
人類はこいつのせいで最後を迎えるかもしれないぞ!」
「こいつ!こいつは魔女だ!
きっと人類を邪神さまに売る為に
700年前から企んでいたんだ!」
「邪神さまを独り占めする為に人類を売ったんだ!
この魔女め!」
「魔女!魔女!魔女!魔女!」
民衆の様子がおかしい。
先ほどまでナシアの洗脳にかかっていたはず。
世界の変貌が起こってからまだ10分ほどしか経過していない割に民衆の理解が早く、神さま⋯⋯もとい邪神を敬う声を多く感じる。
これは邪神が洗脳でもおこなったのだろうか。
ナシアは変わらず地べたに倒れ込み、涙でぐしゃぐしゃになった顔で泣き叫んでいる。
「神さまぁぁぁああ!嘘だと言って!
どのような状況、どのような立場でも
神さまはあたしを裏切らないはずでしょう!
何故ですか!あたしが何かしましたか!
うわぁぁああああああああ!」
そこに邪神が含み笑い気味の声で民衆への語りを続けた。
『人間どもよ!
これからこの世は吾輩のおもちゃ箱となる!
過去に存在した青い空!文明世界!テクノロジー!
大自然!ネオンの街!医療技術!宇宙開発!
星降る夜!四季の移ろい!心躍る恋愛!青春!
当たり前だった日常が当たり前に来る日々は終わりだ!
お前達人間だけではない!
この地球そのものさえも我が手中にある!
全てだ!全てが吾輩のものだ!
じゃーはは!じゃーっはははは!』
民衆が不安そうな眼差しで空を覆う目玉を見上げる。
すると1人の男がボソリと提案を始める。
「このナシアを殺せば
俺達は許してもらえるんじゃないか?」
それは的を得ていない意見だった。
そういう話ではない事は明らかだ。
しかし、民衆は混乱状態にあった。
その一人の男の声が波紋のように広がり、結論に至った民衆はこぞってナシアをリンチした。
「ふざけやがって!
お前のせいで世界がこんな事になってんだぞ!」
「てめぇ!何様だ!
この始末どうつけてくれるんだよ!」
「日常を返してよ!
当たり前の日常でいいから返してよ!」
ナシアは複数の男女に囲まれ、殴られ、蹴られていた。
地面にうずくまり、両腕で頭を抱え、ただ体を小さく丸める。
呻き声ひとつ上げない。
次にどこへ痛撃が落ちてくるのかも分からないまま、ただ嵐が過ぎるのを待つように耐えていた。
すると民衆の一人がどこから持ってきたのかバールを右手に握りしめナシアの横に立ち、睨んでいる。
そのバールを天高く掲げナシアの脳天目掛けて勢い良く振り下ろした。
すると地面から瞬間的に触手が突き出てバール男の穴という穴を貫き、数秒足らずで男の中身は食べ尽くされ、皮だけになってしまった。
ナシアは血まみれだが、無事のようだ。
すると邪神の声が辺りに響き渡る。
『吾輩が いつ ナシアを 殺せと 言った?
吾輩が ナシアの 死を 少しでも 望んだか?』
邪神の口調が珍しく片言に聞こえる。
『ナシアに手を下していいのは吾輩だけだ
吾輩以外の者が勝手に手を出すな
分かるか?猿ども⋯⋯』
民衆は固唾を飲み、邪神の目玉を見上げる。
邪神は気を取り直すかの如く話を続けた。
『さて、人間ども、これからナシアとその仲間たち⋯⋯
シェルフドッグのメンバーたちをだな、
代々木公園とかいう場所があるだろう
そこに全員を集めたい
全員招集したいのだが
招集に応じたくない者もいるかもしれん
そこでだ、シェルフドッグのメンバーを
3日以内に全員集めてくれ
人間全員で協力してな?人間たち、分かってくれたか?
期日以内に集まらなかったら、そうだな⋯⋯
手始めに全人類の両手と両足を付け替えちゃうよ?
じゃははははははー!』
邪神が笑う中、空から大量の紙が降ってくる。
その紙にはシェルフドッグの面々の情報が事細かく掲載されていた。
顔写真から本名、住所、家族構成から仕事、全てが明記されている。
しかし民衆は紙を受け取るも呆然としている者がほとんどだ。
民衆が立ちすくむ様を見て、邪神は呆れる。
『返事くらいできるだろ~
人間はこの星で一番知能があるんじゃないのか?
そこにいるナシアを見習え!
ん?
おい!ナシア!
ナシアは⋯⋯⋯⋯ナシア!?
ナシアはどこだ!人間ども!
ナシアはどこに行った!』
俯瞰した視点で見ている私も全く気付かなかった。
先程まで血まみれで倒れて虫の息だったナシアがいつの間にかいなくなっているのだ。
死んだ?
死ぬと消える世界になった今、その可能性も否めない。
しかし、血は流していたが、死ぬほどの傷だったものか疑問が残る。
すると邪神は怒り狂ったような立ちふるまいをした。
『ナシアァァァァァアア!
どこに行ったあああぁぁぁ!
死んで消えていない事は分かっている!
裏の世界にお主がいないのが証拠だ!
ならばお主が自力で逃げたか
誰かが手助けしたか、もしくは別の神でも介入したかだ!
