第10章 目隠しの日 ~フレイヤの記憶~
ー2730年ー 東京都 新宿某所
邪神に失望されたナシアは驚異的な力を見せた。
遅延していた神の顕現を一気に加速させる手腕を見た邪神は『700年前から本気を出せ』と呆れるほどであったという。
そもそも生物探知能力を失っていなければこれほど遅れる事も無かったはず。
何故、都合良く生物探知能力を失ったのか邪神は思考する。
破滅の箱が関係している事は間違い無い。
しかし確証が無い。
あの伽耶とかいう女の仕業か?
邪神は深く思考する。
そして多次元に意識を置く。
この『神さま』と名乗る邪神は真実の名が判明していない。
我でさえこの邪神の名を知らぬ。
名が分からぬ故、天界では仮に "不吉な夜" を意味するノクスと呼称している。
そして、この邪神は世界線や時間軸に転々と存在し、意識を共有している。
だが全ての存在が同時に動く事はできない。
しかし、とある世界線の休眠状態の邪神が危機を察知すると稼働状態となる。
そんな邪神は、とにかくいたずら好きな悪神である。
人の死や世界の崩壊、宇宙の消滅さえも、遊戯のように弄ぶ悪神だ。
我の穴という穴から触手で貫き臓物を食べ尽くした時でさえ「いたずら」や「遊び」だと本気で思っているのだから厄介極まりない。
そんな邪神が選んだナシアという娘。
彼女が選ばれた理由は単純なたった一つの理由にすぎない。
ーー邪神を心より信仰して裏切らない。
これが選ばれた決め手であった。
そんなナシアが邪神に責め立てられ「探知能力」を失っていた事を問われた。
さぞかしナシアは絶望し、焦りと喪失感に苛まれただろう。
その後のナシアは神速の如く物事をこなしていった。
今、自分に足りていない物の開発、足りていない作業の分担、何しろ邪神の復活に必要な「全ての生物が目を閉じる」という条件を満たす為に、ナシアは人間以外の生物を亡き者にする為、世界中を渡り歩いた。
失った生物探知の代わりに新開発した生物探知機を使用し、生物を発見後、邪神の力が封じ込められた御力照射装置という銃で生物を亡き者にする。
ギルトベアラーから放たれる死の波動は半径1キロという効果範囲ではあるが邪神が封印されていた為、これ以上強力な力を付与できなかった。
不幸中の幸いとはこの事だろう。
完全体の邪神が力を付与していたらと思うとゾッとする。
そして、このナシアという女。
邪神から叱責された直後からクローン技術で自身の内蔵を複製し、常に新しいパーツを縫い合わせて生きながらえるようになった。
そして叱責された2666年からたった14年で世界中にいる人間以外の生物を絶滅させた。
ここからもナシアの快進撃は止まらない。
ナシアは自身の隠れ蓑であるシェルフドッグの団員の中から特に政治や法律、言語、風習、歴史に詳しい者を選定し、教育後、世界中の政府に紛れ込ませた。
余すこと無く、世界中の政府に潜入した。
ここでナシアの最終目標である「世界共通の目を瞑る祝日の制定」に向けての静かな攻撃が始まる。
まずは団員に官僚、政治家、補佐官、研究者、宗教顧問などを世界中で名乗らせる。
金に物を言わせ、若い世代を中心に潜入させ表向きには倫理団体、文化保護団体、平和・対話・多様性推進組織であるように振る舞い、偽りの身分も証明する。
この最初の種まきに10年を費やす。
世間に顔が馴染んでくると次第に政府や民衆が安堵し受け入れるようになる。
そこで次のフェーズとして中堅政治家、政策立案補佐、国際会議の常連などより顔出しをする機会を設け、時間をかけ「精神的福祉」や「人類共通の価値」など宗教的な要素を感じさせない政策を唱えていく。
この影響力の確保にも10年を費やす。
土台を固めて行く中で国際機関を利用して7月13日に国際デーを制定しておく。
祝日では無く、一つの記念日として浸透させる役割を持つ。
ここでも10年を費やした。
世界共通で目を瞑る日を制定する為、黙祷や宗教的な理由を作らなければならなかった。
そこで宗教色を正当化する流れを作る。
世界中の戦争や環境危機を理由に。
ここでは決して強制感を出さずにあくまで任意での参加を促し「人類共通の神への感謝の日」として世界中に刷り込む。
このフェーズでも10年を費やす。
最後に「人類共通の神への感謝の日」を正式な世界共通の祝日化とする。
この感謝の日は各国で既に “慣れている” 状態が作られており、宗教というよりも「文化行事」扱いで、誰もが休息をとる意味合いでも世界中の全人類で目を閉じましょう、と閉眼を推奨する祝日の完成となる。
祝日の名を「目隠しの日」として制定する。
ナシアとシェルフドッグの団員はこの世界共通の祝日の制定をたったの50年で成し遂げてしまった。
そして何より、ナシアの洗脳の力がここにきて発揮される。
ラジオ、テレビ、インターネットなどを通じて、ナシアの洗脳の波は声に乗せて世界中の人間に届いてしまった。
それにより世界中の人間が軽度の洗脳状態となり、「目隠しの日」には必ず目を閉じなければならないと
人類の遺伝子に刷り込まれてしまった。
ナシアの洗脳がここまで効果があった事は邪神にとっても想定外だった。
この洗脳の力がこれほどまでに有用であったのであれば、わざわざ人間以外を滅ぼす必要性があったのだろうか?
生まれ変わって数百年尽くしてきた行動に意味があったのだろうか?
ここまで時間をかけずとも世界中の電波をジャックし、洗脳する準備であれば、もっと短い期間で無い遂げられたであろう。
しかし、この世界線ではナシアの洗脳を重要視しなかったが故の結果であり、事実として他の世界線では洗脳だけで世界を支配しているナシアがいる。
この世界線のナシアは何をどこで間違えたのか。
そもそも殺戮をした事が無駄な行いであったのか。
我からすると時間を無駄に浪費しているようにしか見えぬ。
我はナシアや邪神の行いに賛同せぬが、少なからず客観的に見て無駄が多いように感じる世界線だ。
この祝日「目隠しの日」の制定により
2730年7月13日 日本時間19時 逢魔が時
世界中の人間が10秒間、閉眼する事となる。
そして閉じた瞼を開いた人々は、その眼で邪神の顕現を目撃する事となる。




