第5話 魔法の祖先
先生なら知っているかもしれないと顔を上げた。
けれど、先生は青ざめた顔で硬直し、三冊の名簿のうちの一つ――代崎香代さんの顔を凝視していた。
まるで、目の前で取り返しのつかないことを知ってしまったかのような顔だった。
「……先生?」
声をかけるが、反応がない。さっきまでの穏やかさは消え、まるで幽霊でも見た驚愕の表情。
……とても聞ける雰囲気ではない。
手のひらのかわいこちゃんにでも伺ってみよう。
「この関係者って全員、研究所に勤務している人たち?」
「あい。ユウナが気になっている代崎香代は、十九歳で結婚し、姓を霜月に変更している」
……お嬢ちゃんの名字は、“霜月”。
まさか、とは思っていた。でも、確信に近づいたその瞬間、背筋が氷を流し込まれたように冷えた。
なんとなく似ていると思ったら……彼女の母親か。
「その後、十九歳で長男、二十四歳で長女出産。二十九歳のときに死亡となっている」
二十九歳……若いときに亡くなられたんだな。その報われなさに、何とも言えない気持ちになり、思わず下唇を噛んだ。
「この四人の中で火災の件に最も関わっているのは霜月香代。“魔術”という技術を代々受け継いだため、火災の原因となった金色の炎を発動できた人物」
研究所を燃やしていたあのときの金色の炎は――魔法ではなく“魔術”というものなのか?
「魔術……? この学校の名前と一緒だね」
「魔法ができる前の技術、あるいは一般的に知られていないものでしょうか?」
学校の名前なんて、なぜ“魔法”学校じゃないのだろう、とかそういった疑問は湧かなかった。そもそも興味もなかったな。
しかし、香代さんは十年前に亡くなっているから、二年前の事件を起こした人物ではない。
「魔術って……どんなものなんだ?」
手のひらの上に座る小鳥の言葉を待つ。
「魔術とは、今の魔法が作られる前の、数百年前の術。魔法の祖先だね。水平な面に、術式を描いて、魔力を注いで発動する」
なるほど。それなら、属性とか関係なく、術式さえ知っていれば誰でもなんでも発動できるのか。
描くのはめんどくさそうだが、ちょっと火とか発動してみたいな。
「でも」と、無感情でくちばしを動かす。
「術式を描ける技術は、魔法が一般化した時点で衰退し、後に消滅してしまった。名簿の全員の記憶を読む限り、術式なしで魔術を使用できるのは霜月香代だけ」
「話少し逸れるんだけど……なんでそんなに詳しいんだ?」
俺がそう言うと、カラスはくちばしをかちりと鳴らしながら、首を傾げた。
「ぼくがわかるのは、その者が得た知識だけ。ぼく自身が知っているわけじゃない」
今話している情報は、霜月香代と三人の研究員の記憶を読んだものらしい。
まあ、そうだよな。
しかし……この学校ができる前は、魔法しか存在していなかったはずだ。教科書にも魔術のことは載っていなかったし、春日井先生も知らなかった。
では、なぜ、その失われた技術を香代さんは扱うことができたのか?
受け継いできたと言っていたから、一族に伝わる秘蔵の書物にでも記載されていたのだろうか?
それに、術式を使わない魔術なんて、ただの魔法と変わらないじゃないか。
……でも、それならなぜ“魔術”として区別されていたんだ?
ただの言い換えではないはずだ。
「ユウナの疑問にお答えしよう」
首を傾げる姿はやはりかわいいが……思考を読める能力のせいで、末恐ろしいとさえ感じる。
その瞳の奥に、人間の理屈など歯牙にもかけないような冷たさが、ふと垣間見えた気がした。