出てこい!出てくるんだ!ナシア!』
邪神の声が虚しく反響する。
幾度もナシアを呼ぶ悲痛な声が木霊したが、
結局、彼女が姿を見せる事は無かった。
暫くすると邪神は叫ぶのをやめた。
その後すぐに異変が起きる。
世界中の空に現れていた億万にも及ぶ邪神の触手が次々と海や地を穿った。
その光景はまるで大地から天空に延びる無数の塔が現れたかのような光景に見えた。
すると、邪神が静かに口を開く。
『もういい⋯⋯吾輩はこれからナシアを探す
他の人間どもは⋯⋯
この世に生を受けた人間どもは
全員目が無くなってしまえ!
そうだ!地球は色鮮やか過ぎる!
超音波で見るようになったら
色などいらんよな!そうだ!
人間に目も色もいらぬな!』
すぐに邪神が何かを唱え始めた。
ネウアトル ニクナワティア(吾輩は命ずる)
イン トラカトル イニン トラルティクパク ネミ
(現世に生を受け、地球に住まう人間は)
マ クィコポロク イン イネミリス イン イヨロトル
(本来の姿を見失い)
マ モクエパ セ ヨルカトル トレン イカ エエカトル クィッタ
(超音波で視界を得る生命体へと変異せよ)
マ オメ イトラパル ヨアン マ
クィクア イン ショチトル テツァウ
イニン トラルティクパク
(また肺の数を倍に増やし現世界に生えた禍津花を好物とする)
アウ トラ アモ オンカ
トラクアリストリ マ クィクア イン イクニウ
(食料が無い時は 共食いをし始める生命体へと成り果てよ)
邪神は一体何を唱えたのか⋯⋯。
全く理解できなかった、どこの言葉だろう。
そのような解けもしない事を考えていると、人々が、世界が騒ぎ始める。
「体が痛い!」
「体が痒い!」
「目が!目がおかしい!
誰か!僕の目、どうなってますか!」
すると邪神の高笑いが聞こえてくる。
『じゃはっ!じゃーははは!じゃぁぁぁはははは!
さあ!まさに変化の時!
人類に幸あれ!人類に栄光あれ!
神時代の幕開けだっ!』
困惑、喪失、混乱、恐怖、戦慄、動揺、狼狽、嫌悪、羞恥、
絶望、虚無、孤立、疎外、諦念、無力、憎悪、怨嗟、憤怒、
反逆、嫉妬、羨望、猜疑、不信、恐怖、狂気、錯乱、執着、
恍惚、快楽、悲嘆、様々な感情が人々の中で渦巻く。
世界中の人々が唐突な自身の変化に抗う事もできず、今起こっている強いられた進化にただただ耐える事しかできずにいた。
まずは皮膚から始まった。
皮膚が人間に比べ硬質化して紙やすりのような質感になる。
そして、内蔵にも変化があったようだ。
詳しくは分からないけど全員何かを吐いている。
吐き終わると極端に窪んだ腹が途端に膨らんだ。
次に明らかな変化が起きたのは目だ。
突然人々が目を押さえ始めた。
目の痛みを訴える様子が伺える。
すると多くの人が倒れ込んだり跪いた状態で目玉がこぼれ落ちた。
全ての人々の目玉が排出され、まるで果実が落下するかのように
次々と目玉が落ち、地面は大量の目玉が散乱する光景となった。
そして、人々の目玉が無くなった後のぽかりと開いた眼窩に変化が現れる。
目の部分にはありえない歯のようなものが眼窩の上下に生えてきたのだ。
そして歯だけでは無く舌のような部位まで形成された。
舌のようだが舌では無い、見た目はとても強靭そうな何かだ。
その舌のような物体の先端中央には穴が空いている。
そういえばソナリスはあの穴から超音波を出していた。
人類は、顔に3つ口があるような見た目となった。
そして椿の花のように耳もボトボトと落ちて地面には大量の耳が確認できた。
人々の顔の横には耳の穴が丸見えになっている。
最後に民衆が再び叫び始めたかと思うと人々の両肩から1本ずつ腕が生えてくる。
ゆっくりと1つ1つの細胞や骨が肩の中で作り出されて少しずつ腕が形作られていく。
相当な痛みがあるのだろう
人々の顔には苦悶の表情が浮かび、叫び通している。
暫くすると人々の肩には腕が2本増えた姿へと変わり果てていた。
腕を観察すると指の間などに膜が張られている。
ここで人類の進化が終わったようだ。
人類は疲れ果て、誰一人として動こうとしない。
痙攣している者も少なくない。
そんな中、元気ハツラツな者が一人だけいた。
そう、邪神だ。
『ハッピーバースデートゥーユー!
ハッピーバースデートゥーユー!
ハッピーバースデーディア おもちゃたちー!
じゃはっ!じゃーはっ!じゃはっ!』
邪神のふざけた言葉が世界に響く。
『すごいな!人類!
進化っていうのは少しずつするものなんだぞ!
それがたった10分くらいで進化したぞ!
凄いな!地球の人類!
じゃーはっはっはっはー!』
人々は皆疲れ果て、無言で倒れ込むだけで、誰一人として邪神に文句を言う気力も無かった。
『今日はここまでな!人類!
ゆっくり休め!
また!明日!遊ぼう!
じゃーはははははー!』
空を覆っていた邪神の目が黒と橙の空の中に消えていく。
この日を起点として、世界と人類の混沌は当たり前の日常となる。
このタイミングで景色が揺らぎ、私は鵺さんの記憶から現実に戻り見慣れたアガルタさんの地下室に帰ってきた。
最悪な気分に閉じ込められて抜け出せない。
その不快感が徐々に怒りへと変わっていった。
読んで頂きありがとうございました。




